第192話 猛女
「あ! マミちんおかえりぃ! ご飯にする? お風呂にする? それとも闘う?」
「何処で覚えたんだそれ。ってか、ここお前ん家じゃねえから」
ミルが入口に到着したザハルらを見つけると、嬉しそうに手を振った。
「なんや、もう終わってるんかいな。ほな闘うのは野暮やな。登山で疲れたからお風呂でも貰うわ」
「いや、お前も乗っかるな」
「んで、状況説明してや」
「無視かよッ!」
どんな状況でもツッコミは健在である。それをスル―するまでがお決まりなのだが。
漸く揃った一行と肩を落とすルシエ。力無く溜息を吐いたルシエは、奥の巨大ソファーへと足を進める。
「アイツがルシエ・ティアルマートやな。さっきの圧もアイツやろ?」
「うん☆ でもリムちんが抑えてくれたぁ☆」
「やはり色力、か。どうにもお前には敵わないようだな、リム」
「へへん!」
「どうしたんやボンボン。パンツ見て元気出たんか思たら次はしょんぼりかいな」
「バ、馬鹿を言うな」
「お? とうとうボンボンには否定せんようになったな」
「だからそれは違うと」
標的が目の前にいるのに何故そこまで呑気なのだろうか。
「お? ザハルも見たのか!」
「ああ、黒だった」
「あーアカンわ。コイツ等ホンマにシバきたくなってきた」
「リム、冗談はそこまでにしておけ」
「そんな事言ってドームだって興味有るんだるぉ?」
「ハチャメチャな妹の下着を嫌と言う程見て来た。特に何も思わない」
「シスコンめ……」
ルシエが全身を預ける様にドサリとソファーに座り込む音で、一同が一斉に振り向く。
「でぇ? 私に何の用なんだい。御丁寧にコイツまで連れて来やがって」
視線の先は、竜人化したドラドラの姿だった。
「そういや、コイツは誰やねん。ルシエの仲間か? なんで当然の様に儂らサイドにおんねん」
「怨念ではなイ」
「誰もそんな事言うてへんわ!」
「怨念がおんねん、ってか。プッ」
「うっさいねん! 黙れハゲッ!!」
滑り散らかすリムを言葉の暴力で抑え込み、マミは説明を求めた。
「ワタシはドラドラダ」
「ほーん。で、なんでそんな姿なんや」
「色々とあってナ。だがその話は後ダ。今はアイツと話を付けよウ」
「分かった」
「驚かないのかよ」
「そらビックリしとるわ。やけどこの竜人がこの状況で儂らに危害を加えるとは思えんからな。アンタらが警戒しとらんのが証拠や。後で説明してくれる言うんなら先ずはあっちやろ」
深々と座るルシエを顎で指した。
「アンタがルシエやな! 儂はアカソから来たマミ・ナコシキや」
「ナコシキ。フン、そういう事かい。結局アンタ等も一緒って訳ね」
「何がや」
「今までも散々ナコシキとやらの名前は聞いてきた。どんな綺麗事を並べても結局は口を揃えて島を出て行けと言う」
「オトンがそんな事言わせる訳無いやろ」
「へえ、アンタ娘か。なら直々にボスへ話を伝えるんだね。アンタ等人間の理由なんか知った事か。私は私の意思で動く、蝿共が群がった所で燃やすだけだ。とね」
「オトンは……」
「……ハハハ! そうかい、死んだのかい! それは残念だね。じゃあこれで漸く蝿共が寄って来なくなるってものさ!」
「死んどらん。ただ、何処に居るか分からんだけや。やから、代わりに儂がナコシキ家の代理当主や。これから儂と話をする時はそこらへんを頭に置いといて貰わんと困るで」
「ああ!? 何処の当主がなんだって? そんなもの私から言わせればそこら中に居る蝿となんら変わらないんだよ! 舐めた口を聞くな!」
「ああ!? 誰が蝿やて!! アンタかて儂らに迷惑かけとる害虫みたいなもんやろが! 喧嘩なら買うで!」
「待てよマミ。喧嘩しに来たんじゃないんだ。ここは落ち着いて、な?」
「うっさいハゲ! アンタは蝿言われて何も思わんのかいな!」
「蛆虫よりかは自由に飛べるし?」
「ッッ!!」
「いち、いちちちちち! ひっはるな!」
マミはリムの頬を思い切りつねり上げる。
「ええかアンタ等! 儂はオトンがしたかった事を少しは分かっとる筈や! 幾ら周辺国に迷惑を掛けとるからって下手に抑え込もうとも思うてない。協力してみんなで発展したかった筈や! やけどな! 家族を、儂を、アンタ等を蝿呼ばわりされて儂は黙っとらんで!! おいルシエ! そこまで言うんならアンタは害虫でも無い、蝿の集るクソや! 儂らはそのクソを片付けに来たんや! 分かったかクソがッ!!」
「ブッ! お前、それは言い過ぎだろ」
「ハハハッ!! 言うじゃないの。さっきの色力を目の当たりにしても怖気付くどころか言葉の応酬とはね。中々度胸があるよ」
「何で上から目線やねん」
「事実、上に立っているからだよ。世界を創って来た私を、そこら辺にうじゃうじゃ居る陳腐で愚劣な人間共と一緒にするな」
ルシエは言葉穏やかではあるが、内心は沸々と湧き上がる怒りを一生懸命に抑えている様だ。時折身体の周囲に溢れ出て来る炎が、瞬間的に出ては消え、を繰り返している。
「儂にはそうは思えん。ただひたすらこんな陰湿な島に閉じ籠っとるだけで高みの見物決め込んどるつもりの臆病者ちゃうんか。何が『世界を創って来た』や。そんなお高い生き物なら人間の邪魔なんかせんやろ」
「言わせておけばッ!!」
「姉ちゃんッ!!」
「姉さんッ!!」
食い下がるマミにルシエは限界に近かった。たかが人間如きが希少且つ崇高、畏怖されてきた竜人に罵詈雑言を浴びせるのだ。我慢に我慢を重ねてきたと言うルシエも、ここまで生意気に接せられると限界も来るだろう。
「ふんッ! 結局感情に任せる事しかできひんのやから人間と大差無いなぁ? 竜人さん」
「マミ、少しワタシの話を聞いてくれないカ」
「ああん? なんや、同族庇いならよしてや」
「アイツには我慢させ過ぎたのかも知れン。だが、なぜルシエが何百年も穏やかにして来たのカ、理由を話させてはくれないカ」
「どこが穏やかやねん。まあええわ、で? なんや」
「彼女をここに縛り続けているのはワタシなのダ」
「どゆことや」
「アナタ……」
ドラドラは静かに話し始めた。
「長い話になル。もう何百年も前だ、その頃ワタシは彼女とここで暮らしていた」
「暮らし、ん? お前はルシエのなんなんだ?」
「もう察していたと思っていたのだがナ。彼女はワタシの妻ダ」
「……エエエエエエエエエエエエッッ!!!!」
ポロリと、しかもあっさりと告げられた事実に一同は驚愕する他無かった。