第29話 自責
「おい、犬。お前は確かオルドール家だろ? なぜホワイティアなんかに」
「……」
ドームは問い掛けに反応せず、アルの剣撃を躱し続けていた。
「オレは以前、内乱中のホワイティア。いや、あの村を訪れている」
「だから何だ」
距離を取っては縮め、躱し、確実に打撃を繰り出していくドーム。しかしアルも一筋縄ではいかない。打撃を防ぎ、徐々に前へ進みつつ攻撃を加えるアルに対し、ドームは攻め引きを繰り返していた。一見すればドームの劣勢だが、彼のスタイルはヒットアンドアウェイだ。
「チィ! ちょこまかと!」
ミルとは違い、筋肉質の彼はスピードで劣るはず。しかし、なんら遜色の無い速度である。寡黙な上に淡々と攻撃する彼、白軍内では戦闘マシーンと呼ばれていた。無駄な体力を消耗せずただひたすらに攻撃を続ける。その身軽さとは裏腹に重い打撃、スピードとパワーを兼ね備えた彼は脅威だった。
「ふん、木偶の坊が。格好の的だな」
「お前みたいにちょこまかと動き回る性分じゃないんでな」
「抜かせ、動く余裕が無いのだろ」
この二人、平時となんら変わりの無い口調で会話をしているが、当然戦闘中である。ヒットアンドアウェイを繰り返すドーム、重い打撃を平然と腕で受け流すアル。通常の攻撃を繰り出すだけでは埒がいかないだろう。
色力での戦闘は必須、勿論二人は分かっている。相手の出方をうかがい、色力を探っているのだ。
アルは既にドームの能力の一部を垣間見ている。対してドームはアルの能力をまだ知らない。一度見られた能力を安々と使えば、隙を付かれる可能性があった。
「いつまで続けるつもりだ? そんな打撃だけでは効かんぞ。こちらから行こうか」
「……」
先手を打ったのはアル、周囲の温度が徐々に上がっていく。しかし、それ以外の変化は見られずドームは警戒しつつも攻撃を続けた。
「ッ!?」
違和感を覚えたドームは距離を取った。拳が熱い。
(なんだ? アイツには特に変化は見られない。だが何故か手が熱い)
「早く打ってこいよ、犬」
「望み通りにボコボコにしてやるよ」
アルは軽く笑みを浮かべ両手を左右に広げる。
赤黒い髪、大凡色力の検討は付く。拳が熱い理由、火の能力ならばドームの煙は有利である。通常ならば火は周囲の酸素を使用し燃えるモノ。酸素量を減らすドームの色力は火には強いのである。
「煙の突進!!」
右拳を握り締め色力を込める。右拳から右腕にかけて薄らと白い煙が纏わり始める。右足を踏み込み、一気にアルへと飛び掛かった。
「燃えな。静かな脅威!!」
両手を広げたままのアルは拳を防ごうとはしなかった。ドームは隙を見せたアルに大きく右腕を振りかぶる。
「ぐああああ!」
声を上げたのはドームだった。顔面へ重い一撃を加えたはずのドームが、何故苦しみ右拳を押さえているのか。右腕は赤く、拳に嵌めていたフィンガーレスグローブは焼け爛れていた。
「前回は様子を見ていただけだ。戦った事の無い相手に安々と能力を見せる程オレも馬鹿じゃないんでな」
アルの顔は赤黒く変色しており、身体全体から薄らと煙が上がっている。しかしそれはドームの攻撃での煙ではなく、自身から発せられる煙だった。
色操士は大凡二種類に分けられる。補助具等を媒体とし、己の色力を高める事で戦闘を有利に運ぶ純粋な色力放出タイプ。
色力を武具へと転換し、武具の殺傷能力を高める色力転換タイプの者。
彼のロングソードには色力が影響したであろう変化は見られなかった。
そう彼は後者に見えるが、前者の放出タイプの色操士である。ロングソードは飾りであった。機動力はさほど高くは無いが、攻防一体の能力は迂闊に手を出せない。
赤黒、火では無く溶岩である。
ロングソードはあくまでフェイクである。周囲の温度が上昇したのは、自身を溶岩と化した為だった。身体全体が超高温の溶岩となり、接触した物全てを焼く。酸素は必要無い、燃えているのではなく溶岩へと変換された色力は只々高温なのだ。
周囲の草花は高温に耐えきれず自然発火する。右手を火傷し膝を付くドームに一歩、また一歩と近づく。その度に周囲の地面が熱せられ、草花が燃えていく。
「流石に生身だとこの熱には耐えられないだろう」
「くっ」
「そうさ! あの村を焼いたのはオレだよ! 使い物にならない下僕なんてザハルには不要だからな、ハハハッ!!」
「き、貴様ッ!」
高笑いをしながら徐々に近づくアル。一気に劣勢になってしまったドームは成す術が無かった。それほどまでに色力の、能力の相性は戦闘において重要なのだ。
「さあどう料理しようか、白軍の犬」
「……」
ドームは軽く息を吸い込み静かに吐き出す。吐かれた息は煙となり、周囲を煙で覆い尽くす。
「何度でもやればいいさ、気が済むまでな。オレに酸素は必要無い、溶岩そのものだからな。ハハハ! そうやって逃げるんだろ? 過去からも、今からも!!」
ドームは相性が悪いと見るや視界を遮り、一時離脱を図ったのだ。
(逃げて来たんじゃない……逃げるつもりなんて無かった。オレには力が足りなかった……クソッ!)
視界を遮った煙の中でドームは唇を噛み過去を悔やむ。ホワイティアとの内乱に負けたドームは、救えなかった当時の故郷を思い出す。ドームは捨て身の覚悟で拳を構えた。
「チッ! 二度も救えなかった! このままだと家族にすら顔向けできない!」
「さあ! 焼いてやろうじゃないか! お前の過去ごとな!!」
正面で右手を上に向け、手の平から赤黒い溶岩が湧き出てくる。ボタボタと垂れ落ちる溶岩は地面を焼き、周囲の温度を更に上昇させた。
アル・ブラン。
【色素、赤黒。色力、溶岩】




