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第191話 深淵を覗く

 竜人ルシエ・ティアルマートが癇癪(かんしゃく)を起こす少し前――。


「おいナコシキ、この山をどうやって登るって言うんだ」

「はあ? アンタ見えへんのん? ちゃんと階段あるやろ」

「この不規則に積まれているただの石の坂が階段だと?」

「なんやアル、不満でもあるんか? ちょいと登り辛い段差があるだけでアンタもビービー言うんかいな。どんだけええとこのぼっちゃんやねん」

「だがこれは」

「『だが』とか『でも』とかそんなんはええんや。儂は行くで。ボンボン共は綺麗な石段ができるまでそこら辺の岩にでも座っときや。いずれ誰かが整備してくれるやろ、知らんけど」

「……」


 愚痴をこぼしながらザハルら三人は、諸島の最奥にそびえる親父島の山肌を進んでいた。

 道ともならない荒れた石段を踏み外さない様、足の置き場を見ながら進むマミはとても器用だ。御自慢のハイヒールを履きこなす彼女は、悪路だろうが御構い無し。元より踵を浮かせた状態で歩いているのだ、狭い踏み場を難無く進んでいく。


「器用な奴だ」

「ああ? ならアンタ等もつま先で歩いたらええやろ。数分もせん内に足釣ってヒイヒイ言うやろうけどな」

「……」

「そんな事よりアンタ等遅いねん! チャキチャキ歩きや!」

「いくら悪態を付かれても速くはならないぞ」

「んじゃ儂が先歩くわ。どきや」


 先頭を歩くザハルを簡単に追い抜くと、そのまま速度を緩める事無く登っていく。


「あ」

「あ? あ! アンタ今儂のパンツ見たやろ! そういう魂胆かいな。こんな状況でも目の前に拝めるとあれば直ぐにでも下心丸出しにするんや。儂が先に行けばパンツ覗ける思うたんやろ。これやから男は下衆なんや」

「馬鹿野郎が、上を見ろ」

「ん?」


 遥か上空を見上げるザハルの視線の先には、ドラドラと背に乗るリム達の姿が見えた。


「ああ! あのハゲ! 楽してんやん! おいザハル! アンタもなんか出しや!」

「そんな便利な物があるならとっくに出している」

「かあ! ホンマ使えんなあ、アルはなんも……無いわな」

「……」

「無視かいな!」


 アルは付き合いきれないといった様子で上空を追い越していくリム達を見ていた。

 リムに次ぐ賑やかさである。だがそんな騒がしさも今は必要なのかも知れない。急斜面の悪路をひたすら無言で進む辛さはなかなかにくるものがある。ミーツ族の血が入るマミの身体能力の高さがここに来て秀でて見えた。


「ほらアンタ等、こなつにすら負けてんで! はよ()いや」

「にゃぁ~ん」

「四足歩行の生き物と一緒にするな」

「じゃあアンタも四足歩行すればええんちゃうか」

「それも悪く無いな」


 地面に手を付き、這い上がる様にして石段を登ろうとするザハルだったが、マミに思い切り叩かれてしまう。


「その状態で上見たらどうなる思う? 冗談も大概にせえや、またパンツ見るつもりやな!」

「んぐ……」

「ザハル、コイツの理不尽さには慣れる必要がありそうだな」

「あ、ああ」

「もうええわ! 儂先に上がっとるからな! とっとと来いや!」


 悪路を物ともせずに駆け上がって行くマミとこなつは、あっという間に見えなくなってしまった。


「で、ザハル。見たのか?」

「ああ、黒だ。深淵の黒だ」

「……」


 黒の色素を持つ男が見た物は、()()()黒いと言った。


 暫くして、漸く山の中腹を越えた辺りに差し掛かる。僅かにひらけた足場で三人は、登って来た石段を見下ろし一息をつく。


「ふう、凡そ三分の二と言った所か」

「こうして見ると壮観だな、天候の悪さが惜しいが。ザハル、お前の城とどちらが高い」

「ダーカイル城か。所詮あそこはスハンズ王国と小競り合いに使う前哨基地みたいなもんだ。中央山地からの侵攻は無かったから高さを必要としていなかった。まあブラキニア城は高台に建っていたからそれなりの高さはあるだろう。それでもここよりかは遥かに低いだろうな。それにしてもこんな高所に城を建てたんじゃ宝の持ち腐れだろう。防衛には適しているだろうが、攻めに関しては後手に回る立地だな」

「それでも翼を持っている彼らからしたら不要な心配、か」

「厄介な相手だ」

「どうしたんやボンボン。自分家が低いからヘソ曲げてんのか」

「その言い方はやめろ」

「ああ、スマンかった。なら坊ちゃん」

「だからやめろと――」


 突如、上方からの圧と衝撃波によりザハルの言葉は寸断された。


「なんだッ!?」

「なんちゅう圧やねん。バケモンかいな」

「恐らくルシエ・ティアルマートだろう。リム達が到着した頃合いだ。侵入を阻まれたのかも知れない」

「急ぐで!!」

「ああ」


 三人は、急ぎ山肌にそびえる城へと足を進める。


「はあはあ、流石にキツイな」

「さっきまでの強気は何処にいったんだ」

「儂かて女の子や。体力勝負になったらアンタ等に勝てるかどうか分からんで」

「ミーツ族の血を引く奴が何を言う。オレ達人間とは根本的に身体能力が違うだろう」

「よう分かってんやん。もうちょいペース上げるで」

「ああ」


 更に足を進め、漸く城の入口へと到着した時だった。城内から凄まじいまでの気迫と共に弾丸にも似た水滴が、城壁を突き破って飛び散っていく。


「な、なんやこれ。近付けへんやん」

「ルシエの色力(ちから)かッ!?」

「こなつ、入りや!」


 四散した水の弾丸が勢いを弱め、小雨の様に三人を濡らしてゆく。水を怖がっているのか、ミーツ族の幼体であるこなつがマミの懐へと潜り込んだ。


「ふう、登山で疲れた身体に染みるわ。水も滴るイイ女ってな」

「それを言うなら男だろう」

「イイ男がおるんなら連れてきいや」

「……」

「自分の事を言わんだけマシやと思うたるわ」

「二人とも、冗談もそこまでにしておけ。勢いが収まった様だぞ、急ごう」

「先陣切るのはアンタや、女は後ろから着いてくわ」

「都合の良い時だけ、女を使うな」

「いいから行け言うねん!」

「……」


 あまりにも理不尽なマミに呆れながらも、ザハルは気合を入れて城内へと侵入する。


「おいリム! 大丈夫か!!」


 ザハルの目に飛び込んできたのは、荒れ果てた城内と見慣れない竜人二人の姿だった。


「……どっちがルシエ・ティアルマート、だ?」

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