第1話 色の始まり
いつからなのか、それは誰も知らない。
実体が先に生まれ、様々な色が宿ったのか。
「色」という概念が先に生まれ、様々な色に実体が宿ったのか。
知る者はいない、それは知る必要の無い事なのか。
世界は色で満ち、人は様々な色と無意識に生きてきた。
――二〇〇〇年前。
とある三つ子が内に秘めた色の力、色力をその身に宿しこの世に生を受ける。三つ子はそれぞれに赤、緑、青の髪色をしていた。勿論、様々な髪色をした人々は存在する。しかし、色力を有している者はいなかった。
幼い感情に枷は無く、無尽蔵な色力は暴走し、世界に災厄を引き起こす。
火山を活性化させ噴火を促した。
地面を揺れ動かし、大地を裂き、地形を変動させる。
雨を降らせ、海は荒れ、水災を引き起こす。
人々はその力に畏怖し超常的な力を崇める様になる。赤子の色の暴走は神の怒りであると。
世界の新たな始まり、人々は三つ子が産まれた頃から色暦と呼ぶ様になる。
三つ子は大切に崇め育てられ、物心がついた頃にはそれぞれの色による能力を理性の元に扱えるまでになっていた。
古来、人々が扱う道具や自然からなる事象でしか見る事の無かったモノである。
一人は世界の火を操り、人々の生活を更に豊かにした。
一人は世界の水を操り、人々に更なる潤いを与えた。
一人は世界の植物を操り、大地を豊かにした。
成長した三人は三原神と呼ばれ人々を先導する事となる。
一〇〇年が過ぎ、三人はいずれ朽ちる身を案じ世の安寧を導く後継を選ぶ。三原色からなる虹の七人。
後世の繁栄を願い、赤、緑、青、それぞれ拳大の大きさ程の計三つの石。それを七人に授けた。
三原神の力、色の能力を操る色操という力も分け与え、虹の七賢人と名付ける。
「この石は世界の理そのもの、決して欠いてはならぬ。この石が世界の中心にある限り、世界は守られ安寧の刻を進む。だが欠いた時、その色に伴う大災厄を引き起こすであろう。世界を照らす虹であれ……」
その後、三原神は人々の前から忽然と姿を消す。
虹の七賢人はその身に宿る色を素と呼び、同じ素の元それぞれが暮らす様になる。
三原神の意思の元、虹の七賢人は授かった三つの石を自らに名付けられた虹に倣い、虹の聖石と名付けた。
虹の聖石は、とある山の洞窟最奥へ厳重に保管された。
やがて虹の七賢人は各々が授かった色の力、色操により世界を導き始めた。次第に七賢人は世界各地へ拠点を移し、それぞれが王と名乗るようになる。
赤を司る赤王。
橙を司る橙王。
黄を司る黄王。
緑を司る緑王。
青を司る青王。
藍を司る藍王。
紫を司る紫王。
七賢人は各地へ散らばる前に、毎年交代で虹の聖石の番人として保管場所付近で滞在する事を決めた。
協力し合い世界は穏やかな時を過ごすかに思えた。
年が経ち次代、また次代へとそれぞれ七賢人の名は継がれ、同時に虹の聖石の守護としての役割も担ってきた。
しかし、七つの色が同じ思想の元、世界を先導、統治し続けるなど不可能に近かった。三原神の偉大さを知る初代・虹の七賢人達は良かったのだ。
――色暦 三一三年。
第五代・緑王が虹の聖石を守護する年、後に世界を混沌へと陥れる出来事を起こす。
既に三原神の偉大さなど薄れ、当人はむしろ先代からの王の務めとして担っているに過ぎなかった守護役。
興味本位だった。既に言い伝えであった三原神の言葉「三つの石を別つ事ならず」。
守護交代時に虹の聖石の一つ、緑石を自国へ持ち帰ったのである。
全世界で地響きが轟き、突如大地震が起こる。大地は割れ、隆起し天変地異を引き起こしたのである。
無尽蔵な力を目の当たりにした五代・緑王は、あろうことかこの異常な力を利用し世界を我が物にしようと企む。
気付いたのは次年守護役の四代・青王だった。ただならぬ事態にまさかと思い、虹の聖石を確認したのだ。洞窟奥に設けられた一室の扉は厳重に閉ざされていた筈である。
しかし、扉は丸ごとえぐり取られ保管室が露わになっていた。直ぐに残りの五賢人に事情を伝え、六人は緑王の愚行を阻止するべく動いた。
残る六賢人は緑王の制止に難航した。
世界の理の一部を手にした相手である。脅威である大地を動かす程の力に太刀打ちできなかった。世界では大地の異変が止まらず、人々は怯えに怯えていた。
人々の被害は甚大だった。また、緑王との戦闘時に数名の王が命を落とす事となる。
代理を含む六賢人は悩みに悩み、苦渋の決断を下す。青王に虹の聖石の一つである青石を利用し緑王を止めよ、と。
青王は持ち出した青石に色力を込め、莫大な量の水を操った。
海は怒り、空が泣いた。抗う事の出来ない水は大地を飲み込み、緑王の愚行は終わった。
からくも生き残った緑王であるが、王の座を弾劾され僻地へと幽閉された。六代・緑王の選出に時間がかかった事は言うまでもない。
一時は収まったかに思えた愚行も時間が経ち、また次代になれば薄れゆくもの。
無尽蔵な力を目の当たりにした一部の王が、再び虹の聖石を使い密かに世界征服を企む。
虹の聖石を一時使用した四代・青王である。
世界征服の計画を次代に受け継ぎ、子である五代・青王が期を計り、我が世界の主であると主張したのだ。世界への宣戦布告である。
「虹の聖石を持つに相応しきは世界の王なり、世界の主となるは我なり。我が理なり」
しかし、青王だけでは無かった。七人全てが虹の聖石を手中に収め世界を治めようとしていた。
五代・緑王の様に災害による恐怖の支配、それを良しとせず守る為の支配。それぞれの思いは交差し、七つの色勢はぶつかり合う。
七人は互いに争いでしか解決を見出せず、騙し合い、土地を奪い合い、人々を殺し合い凄惨を極めた。
一時は虹の聖石を手にし一喜一憂するも、争いは絶えず落ち着く事は無かった。
各色勢は虹の聖石を握る事ができず次代、また次代へと戦いは受け継がれていった。
更には色の交配が長い年月の間で起こり、様々な色種の勢力が出来上がる事となる。
多岐にわたる勢力はそれぞれが牽制し合い、同盟を結ぶ色勢も現れた。だが逆に同じ色種でも離別する者も居た。争いに疲れ、ひっそりと暮らす道を選ぶ色もあった。
いつからか虹の聖石の所在は不透明になり、存在自体が伝承でしかなくなっていた。
世界の王となる権利であるか、世界が平伏すると信じてやまない者も少なくは無い。
自然と伝承は様々な噂となり、尾ひれがつき各地へ独り歩きを始めた。だが石に込められた想いはもはや三原神以外知る者はいない。
三原神が生まれてから二〇〇〇年が経った今、一人の青年を中心に混迷していた色の世界が動き出す……。