第72話 北方戦線 -真実の爪痕-
――――ブラキニア領ノースブラック、ダーカイル城より西の山沿い。
「あー、だりぃなー。面倒くせえなー。こんな大勢引き連れるなんてオレの性分じゃないんだよなー」
「フンフ様、その様な事は仰らずに。私共だけでは心許ないが故、フンフ様がいれば千人力です」
「ああ? そお? まあいいや。とりあえず君、伏兵がいるか斥候を出して。多分山間に潜んでると思うから」
「承知しました! おい、お前とお前! 煙玉を持て。赤なら伏兵有り、無しなら青だ」
「ハッ!」
フンフ・クーロン。両目が見えない程伸び切った黒い髪の青年。外見は黒を基調としたローブに所々紫の装飾を施しており、遠距離型の色操士である。
「んー煙玉出ないねえ。やられたか。仕方無い、前に出るよ」
「し、しかし伏兵がいるのであれば無闇に出るのは得策では無いかと!」
「何言ってるの? 伏兵がいる事が分かった時点で伏兵じゃないじゃん。付近を吹き飛ばせばいいじゃないの」
「は、はあ」
フンフは気怠そうに進み始めた。
「この辺りかなー? 君達ちょっと離れててちょーだい。小宇宙」
フンフは握られた両手をそのまま左右に伸ばし、グググと力を込めるように握られた拳を素早く開く。すると前方に真円状の黒い物体が徐々に広がっていき、触れた物が飲み込まれるように消えていった。
そう、彼はブラックホールの様な引力を持つ暗黒物質を操る色操士だった。非常に強力な力は、一国を優に消滅させる事が可能。黒軍でも随一の色操士、色征だ。
小宇宙が消えた後、残ったものは何も無かった。野球場程の大きさにぽっかりと抉られた地面は、地中が露出している。
ガメルの戦力配置は、それぞれの能力に応じて的確に配置されていた。広範囲殲滅型のフンフは山間へ。防備に特化したブラウニー兄弟は城の防備。牽制として前方にアハト。残るゼクスとズィーベンは共闘。
今回もダーカイル城北方戦線の防衛は成功を収めていた。しかしいつもと違っていた点、それはゼクスとズィーベンの戦死だった。ガメル本人もまさかと思う結末に、怒りと悲しみが込み上げる。
「サベラス……敵兵を蹂躙しろ……」
ガメルは自身の影から四肢獣のサベラスを呼び寄せ敵兵へ放った。無数のサベラスは獰猛な雄叫びを上げながら吹雪の中、敵軍へと疾走していく。
「何故、こうも失わなければならない……何故戦わなければいけない! 父上! 教えてくれ!」
ガメルは無数の矢に貫かれ、雪が積もり始めたゼクスとズィーベンの亡骸を両肩に抱え、怒りの咆哮を上げていた……。
――――ブラキニア領セントラルブラック ブラキニア城玉座の間。
ブラキニア城は騒然としていた。各物見からの報告が絶えず行われている。
「バジル様、報告致します! ガメル様率いる防衛軍は、依然スハンズ王国を抑えています! 西の山間、ダーカイル城前方共に無傷。東の海岸沿いは一時押し込まれたものの、ガメル様本人と五黒星により制圧!」
「バジル様、報告致します! 東の海岸部での戦闘にて五黒星の御二人、ゼクス様、ズィーベン様両名が戦死した模様!!」
「何ッ!? マズいな……」
「如何致しましょう」
「……我が出る」
玉座から重い腰を上げた一人の男は、巨大な身体にマントを翻し歩き始めた。
「我が息子ガメルよ、お前はまだ青い。前線へ伝えろ、全軍撤退だ。ガメルが怒りに任せて暴走する可能性がある。我が終止符を打つしか無いか」
――――ブラキニア領ノースブラック ダーカイル城前。
「ハハハー! もう終いかよ! お? まだ元気だねえ! いいぜーこのアハト・イロー、幾らでも相手してやるよ! 詰まらねえ戦いから帰ったらザハルの坊主を弄りまわさねえとな!」
アハトは戦場を楽しむかの様に鉄牙球を操り回す。そんな折、海岸沿いの上空に黒く漂う人影が見えた。
「あれは? バジル様……?」
「許せ、兵よ……これ以上は国が疲弊してしまうのだ。酷断!!」
バジルは黒斧を振り下ろす。発せられた黒く歪んだ断撃は、淀んだ音を周囲に響かせた。
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当時の黒王バジルの黒斧による断撃は、前線に居た黒軍兵少数を巻き込み南北を遮断する様に地面を抉った。これが後に言う真実の爪痕である。
その時、ガメルは二人の亡骸を背負ってダーカイル城へ帰還していた。断撃上に居た兵や城前で戦闘していたアハト、山間を進行中のフンフが行方不明。
ガメルへの報告の為、ダーカイル城を離れていたブラウニー兄弟の一人、ノインも以降姿を見せる事は無かった。後に見つかったノインの杖はツェーンへと返還される。
スハンズ王国は断絶された陸地に成す術無く後退し、黒軍は辛くも北方戦線で勝利を収めた。
「ガメル様……五黒星、ボクだけになってしまいました」
「お父様、みんなはどこに行ったの? どうしてゼクス姉ちゃんとズィーベン姉ちゃんは起きないの?」
皆はいつも戦闘が終われば真っ先にザハルを弄り回し、遊び相手となり家族の様に接してくれていた。当時ザハルを可愛がっていた五人の死亡を理解するには、ザハルにはまだ早かった。
「……」
ガメルは激しく憤っていた。味方を犠牲にしてまで何の意味があるのか。これが戦争というモノか。手にはゼクスの髪飾りとズィーベンの耳飾りが握り締められていた。
「ち……っくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
北方戦線、黒王バジルの一撃により幕を閉じる。




