第185話 なんとかする為になんとかする
一方その頃。ミルとドームは苦戦を強いられていた。色巧級とも言われるティアルマート一族の兄妹の兄、ラフームが相手となればそう簡単に行く訳も無く。
「ミル、オレが隙を作る。その内に四方から仕掛けるんだ」
「あいさー! 行くよー! 白魔の軍勢!」
ドームは色力により煙を発生させ、ラフームの視界を奪う。超高速で実態のある分身を造り出し、動きの鈍るラフームへと切り掛かるミル。
「煙……こっちの女の子は超速、分身? 流石に速いね」
ミルの速度に驚きながらも、華麗な身のこなしで間一髪で短剣を躱していくラフームの動体視力もまた異常だった。視界が遮られた中でも、攻撃の瞬間に感じる殺気を基に躱し続ける。間髪入れずに攻撃を続けるミルの体力が底を尽きるのも時間の問題か。
「んなー! 当ったんない!」
「一旦戻れ!」
「やっぱりそうだよね。煙の中で息をする事は難しい。最小限で動けば息を止めていても多少は持つよ。息継ぎも無しにそれだけ動けてるのにはビックリだけど、流石に長時間は無理だよね」
「ハァ、ハァ。兄や、チェンジ!」
「ああ、直ぐに息を整えろ」
「あい」
格下の相手に対しては絶大なコンビネーションを誇る煙霧兄妹も、瞬時に特性を理解されれば攻略法も見えて来るという物。活発な妹ラーハムとは対照的に、落ち着いて戦況を見極める事に長けている兄のラフーム。攻撃一点張りのラーハムと最適解を見つけながら戦うラフームのコンビネーションも、オルドール兄妹に引けを取らない。
スイッチしたドームは真っ直ぐにラフームへと飛び込み、拳を浴びせる。至近距離の高速連弾には、流石のラフームも躱しきれずにいなす事で精一杯だった。
「煙の色力は君だよね」
「さあな」
「まあそんな簡単に手の内を明かしてくれる訳ないよね。二人とも白髪だからどっちの能力か判断し辛いなあ。あの子が飛び込んで来る前に君が色力発動の仕草を見せた様に見えたんだけど、もう少し確認が必要だね」
「余裕そうだな」
「そんな事無いよ。君の拳は重いくせに速い。直撃を防ぐ事で精一杯だよ」
「御世辞のつもりか? 色巧級とも言われる竜人が、この程度で防御に徹するしかないとは到底思えんが」
「んーまあ正確には時間を稼いでるだけなんだけどね」
「ッ!?」
やはり冷静だった。気が付けばドームの拳は濡れ、防がれていた筈の殴打が次第に滑る様にラフームの身体を横切って行く。
「当た、らないッ!?」
「速ければ速い程、続ければ続ける程に拳の凹凸に水分が溜まり、膜が形成されていく。摩擦の無くなった拳は、直撃以外は全て流れていってしまうんだよ。んー直撃さえも少し身体を捻るだけで滑るだろうね」
ハイドロプレーニング現象。現代では雨天時に走行する自動車のタイヤに起こる現象だ。速ければ速い程に溝、凹凸に水が入り込みグリップ力を失っていく。
ラフームはドームの装備を見て直ぐに通用すると判断していた。彼の拳にはレザーグローブがみっちりと嵌められている。乾燥していれば強いグリップ力を誇るレザーグローブも、この現象が起こってしまえばオイルを塗られた様な物。その現象が発生する程の高速連打を繰り出すドームも常人では無いのだが。
「あの子と君の身形で予想はしていたんだけど、先の色力で確信した。君達の色力は戦闘を優位に進める為のバフ且つ相手へのデバフ。二人とも近接タイプで、自身の身体能力に頼る型だろうなって」
「この短時間でオレ達の戦闘スタイルを……」
有効打が得られない状況で無闇に攻め続ける事は、得策では無い。そう判断したドームは、一時距離を置く事にした。
「流石に一筋縄ではいかない、か」
「伊達に何百年も生きてないし、その間に数多くの人間がここに攻めて来た。色んな色力も見て来たし、似通った力でも性格によって使い方も様々。だから人間の戦い方は大凡把握済みだよ。今の君達の苦戦は、過去の人間の所為だって思えばいいんじゃないかな」
