第33話 快晴
――――ホワイティア城 城壁の外側。
植月の空は快晴である。しかし時折吹く冷たい風が、焦月、咲月からの移り変わりを感じさせる。
ドームの指笛に呼ばれイーグは既に着地していた。地面に伏し、頭を撫でられているイーグは機嫌が良さそうである。
一度自室に戻っていたリムは遅れて到着する。
「ごめんごめん! 遅くなった!」
「リムちん遅い! 早く早く!」
リムの到着を待っていた三人はイーグへと飛び乗った。
「西のパインリーまで頼む」
ドームの声に一鳴きし、巨大な翼を羽ばたかせる。既に上昇を始めていたイーグの爪に、間一髪でしがみついたリムは不満タラタラである。
「ちょちょちょ! ちょっと待てーい! 置いてくなあああ! お前らもっと優しく扱えよ!」
「間に合ったんだからいいでしょ☆」
「そういう問題じゃねえ!」
爪から脚、体毛を伝い何とか皆の乗っている背へと辿り着いたリムは、もう動けないと天を仰ぐ様に大の字で倒れ込んだ。ふと無心になったリムは空を見つめる。
(やっぱりこの世界ってあそこなのかな……どうも共通点が多いんだよな。でもなんでオレがこんな所に飛ばされた?)
「ぐーきーぱっ! アハハ! タータんの負けー☆」
(ん?)
「もっかい! もっかいやろう!」
ミルとタータが向かい合い、片手を前に振っていた。
「ぐーきーぱっ! アハハ☆ またタータんの負けー☆」
「んにゃー! もっかい!」
(ジャンケンでもしてるのか? まあやる事も無いしなぁ。ん?)
ジャンケンと思わしき遊びをしていた二人なのだが、何かがおかしい事に気付く。
「ぐーきーぱっ! また負けたよぉ……」
タータの手元を見るとグー、拳を握っていた。しかしミルの手元はチョキ、人差し指と中指を立てている。
この状況でタータが負けと認めている事にリムは不思議だった。
「なんでタータが負けなんだ? グーだろ?」
居てもても立っても居られないリムはルールを説明し始めた。
「グーとチョキなら勝つのはグーだろ? どういう遊びだ?」
「ぐう? ちょき? ちょっと何言ってるか分かんない☆ これはグーキーだよっ☆ 知らないの? 世界共通の遊びっていうか勝負だよ?」
(グーキー?)
「ミルっち、もっかい!」
再び始まったグーキーと呼ばれる遊びをリムは難しい顔で見つめる。
「グーキーパッ! あだー、連勝ストップしちゃった!」
ミルの手元はチョキ、タータの手元は指を全て開いた状態のパーだった。
(どゆことだ……? ジャンケンにしか見えないけど何故か勝ち負けが逆転してるな)
「もっかいしよ、タータん!」
「いいよ♪ グーキーパッ!」
ミルの手元は再度チョキ、タータの手元も再びパーである。
「やたー! ミルの勝ちー☆」
「むー。タータ、グーキー弱いんだよねぇ」
右手を振り回し喜ぶミルと、とんがり帽子の大きな鍔をグイっと両手で掴んでいるタータ。
(なんで次はミルが勝ったんだ? さっきと同じなのに勝敗がまた違う……)
「リムちんもやるぅ?」
リムに向けられたミルの拳。
「お? おう」
「じゃあ攻めはミルだね☆」
(攻め……?)
「いくよー? グーキーパッ!」
出された手元はミルが人差し指一本を立て、指を差す形。対するリムの手元は五本とも開いたパーの形。
「あだー! 負けちった! もしかしてリムちん、グーキー強い?」
「ごめん、ルールがよく分かってない。なんで指一本しか出して無いんだ? なんでオレが勝った?」
「偶奇だ」
イーグの首元で進行方向をじっと見つめたままドームが呟く。
ジャンケンと要領は同じではあるが、勝敗の決め方が全く別である。
偶奇。そう、呼んで字の如く偶数と奇数。互いの指の本数による偶奇判定である。現代のジャンケンの様にこの世界では広く、深く浸透している遊びだった。単なる遊びから勝敗や物事の決定権を決める際など、幅広く使われている。
攻めと呼ばれる側は勝負を挑んだ者である。対する受けは勝負を受けた側。この時点で勝敗のルールが決まる。攻めは奇数であれば勝ち、受けは偶数であれば勝ちとなる。あいこは存在しない。
一見すれば単純に見えるが、瞬時に判断するには慣れが必要だろう。幼い頃より慣れ親しんできたこの世界の住人にしてみれば容易い計算である。攻めか受け、ただそれだけの違いだ。
ドームからルール説明を聞き、リムは笑った。
「なんだよこれ、面白いな! 似てるけど全く違う……奥が深そうだぞ!」
「似ている? なんの事かは分からんがこれを知らない人間は恐らくお前ら転移者くらいだろうな」
「じゃあさ、指四本とかも出していいの?」
「構わん、本数での偶奇勝負だ。指を立てなくても良し、一本でも二本でも。好きな数を出せばいい。ただし、自分が受けなのか攻めなのか。相手が何本出すのか、非常に読み難い。簡単さと複雑さが相まって公平さが生まれる。物事を容易に決める事ができる便利なモノだ」
「おお! 面白い! ミル、もう一回しよう!」
「いいよ☆ リムちんが攻めだね☆」
右拳を握ったリムは身体を捻り、手元が見えない様に後ろへ隠す。勿論意味はないのだが。
「グーキーパッ!」
リムが出したのは人差し指一本、対するミルも人差し指一本。
「えーと、えーと。二本……って事は偶数。偶数は受け……あ! オレの負けか!」
「そゆことー☆」
「んぐう……」
「タータもするー♪」
目的地のパインリーまではまだ時間がある。ルールをマスターするには十分だった。
植月の空は快晴である。
タータだよ♪
リムっちグーキー結構強いの!
何回も負けるし、やっぱタータ弱いよぉ。
まだ時間あるし勝つまでやるもん!リムっち最弱にしてあげるもん!




