第66話 乖離した少女
――翌朝。
「さーってと! 行くか!」
「このまま北側の山沿いを進んでロングラスの東へと向かう。時間的にブラキニア領の山脈を越える前にもう一度野宿した方が良いだろう」
「えー! また野宿すんの!?」
「嫌ならそのまま進んでもいいが夜の山は危険だぞ。ディンゴは夜行性だ。夜通し気を張りながら進む自信があるのか? オレとミルならば問題は無いがタータもいる。商人も同行しているのだ」
「そ、そうだな! オレもそう思ってたんだよ! ただまた野宿すんのが嫌だっただけで」
「どうだか」
――――時刻は再び夕刻。
一行はそのままロングラス大平原の東へと進む。漸く何事も無く一日が終わる、そんな気がしていたリムだったが、そうもいかないのはそういう星の生まれなのだろうか。
「兄やー、こっちの人はまだ息があるよ!」
「ああ分かった! リム、この人は任せた。商人、傷薬はまだあるな?」
「ええ御座います! それにしても酷い……」
ロングラス大平原の東、既にここはブラキニア領内。山を越える前に見つけた小村に立ち寄ろうとした一行は、倒壊した家々を走り回っていた。
規模でいうなればオルドーの村とさほど変わりは無いが、村全体を見るに戦争に介入する様な雰囲気は無かった。武具の類は一切無く平凡な村である。軍事的に有効拠点とも思えない村なのだが、巨大な何かに蹂躙されたかの様な凄惨を極めた状態だった。
「止め……ないと……あの子……を」
「おいあんた! しっかりしろ! 今手当をするからな!」
ドームから任された重傷者を抱きかかえ必死に声を掛けたリムだったが、間もなくして男は息を引き取る。自分の手の中で事切れる姿にリムは唇を噛み締めた。
「リム、あっちの人間は軽傷だ! こいつは……」
既に事切れた村人を地面にゆっくり下ろし、自身の着ていた外套を被せるリム。
「とりあえず来い! 今は助かる命の保護を優先しよう」
「ああ」
倒壊していた家屋に身体を挟まれ気を失っていた村人は、ミルの呼びかけに漸く目を覚ます。
「おいしっかりしろ! 何があったんだ!」
「うぅ……」
ドームは商人から皮革の水筒を受け取り、負傷した村人の口に当てゆっくりと飲ませる。
「村の……娘が……コホッ! 父親の……」
「とりあえず落ち着かせよう。散乱している窓かけを集めろ、横にさせるんだ」
一行がホワイティアを出立して二日目の夜、再び灯された焚火の横で負傷した村人の回復を待っていた。
「うっ……」
「兄や、気付いたみたいだよっ!」
酷く痛むのか頭を押さえ、苦痛に顔を歪ませる村人。ドームは再び水筒を口元に寄せ、水を飲ませた。
「す、すまない。助かった」
「ああ、酷い外傷は無い。頭を打って気絶をした様だな」
「ハッ! みんなは!?」
飛び上がり周囲を見渡す村人だったが、既に死んだ村人らはドーム達によって埋葬されていた。
「すまない、オレ達が来た時には既に……」
「そ、そうでしたか……いや、ありがとう」
「それより何があったんだ」
「ノン・クロッカ……村に居た少女だ」
「少女がここまで村を荒らせるとは思わないのだが。すまない、詳しく聞かせてくれ」
周囲の破壊され切った家屋を見つめ、ドームは村人に問い掛ける。
「ええ、以前ジン・クロッカ。ノンという少女の父親が居たのだが、娘に少しでも裕福に暮らしてもらえる様にとブラキニアに向かったんだ。兵士になればそれなりの給金は貰えるからな」
村人は再び水筒を口に運び水を含んだ。
「娘も心配はしていたが、たまに帰ってくる父の姿を見て大喜びしていたよ。村にも大層お土産を持ってきてくれてな。自慢の父だっただろうよ。でもそんなある日だった」
顔を落とした村人の表情は暗かった。
「いつもなら定期的に帰ってくる父の姿が無かった。ここはブラキニア領だから偶に黒王様が様子を見にくるんだが、あまりいい支給はしてもらえないのが実状だった。俺達も実はと言うと、ジンの土産話や給金を当てにしていたのさ。だから気にはなっていた。今か今かと待っていたんだが帰っては来なかった」
「悪いがよくある話にしか聞こえないのだが」
「翌朝、ジンは近くの山で事切れていたんだよ。ノンは酷く取り乱してな。なんとか遺体を家に運ぶ事であの子は落ち着いたんだが、それから何かに憑り付かれた様になってしまってな」
「悲しみに落ちる事もよくあるだろう」
「ドーム! そんな言い方はねえだろ!」
「だが事実だ。こっちも命掛けで戦っているんだ。温い考えではやってはいけない」
ドームは腕を組み、リムの言葉を抑え込む。
「ええ、その通りです。兵士は戦場で死ぬ事は分かっています。ですが……」
「なんだ」
「ジンは疎外されたのです。ブラキニア軍は、弱い兵士には平民以下の様に迫害するのです」
「それは酷い」
「それは黒王様の御意向なのです。誰も兵になる事を強制はしていない。だけど自分の意思でなった以上は、妥協は許さないがそれなりの給金は与えると。ジンは娘を不満無く生活させる事に一心だったんでしょう。自分の力に驕り、結果軍の過酷さについていけなかったんです」
「それで疎外されたにしても命まで落とすとは」
「ええ……ノンは恐らく嫌悪に感情乖離してしまった」
「先のディスガストの報告はその娘だったか……」
「巨大な闇がノンを覆い、巨大化した闇は得体の知れない黒く半透明の怪物となって村を破壊しました。これも恐らくではありますが、東のブラキニア帝国に向かったと思われます」
村人は東の山を見上げ深く落ち込む。
「もっとあの子を見てあげる事が出来れば……」
「今更悔いても仕方の無い事だ。お前はこれからどうする」
「旅のお方、よろしければ私が保護致しましょうか」
「あんたが?」
「はい、今の話を聞いて少々私自身の予定を変更しようかと思いまして。ブラキニアへと向かうのは危険ですので、このまま北の国へ商売に向かおうかと思います。どの道このままホワイティアの品々をブラキニアに売っては密売になります。それよりかは友好的な北の国に行く方が儲けは少ないですが安全ですので」
「それもそうだな、ここらで別れるとしよう。世話になったな」
「いえいえとんでも御座いません。命を守って頂けたのです。代えられるものではありません」
「この男を頼む」
「お任せ下さい。ですが流石に今夜はもう動けませんので明日、出立する事にしましょう」
「リム、そこらの木を頼む」
「もう火は付いてるだろ?」
ドームはリムの疑問に答える事無く、負傷した村人を再び介抱し始めた。
「なんだってんだよ……」
「はいっ♪ タータがいっちばん多い♪」
「ミルもいっぱいだもん☆」
リムが不満気に木を集めにかかろうとしたが、既に大量の小枝を森から持ってきていたお気楽二人組は、焚火の近くに山積みにした。これだけあれば夜通し燃やす事ができるであろう。
「うげ、大量過ぎるだろ! それに一晩中燃やしてたら目立つし火の番は誰がするんだよ!」
「知らなーい☆」
「知らなーい♪」
最早この二人には疑問をぶつける方が間違っている。そんな事を思いつつリムは、やけに静かなドームの背中を見つめていた。