「……」
「累積された歴史が僕達を邪魔者扱いするんだ。僕達はただ静かに過ごして来ただけなのに、人間達は僕らが邪魔だと言わんばかりに利己的な意見をぶつけて来る。だからこの島を守る為に戦って来た。皮肉だよね。人間達の愚かな行いが僕達の研鑽になる。人間は更に洗練された僕達を相手にしなければならないんだ」
「それはお前達の言い分だ」
「そうだよ? だからお互いに譲らないから結果として僕達が強くなっていくだけ」
「ではどうしろと」
「昔も今も変わらない、ただ静かに過ごしたいだけ」
「ならオレ達が引けば、アカソへとその様に伝えればお前達が害を成す事が無いと?」
「今まで一度だって島の外へ出た事なんか無いし、そもそも人間に興味なんて無かった。だけどそれも今日で終わりかも知れないね」
「何故だ! オレ達がなんとかアカソへと直談判してみよう! だから、海峡の奔流を抑えて貰いたい」
「君はどっちの味方なの?」
「……オレは人間である以上、無意識でも人の為を想うだろう。だが、今はそうではない。リムの為に、オレ達が力にならなければならない。リムが進む道の障害を取り除かなければ、オレ達の存在意義が無いんだ」
「で、そのリムとか言う人は人間を抑える事が出来るの?」
「どういう事だ」
「歴史がそう在ってきたんだよ。簡単に人間が諦める訳が無い。姑息で、傲慢で、自分達の利益の為ならなんでもしてきた。そこに少数意見がぶつかった所で止まるとでも思うの?」
「それは……分からない。だが、アイツなら何とかする。そんな気がするからこそ賭けてみたんだ」
「たかが一人二人賭けた位の人間に何が出来るんだろうね。もうそんなのは飽きてるし、どうでもいいんだよ。これから後に訪れるエヌマ・エリシュにとってはね」
「エヌマ……エリシュ?」
「これを説明するのももう何度目だろうね。ああ、そういえばこの前も五清白とか言ってた緑髪の男にも話したなあ」
「緑髪、セインだとッ!? アイツがここに!? いつの話だ!」
「なんだよ、やけに殺気立って。昨日だったかな、姉さんの研鑽の為に親父島に連れて行ったよ。今は何処にいるんだろうね。姉さん相手だから生きてる可能性は低いけど、偶に気まぐれで殺さなかったりするからなぁ」
ドームは拳を下ろし、レザーグローブの水分を振り飛ばす。
「……ミル」
「兄や、あのゲジ眉はかなりしぶといよ。もしかしたら」
「ああ。おい、ラフームと言ったか。オレ達はそいつに会わなければならなくなった。居場所を知っているなら連れて行って貰いたい」
「だから言ったでしょ。死んでるかも知れないって」
「アイツは、緑堅のセインはそう簡単には死なない男だ」
「なんで君達の願いを聞いてあげないといけないの? それで僕達はなんの利益があるの?」
「それは……」
息の整ったミルは短剣をしまい、ゆっくりとドームに歩み寄った。
「リムっちがなんとかする! 竜人達が静かに出来る様にする! だからミル達がなんとかして、リムっちがなんとか出来る様にしないといけないの!」
「なんとかなんとかって。あのさあ、そんな言い方で納得すると思ってるの?」
「思う! なんとかして納得してもらう!」
「漠然とし過ぎて笑えてくるね。なんだか面白いから一回だけチャンスを上げるよ。僕に直撃させる事が出来たら姉さんの所に連れていってあげる」
「何故直撃なんだ」
「ん? 掠りでもしたら、の方が良かった?」
「何故倒せない前提の条件なんだと聞いているんだよ」
「ごめんごめん。じゃあ膝を付いたら、にしてあげるよ」
「馬鹿にしてくれる……ッ!!」
再び拳を握り、重心を落としたドームが突撃の構えを見せた。
「何度やっても同じ事だって」
「何度も同じ手を使うと思うか?」
「??」
僅かに口角の上がったドームは、第二フェーズを仕掛けるのだった。