第51話 高速と幻
全方位から迫るミルの突撃にロンベルトは迎え撃つ。
「まずい……とでも言うと思ったか」
「っ!?」
「光刃驟雨・堅!!」
ロンベルトは、床に突き刺した剣に色力を込めた。突如頭上から光の刃が、ロンベルトを守る様に全方位へと降り注ぐ。巨大な剣は、盾の様にミルからの攻撃を防いだのだ。
「そう安々と攻撃を受けていては、先が思いやられると言うものだ」
「あちゃー、やっぱりダメか☆ んじゃもっかいいくよっ☆」
再び姿を消したミルには余裕の顔が見えた。何度も言うが、ミルは既に人知を超えたレベルの運動能力である。
「ええい、鬱陶しい!! ちょこまかと動きおっ……」
ロンベルトは再び剣を構え、迎撃態勢に入ろうとした。しかし、息苦しさと共に力が抜け、床に膝を付いてしまう。
「カハッ!! な、なんだこれは……っ!?」
「ふふふーん♪ やっと気付いた? これはねー、タータの色力☆」
そう、ミルは戦闘の最中、目に見えない程の薄い霧を展開していた。その中に混色派生による力で、タータの毒を微量含ませていたのだ。
「流石にロンベルト君でも毒は効くのかな☆」
「小癪な……カハッ!」
深く咳き込むロンベルトは、身体に力が入らず手が震え始めた。しかし、戦闘では容赦の無いミルはここぞとばかりに突撃を始めた。
「ミルの勝ちー☆ また会おうロンベルト君☆」
「くっ!」
再び全方位に現れたミルはロンベルト目掛けて飛び込んだ。
「こんな所でやられてもらっては困るのですよ。幻合鏡」
「んもう! 次から次へとおお!」
今度はロンベルトを取り囲む様に巨大な鏡が出現する。鏡は内側、ロンベルトへ合わせ鏡になる様に展開された。
ミルは勢いに任せ、そのまま鏡を切り付けた。勿論鏡は、ミルの攻撃には耐えられず粉々に砕け散った。しかし、その中にロンベルトの姿は無く、バラバラになった鏡だけが床を彩る。
「遅いぞシラルド」
「申し訳御座いません。少々厄介な連中がいたので」
「お前が手を焼くとはな」
「ええ、それに何故か白王の存在を感じました」
「なっ!? ……とりあえず今は良い。霧の悪魔を片付けるぞ」
「ええ」
「チッ!」
突然の加勢によりミルは機嫌を損ねる。濃霧を発生させ再び短剣を構えたミルは、無言で姿を消した。
「すまんな霧の悪魔。戦いに正々堂々などと綺麗事を言うつもりは無いんでな。お前も同じであろう」
「勿論☆ そんな事は西の国の人達だけで十分だよ☆」
徐々にロンベルト達に濃霧が迫ってくる。
「さあ来い霧の悪魔。私を殺ってみろ!」
「じゃあ遠慮無くぅ☆」
再びロンベルトの前に現れた二人のミル。ロンベルトは挟撃に備え身を屈める。
「何度やろうと同じ事!」
「それはどうでしょう☆」
「っ!?」
ミルの標的はシラルドだった。大きな鏡を抱えたシラルドが、武闘派の人間では無い事位一瞬で分かるだろう。
「バイバイ☆ 鏡のお爺ちゃん☆」
「……」
ミルはシラルドの首元に短剣を切り付け、いとも簡単に首を刎ねた。
「シラルドッ!!」
「弱い者から落とすのも必要だよね。数を揃えないと☆」
「ホッホッホッ。そう簡単に殺られる程、柔ではありませんよ」
床に転がったシラルドの身体と首。しかし、幻であったかの様に薄く消えていったのだ。
「私を殺すのは不可能と心得なさいな」
「ッ!?」
気付いた時には既に遅かった。シラルドの幻影に気を取られ、後方の注意を怠っていたミルの右腹に、ロンベルトの剣が突き刺さる。
「あがっ!」
「なんとも滑稽、小娘よ。私は鏡の力を利用し幻を投影する」
気付けば玉座の壁一面には鏡が敷き詰められ、部屋全てが合せ鏡の内側になっていた。
「私達は二人で一人の様な物。鏡と光、この幻合鏡の力を持ってすれば貴女の様な極限を超えた身体能力を持たずとも、幻影を映し出す事は簡単」
幻として現れたロンベルトとシラルドが、何十人とミルの前に立ちはだかる。
「そういう事だ……死んでもらおう霧の悪魔。安心しろ、オルドールの墓位は建ててやるさ。白星の泉にな! ふふ……フハハハハッ!」
「さあ、ロンベルト様。始末を」
「ああ」
ロンベルトは左手を頭上に掲げ、光の玉を形成する。再び現れた剣は長さをそのままにし、無数の針へと変化していく。
「さらばだオルドールの娘。良く働いてくれた。光刃驟雨・幻刃!!」
周囲の鏡に反射、投影された針は更に数を増やしミルへと襲い掛かる。
「まだ……イける……ッ!!」
迫りくる針を辛うじて躱すも、一本、また一本とミルの身体を貫いていく。
「ハハハッ!! 限界だな」
――――――――――
いつしか濃霧も晴れ、床には血だらけのミルが横たわる。身体の至る所に針が刺さり、最早虫の息。
針がミルの身体から消え、痛々しい傷跡だけを残す。
「ああ、無情よ。オルドール……悲しき一族であった」
「に……いや……ご……めん。ダメだっ……たよ」
「ミルーーーーッッ!!」
立つ事もやっとであるドームも成す術が無く、ただただミルが消耗していく姿を見つめるしかできなかった。
「ロンベルト……お前だけは……許さない……ッ!!」
「そんな身体で何ができると言うのだ。落ちこぼれた一族よ。ハハハッ! そうだな、白星にでも祈るがいいさ。……さて、残るはエミルお前一人だ。どうする? まだやるか?」
「くッ……」
後方でドームとダンガを介抱していたエミルに、ロンベルトがゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。
「ね……えちゃん。逃げ……て。助け……て、リム……ち……ん」
最早ミルは身体を動かす事も敵わず、ロンベルトの背中を見つめる事しかできなかった。腰が抜け、床へと座り込むエミルに、無情にもロンベルトの剣が鈍く光る。
「逝け、オルドールよ!」
「きゃああああ!」
「聞こえたぜミル。ヒーローは遅れて登場するってな」
「グオオオオォォォ!!!!」
突如、猛々しい咆哮と共に炎の渦がロンベルトを襲う。
「うわっちち! もう少し加減しろよドラドラ!」
「あら、ごめんなさいネ。人間の加減というものが分からなくて」
「ドラゴンだとッ!?」
「さあ行こうかタータ」
「うん♪ ドラドラ! ミルっち達を助けるよっ♪」
「ええ、ご主人様」
「逆転劇と行こうか、ロンベルト! 補色者リム、只今参上ッ!!」
リム……ち……んの声が聞こえる……。
でも、身体が動かないや。
兄や……姉ちゃん……ごめんね。
ミル、勝てなかったよ。




