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第193話 改竄された歴史

「つつつつ、妻ァあああああ!?」


 リムは全く予想だにしていない事実に目ん玉が飛び出る。まさかタータに随行していたこの竜人が、御伽話とまでされたティアルマート一族その者だった。


「ま、待て待て。お前がティアルマート一族ッ!?」

「ああ、そうだ。(あるじ)よ、良いナ?」

「うん♪ タータは別に隠してるつもりも無いし♪」


 ドラドラは興味津々な周りの様子を確認すると、静かに口を開く。


「ワタシの名前は、アープス。海の神と謳われたルシエ・ティアルマートの番いダ」

「海の神、アープス、ティアルマート……」

「どうしたんやハゲ」

「いや。ドラドラ続けて」


 リムは告げられた名前を数少ない知識の中から引き摺りだそうとしていた。


「ワタシ達ティアルマート一族は、以前人間と共に暮らしていタ。何の諍いも無く、ただ平穏に世界を生きていた」

「……」

「互いに協力し、困り事があればすすんで手を貸しタ。だが、手放しに協力するのではなく試練と言う糧を与えタ。この辺一帯に海を創り青ヲ。ただ物を与えるのではなく手段を、ダ。発展した人間は衣食住を得る為の道具を生み出し、更に発展を重ねてきたタ。いつしか彼らは『人の世を創りし海の神ティアルマート』と崇める様になル。御伽話などと言う伝承では無イ」


 ドラドラはゆっくりと足を進め、ルシエの隣に立つ。


「待て待て。それじゃまるで原初の、三原神(さんげんしん)みたいな――」

「そんな訳が無かろウ。ワタシ達が生まれたのは、既に色暦(しきれき)が数えられるようになってからダ。色を生み出す事など出来る筈も無イ。ワタシ達は所詮、その結果を用いてきた者に過ぎン」

「やっぱすげぇのな、三原神って」

「話を戻そウ。共生してきたワタシ達は事実を紡ぎながら歴史を創って来タ。そこで疑問に思うだろう、彼ら人間はワタシ達に何の協力ヲ? それは三原神が現れ、世界に色が徐々に満ちてきた頃。それでもまだ荒れた土地はあったが、そんな現状にワタシ達は何ら疑問を抱かなかっタ。それを彼ら人間は感謝の心で色彩豊かなライカを見せてくれタ。無にも等しかった感情に色を付けてくれタ。『嗚呼、この様な素晴らしい世界を魅せてくれタ。空虚な心の器に様々な色の水を注いでくれタ』とネ。それだけでワタシ達は良かったのダ。緩やかに慎ましく、ただ穏やかに暮らせれば良かっタ。だが、そんな世界も長くは続かなかっタ。徐々に欲を出し始める人間が出てきたのダ」


 腕を組み、静かにドラドラの言葉に耳を傾けていたドームが口を開く。


「虹の七賢人、か」

「ん? なんで賢人が出て来るんだ?」

「お前はホワイティア城で文献を読み漁っていたんじゃないのか」

「そりゃいっぱい読んだよ! でもティアルマートなんて名前出てこなかったし、繋がりが分からないってば」

「虹の七賢人は三原神から色力(しきりょく)を授かった人達だ。その後どうなったかまでは文献に載っている筈だ」

「えーと、確か世界に散らばったとかだったっけ?」

「そうやって繁栄しながら虹の聖石(レインボーウィル)を保存し続ける為に尽力していると言われている」

「だからそれがティアルマートと何の関係があるんだよ」

「ドラドラもとい、アープスの口振りからすると、差す歴史は色暦三一三年か」

「???」

「はあ、やはり頭には入っていないのか。三一三年はライカの中では有名も有名だ。寧ろその事件があってから世界が争う様になった」


 リムは難しそうにくしゃりと顔面を寄せている。


「そうダ。虹の七賢人による、虹の聖石(レインボーウィル)の一つである緑石(りょくせき)の強奪。実行者は五代目緑王(りょくおう)マルドゥク。彼が緑石の力で地を割き荒らす様になり、当時の青王(せいおう)青石(せいせき)で海を用いて鎮めたのダ」


 マルドゥクと言う名を聞いたルシエの拳に力が入る。


「あ、ああ! それは見た! でもそういえばその後は特に何も書かれて無かった気がするけど?」

「そうだな、オレもその出来事に関してはそこまでしか知らない」

「緑王の愚行の話には続きがあル。青石を使用した四代目青王の嫡子が、世界へ宣戦布告した時ダ。水の凄まじい力を実感した彼は、水を司るワタシ達ティアルマート一族にも牙を向けタ」

「海の神だから?」

「それは海を開いた為に人間がそう呼んだだけダ。ワタシは淡水、ルシエは塩水を司る水の竜。水に関しては他の追従を許さぬ程の力を有していル」

「ほーん」

「彼だけでは無い。世界を手中に収めんと愚か者共が、海の神と謳われ尚且つ絶大な力を有するワタシ達を抑え込もうと躍起になったのダ」

「何もしてないのに?」

「あア」

「でも、お前らがまだ居るって事は失敗したんだな」

「あア。彼らはワタシ達には勝てなかっタ。しかし、勢いは衰えようとも決して止む事は無かっタ。何とも愚かで悲しい事ヨ。ワタシ達が何をしたと言うのダ。ただ周囲の者共と平穏に暮らしていただけだと言うのニ。共生していた周辺の人間は戦いに巻き込まれ、今やその事実を知る者が居るのかすらも疑問ダ。そうなれば後は簡単だろウ?」

