第30話 秘密
「ちょっと話、いいかな」
精神を削がれたミルは立ち上がる事ができずにいた。しかし、その前に立ちはだかったのがリムである。
「ハハハ! お前が変わりの駒になるか? どんな奴か知らんがそれなりには使えそうだな」
「気に入らないんだよ、ザハルって言ったっけ」
高笑いをするザハルはリムへと影を伸ばした。リムは構える事無く半身でザハルを睨む。
影がリムへと到達する、かに思えた。しかし、リムを中心として形成されていたのはあの半透明の灰色の壁。影は灰色の壁に到達したが、そのまま通過する事無く消えていく。
「なっ!?」
「オレね、嫌いなんだよねぇ。そうやって力任せで従えるとかさ、ましてや下僕? ないないない、奴隷とか無いわー。社畜の方がマシだわー」
「何故影が消えた……!?」
「あ! 分かった! そうやって無理矢理従えないといけない程友達少ない系?」
「何を訳の分からない事を言っ――」
「分からねえのはお前だろうがッ!!」
周りの空気が一瞬冷えた感覚にザハルは身構える。
「オレはそうやって他人を無理矢理従えてるのを見るのが大嫌いなんだよ。ただでさえ縛られてきた人生をさ、なんか清々しい気分で脱した気がしてさ。この世界に来てから何が起こるんだろうなーってワクワクしてたよ。それがなんだ! お前らのやってる事は一緒じゃねぇか! 王がどうとか、主がどうとか、そんなのクソ食らえってんだ!」
「バカかお前は。そんな戯言が通用しては世が回らねえんだよ。誰かが指揮を執って皆を引っ張らないと纏まらねえだろうがよ。手段が違うだけだ。世の中甘くねえんだよ」
「じゃあそんな世の中ぶっ壊しちまえばいい」
「はあ、それが甘えって言ってんだろうが。簡単にできたら苦労しないだろ」
呆れたザハルは深い溜息を付く。
「止めだ、興が覚めちまった。アル! 帰るぞ」
ドームがアルへと突進する寸前だった。またしても中断を告げられ、お互い煮え切らない様子。
「おい、白軍の犬。お前はオレが殺す、精々鍛えておくんだな」
「くっ……」
ドームの決死の突撃は良くも悪くも止められた。霧散していくドームの煙を払いながらザハルへと向きを変えたアルは鼻で笑っていた。
マントを翻しその場を後にするザハルは後ろを向いたままリムに告げる。
「灰色の。お前はいずれまた話をしないといけない。父の、ガメルの居場所を知っているんだろ」
リムは無言で後ろ姿を見つめる。目を瞑り、深呼吸をすると灰色の壁はその場で消失した。
(何故だろう。この能力、自然と扱えている。もう少し特訓が必要だな、特性も理解しとかないと)
「ミルっち!」
タータは倒れたミルへと走り寄ってきた。
「ミルっち! 大丈夫!?」
「んんん、ター……タん。ありがとう、大丈夫」
アルとの戦闘を終え、焼けた右手を押さえながら歩み寄ってきたドームはミルを見て安心する。
「兄やん、酷くヤられたね」
「ああ、侮っていたよ」
「リムちん……色力、使える様になった……ね☆」
「まだまだだけどな、他人の心配してる場合じゃないだろう。ほら、帰るぞ」
二人はウインクをし合い微笑んだ。
「ミルっち、お家帰ろ♪」
「……うん☆」
ドームは指笛を鳴らし、巨鳥イーグを呼び寄せる。気付けば陽が沈みかけ、辺りは徐々に暗くなってきていた。
――――ホワイティア城 とある一室。
「そうか、また来たのか」
「はい、今回も何か理由がある筈なのですが。結局分からないまま去って行きました」
「仕方無い、貴様ら二人が無事で何よりだ。しかし手負いで帰ってくるとは。ザハル……それほどまでに力を付けていたか」
「ミルは別室で同様に治療を受けています。アイツはそこまでの傷じゃ無いのですが、何故か寝込んでしまい……」
「負けた事が無かったのだ。少々落ち込んでいるだけだろう」
「だと良いのですが」
「とりあえず今は治療に専念しろ。現状、まともな戦力は貴様ら二人しか居ないのだ。早々に治してもらわんと」
「はい……」
ドームはベッドに座ったまま、負傷した右手を医者に診てもらっていた。ロンベルトは無事を確認し部屋を後にする。
ロンベルトも一目置くこの二人。
――――
