第52話 三色から成るは
「ドラドラ! ミルに気を付けてアイツらを遠ざけるんだッ!」
「なんでアタシがアンタの指図を受けないといけないのヨッ!」
「ドラドラ! 良いから今は素直にお願い! タータの友達が危ないの!」
「ご主人が言うなら」
ドラドラの喉奥から口内へと火が溢れ出し、ロンベルトとシラルドへ向けて炎が撒き散らされる。
「チッ! 面倒だな。シラルド! なんとかしろ」
「ええ、勿論です。この幻合鏡にて」
シラルドは手に持った大きな鏡を手に取り、ドラドラへと向ける。
「さあ見るのです忌まわしき魔獣よ。貴方の記憶を見せてみなさい」
「なにアンタ。アタシをそこらの下等生物と一緒にしないでくれるかしらァ? そんな色力でアタシを落とせるとでも思って?」
「ただのドラゴン風情が強がりを言った所で私の鏡の前では無力ですよ」
シラルドは大きな鏡をドラドラへと向け色力を込めた。鏡が仄かに光りドラドラを映し出す。しかし、ドラドラは何事も無かったかの様に再び炎を吹き出し、シラルドを焼き払う態勢に入った。
「言ったでしょ? アタシをそこらの下等魔獣と一緒にしないでくれるかしらァ? アタシはご主人と血を分け合った色獣。色力に芽生え、自我に芽生えた程度の魔獣と一緒にしないでくれる?」
「色獣ですとっ!? 世界にも数少ないとされる色星の加護を受けた魔獣。何故そんな……なんでもない色操士が操れるのです!?」
「さあどうしてでしょう♪ タータを甘く見ないでねっ♪ それに操ってなんかいないもん♪」
「その割には容易く幻合鏡に落ちたではありませんか」
「う、うるさいっ! 今普通だもん! そんなの知らないもん!」
タータは自前の杖をブンブンと振り回し、ドラドラの背へと飛び乗った。
「リムっち! ミルっちを任せてもいい? ちょっとこのお爺ちゃんムカつくからタータがやる♪」
「仕方無いなあ。とりあえずミルを救出だな。よいしょっと」
リムは肩を竦め、やれやれと言った表情で溜息を付いた。首を左右にコキコキと鳴らし、屈伸を繰り返す。
「優しいんだなロンベルト。準備を待ってくれてるのか?」
「フンッ! 抜かせ」
口角を上げ、鼻で笑うロンベルト。絶対的な力を持っているが故の余裕だろう。
「んじゃ行きますか」
「簡単にやらせるとでも思ったか! 光刃驟雨・散刃!!」
ロンベルトは光を頭上へと散りばめ、無数の剣を形成する。技名を顕現したかの様な刃の雨である。直下に逃げ道は無いのだが、リムは構わず鋭い雨の中へと身を投じる。
「オルドールを助ける為に自身を盾にしようとは。気でも狂ったか」
無数の刃の雨は、無慈悲にミルの元へと走り寄るリムへと降り注いだ。激しく無機質な音が響き渡り、暫くの静寂が訪れる。
「ロンベルト……お前の能力、剣を物質化している様だけど、所詮色力で具現された物に過ぎないだろ? 一目見て分かったよ。オレに色力は効かない」
「ッ!?」
リムはミルを抱きかかえていた。優しい目でミルを見つめ一呼吸付く。リムの周囲にはドーム状に例の灰色の半透明の壁、曖昧な領域が形成されていた。リムの周囲のみロンベルトの刃は無く、悲惨な戦場にぽっかり空いた穴の様である。
「オレは補色者。色力を吸収し補い、放出する。ロンベルト、お前の色力は貰ったぜ」
「何を戯けた事を。そんな能力など存在する訳が無い」
「さあどうかな」
リムはミルを背中へと抱え直し、右手を前に突き出す。
「こうか? 光刃驟雨・連!」
「な、にッ!!」
リムの右手の前に現れた光の玉が横一列に分裂し、剣へと変化していく。しかし、それはロンベルトの剣では無く、白王の剣であった。
「お前ッ! その剣はッ!」
「リリの剣だろ? 知ってるよ。後で詳しく話を聞かないといけないけど。とりあえずは使わせて貰うよ」
「このッ! 光刃驟雨・連!!」
互いに同じ技で違う剣を振るう。互いの無数の剣が宙を踊り、激しい剣の衝突音を繰り返す。しかし、徐々にロンベルトの剣が折れていき、床へと落ちていく。
「くッ! 何故だ! 私の色力はお前より上回っているはず! 白王の剣如きに負ける訳は無いのだッ!」
再び光より剣を具現し、迎撃に備えるロンベルトの額には汗が滲む。リムはその隙に、玉座の間の石柱にミルを寄せ掛けていた。
「ミル……待っててくれよな。お前を手当てするのは少し後になりそうだ」
「リム……ちん。来てくれ……たんだ……ね」
リムの顔を見て安堵の表情を浮かべたミルは、そのまま気を失ってしまった。
「ロンベルト様ッ! このドラゴン、私の幻合鏡が効きませぬ! どうかご助力を!」
「ええい! どいつもこいつもイラつかせる!!」
ドラドラの火炎を辛くも避け続けていたシラルドであったが、衣服は焦げ落ち見るからに劣勢の状況だった。
「ドラドラやっるぅ♪ この調子で焼いちゃうよ♪」
「ええ、ご主人様。こんな老いぼれ容易いわ」
ロンベルトの眼つきが変わった。周囲の空気が淀む。
「私を怒らせるとどうなるか教えてやろう……シラルド、壁全面の鏡は解くなよ」
「はい、勿論です」
ロンベルトは左手を床へとかざし、色力を込めた。すると以前、床へと落としていた光の玉が床より湧き上がって来たのだ。
床から湧き上がる光は徐々に大きさを増し、宙に巨大な剣が現れた。刀身は五メートルにもなり、横に薙げば上下に裂かれ、縦に下ろせば真っ二つに両断される。正に逃げ場の無い武器である。
「万が一と思い仕掛けていたが、使う事になろうとはな」
「なになになに!? あのおっきな剣! ヤバイよドラドラ!」
ロンベルトは更に両手を左右に広げ、部屋中を覆うシラルドの幻合鏡へと色力を込めた。すると、同様の巨大な剣が鏡より引き出されてくる。
「私の光の力はこの三つの刃よりなる。紅に滾るは赤光刃。蒼に流れるは青光刃。翠に吹くは緑光刃」
それぞれの剣の刀身は赤、青、緑と光り輝き、三原色を連想させる。光の三原色からなる剣は、一つへと纏まり真っ白に眩い光を放つ刀身に変わった。
「遊びは終わりだ。これを使うのは二度目になるな。抵抗もできぬ色力を持った斬撃に後悔するがいい、いくぞ! 三色極光刃・悔刃!!」
天に向けられた刀身が、光の刃となり更に伸びる。振り下ろされる刃は、最早左右に回避できる様な幅では無い。
フォンッ!!
「ご主人危ないッ!!」
「きゃあああ!」
グアオオオオォォッ!!
ドラドラの悲痛の咆哮が玉座の間に響き渡った……。
リムちんってこんなに頼りになるんだ……。
ミルはまだまだだなあ。
ああ、ダメだ。力が入らないや。
リムちん……お願い……みんなを……お願い……。