「事実の捏造、か」

「そうダ。全ての文献は改竄(かいざん)され、更に都合が悪いと思えば抹消すらしただろうナ。そうなれば人間に都合の良い歴史へとすり替わるのは簡単な事」

「……」

「だけどさ、今アープス? が言った事を事実だって言う証拠も無いんじゃ?」

「ドラドラで良い。その証拠は天命の書版(エヌマ・エリシュ)ダ」

「えぬま、えりしゅ?」

「そうダ。それは古来よりティアルマート一族が残してきた物。その書物に歴史を書き連ね、ティアルマート一族が血の印を押す事により、歴史として刻まれル」

「そんなん誰だって書けるじゃん」

「それだけでは無イ。その書物は起きていない出来事を書くと事実として起こル」

「なんだそりゃ。反則じゃねえか」

「だが書いただけでは何の効力も無イ」

「なるほど、そこでティアルマートの血って訳か。何故か天命の書版(エヌマ・エリシュ)の存在を知っていた賢人が、歴史を操ろうとそれを狙った訳だな?」

「まあ、簡単に言えばそうなル」

「で、その書物は何処にあるの?」

「幾度もの侵攻に遭った際、奪われてしまった様なのダ。だが、先も言った通りそれだけでは効力は発揮せン。それ故にルシエは血を狙われる様になったのダ」


 静かに話を聞くルシエは何処となく悲しげである。


「なんでドラドラはルシエを置いて? 一緒に戦えばいいじゃん」

「それでも彼女は人間を好いていタ。ワタシは説得されたヨ。『効力が無ければただの書物である以上、人間に渡った所で気にする必要も無イ。此処で今まで通り暮らそう、人間なんかワタシ達の敵では無い』ト。勿論暫くはそうしていタ。だが協力的だった人間達が巻き込まれ、徐々に命を落としていく事に、ワタシには耐えられなかっタ。何故ワタシ達が理不尽な攻撃を受け続けねばならないのダ?」

「……」

「だからワタシはルシエの制止を振り切り、天命の書版(エヌマ・エリシュ)を取り戻し争いを断つ為にライカを渡り歩いタ。彼女と家族を、未来に渡り守る為ニ。千年以上前の話ダ」

「で、タータが運良く出逢ったから一緒に探してるの♪」

「そういう事ダ」

「お陰で私はコイツらと取り残されて、孤独な戦いを強いられたのさ」

「なるほどねぇ」


 半ば呆れ顔でドラドラを見上げるルシエだったが、それでも彼女の根底にはドラドラを恨むと言う感情は無いようだ。


「つまりファミリア諸島の掌握と言いつつも、天命の書版(エヌマ・エリシュ)を使う為にティアルマートの血を狙っているって事は、この件は裏で虹の七賢人が絡んでる訳だな」

「十中八九そうだろうナ」

「で、それを聞いた上でお前達は私をどうする?」


 ソファーから身体を起こしドラドラの隣に立ち上がると、ルシエは腰に手を当ててリムへ問い掛けた。


「……お前らの話が壮大過ぎて、事実として受け止めるには時間が掛かると思う。だけど、オレは仲間を信じる。ルシエ、直ぐには無理かも知れない。オレ達も協力するよ」

「同情ならやめろ。少し話を聞いただけでお前ら人間が私達の気持ちが理解できるとも思えない」

「分かってくれなんて言わないさ。ただオレの意思がそうしたいって思っただけだよ。だからお前も協力してくれないか、流石にオレ等だけじゃ世界を相手にするには無理があるだろ?」

「アハハハッ! 可笑しな事を言うね! 答えはノー。それはお前の意思だろ。自分の意思だけを貫けると思うなよ? お前が世界に通用しなくても私達は通用する。人間の手なんか端から借りるつもりは無いんだよ」

「でも、ドラドラはタータと一緒に探してるんでしょ? もうちょっと柔らかくなってもいいんじゃない?」

「ノーだと言ってる。私達より遥かに劣る人間の協力なんか得て何になる」

「でもオレはお前の色力を封じた」

「ああ言えばこう言う。私は弱い奴が嫌いなんだ、そこまで言うなら試させてもらうよ」

「何でも来い」


 ルシエはゆっくりと城外に人差し指を向ける。


「今この諸島にちょいとばかし厄介な奴がいる。そいつをどうにかしてみせろ」

「そんなヤバそうな奴は見当たらなかったけど?」

「どこからともなく現れる奴らの事だ。無理は無いだろうね」

「で、誰なの?」

八基感情(ポルティクス)上位体(ファースト)、恐怖のテッロよ」

「またかよぉおお! ほんとどこにでも現れるのな!」

「先に言っておく。上位体(ファースト)はお前ら人間が束になっても勝てる相手じゃ無いだろうね」

「意地悪な事言うね。でも何とかしなきゃ話が進まないんでしょ?」

「そういう事だ」


 ルシエの口角が僅かに上がっていた。

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