煙霧兄妹。二人の異名である。ミル個人には霧の悪魔という異名があった。しかし兄ドームには無い。しかし二人は共闘する事で格段に脅威度が増すのだ。
性質は全く違うのだが、見た目の区別が付かないのが霧と煙である。それぞれが霧、煙と能力を使えば忽ち戦場は覆る。
先陣を切るのは基本的にミルであり、霧を展開する。その後にドームの煙を徐々に混ぜる事で、酸素量を減らし相手の運動力を鈍らせていくのだ。霧から煙に変わっていく事に気付かないのである。煙霧兄妹とはよく言ったものだ。見えない程に速く、身体の機能を低下させるタッグは一般兵には脅威でしか無かった。
攻防を兼ね備えていると言っても過言では無い二人。しかし負傷して帰還したとなればロンベルトもさぞ不安に駆られよう。
――――ホワイティア城 玉座の間。
「リムよ、またしても救われた様だ」
「いやいやいや、ただムカついたもんで。アハハ」
玉座前の段を下り、リムと同じ目線の位置で話をするロンベルト。流石に二度もホワイティアの窮地を救ってもらったとなっては、敬意を払わざるを得ないだろう。
未だ柔道着を着ていたリムは、気恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた。
「そろそろまともな服を用意してやらねばな」
「なんだかんだ間に合ってるから大丈夫だよ」
「暫くはここの防御を強化しておく、英気を養っておいてくれ。いつ戦闘が起こるとも限らぬ」
「モルの……モルのシチュー下さい!」
「ああ、構わん。料理長に伝えておこう」
「やったぜ! あれ最高に美味いんだよなぁ!」
先日食べたモルのシチューの味を思い出し、涎を垂らすリムだった。
「して、貴様の能力だが」
「ああ、これねー」
「見せてもらってもよいか」
「なんかこの城に入ったら使える感じがしなくなったんだよねー」
「何故だ」
「何故だって言われてもまだ使いこなせてないし。こっちも何故だ? って言うしかないんだよね」
肩を竦め、眉を顰めたリムは右手を見つめていた。
「まあ良い、とりあえず感謝する。今後とも頼んだぞ」
「へーい」
軽く会釈し玉座の間を後にしたリムは、自身の部屋として与えられた客間へと戻って行った。
「ふう、とりあえずなんとか落ち着いたってとこか」
部屋へ戻ったリムはベッドに飛び乗り、仰向けに寝転んだ。
「吸収する力……か」
「ウフフ、お疲れ様。大変だったみたいね」
天井を見つめ物思いに耽っているリムは、唐突な声で飛び上がる。
「ヒイイ! ってアンタか。だから出てくる時は言ってってば!」
「ウフフ、どっちみち頭の中で声を掛けたってビックリするでしょ?」
「いや、まあそうなんだけども」
いつの間にか部屋に侵入していた黒法師が、窓の外を眺めていた。
「あの兄妹、複雑な様ね」
「なかなか大変だね。故郷を焼かれ、王位も剥奪か。掛ける言葉が無いよ」
「知りたくない? あの二人の過去」
黒法師は微笑むとリムの居るベッドへと腰を下ろす。
「知りたいって言ってもさ。流石に野暮じゃないかな」
「いいえ、貴方は知る必要がある。あの二人にもね」
「どういう事?」
全く理解できない言葉にリムは首を傾げるしかなかった。
「何故黒軍が執拗に迫るのか。白軍には何か秘密でもあるんじゃなくて? ウフフ」
「秘密……ねぇ。オレが秘密とか内情に首を突っ込む訳にもいかないしさぁ」
「でも貴方、この世界を壊したい。って言ったわよね?」
「いや、それは……現実からかけ離れたこの場所でも縛られるんだなって思ったらムカついてさ」
「是非そうして欲しいものだわ」
「はい?」
黒法師の過激とも思える思想に驚き、問い掛けようとしたが既に姿は無かった。
(ウフフ。貴方は秘めているわ、この世界を変える力を。行きなさい、ここより僅か北西にある白星の泉へ)
リムの脳内に語りかけた黒法師はそのまま気配を絶った。
「なんだよもう! 次から次へと! 訳分かんない! とりあえず寝よ」
まだこの世界に来て間も無いリムにとっては、ここ数日は激動だった。しかし、まだ序の口である。既に動き始めている歯車は、欠ける事なく全体を動かしていた。




