第184話 利益の天秤
「こ、コイツ何者だッ!!」
「理不尽だぁあああ! に、逃げろッ!」
「いやぁああああ!」
「折角生き残れたというのに、こんな所で死――」
マミの怒りを買ってしまったならず者の調査隊は、次々と首を刎ねられてゆく。己の利益の為に危険なこの地に訪れた者達。それなりの覚悟はしていた筈。だが意思の弱い者達はそんな覚悟さえも簡単に忘れ、逃げ惑う。ルシエ・ティアルマートの形容し難い力に、マミの理不尽とも思える程の殺戮に、調査隊は慄くばかりだった。
「助けてくれぇ!」
「ま、待て! オレ達が悪かった! 頼む、たす――」
謝罪などマミの耳には届いていなかった。
「悪かったやて? 舐めてんのかアンタら。人を馬鹿にしといて都合が悪くなったら『悪かった』やて? 発言に責任も持てん奴が簡単に他人を罵倒してんやないで! 相手の沸点が分からん内はなぁ!! 安易にぃ!! 踏み込んだら!! アカンのや!」
命乞いも空しく跳ね飛ぶ首達。包囲網は瓦解し、骸の原が築かれていく。そんな中マミの激昂から逃れた数名が、惨状を見つめるザハルとアルの元へと駆け寄ってくる。
「頼む黒いの! お前らあの女の仲間だろ!? なあ、助けてくれ!!」
「さっきも言った通りだ。無垢な一般人であればオレは厭わず助ける。だがお前らはなんだ。リスクを鑑みずに己の利だけを求めて進み、覚悟の欠片も捨てた無様な醜態を晒した挙句、一般人にも劣る愚劣な命乞いをして見せた。もう少しまともな言葉が出て来るかと淡い期待をしたが、それすらも出来ない下衆共に寄られる身にもなったらどうだ」
「うっ……た、頼む! 赤いの! どんな事を言われたってオレ達は敵いやしねえ相手からは逃げるしかねえんだ!」
「分かっているじゃないか。じゃあ逃げたらどうだ、オレ達も覚悟の上でここに来ているんだ。リスクと覚悟を利益と言う秤にかける事すら出来ん奴らに、オレ達と同じ覚悟の土俵に立っている事が不愉快だ」
「全くだ。真摯にアカソの依頼を受け、囮にされていった者達が不憫で仕方無いな」
「良く聞け下衆。利益という支点で支えられた天秤の両皿には、リスクと覚悟がある。リスクが重ければ覚悟など簡単に浮き上がり、利益と共にリスクへと崩れ落ちる。逆に覚悟が重ければリスクは浮き上がり利益と共になだれ込む。飲み込まれた利益はリスクから差し引かれた僅かが手元に戻る。下手すれば何も残らないかも知れない。覚悟の強い者が軽いリスクを背負えば、それは嘲笑の的だ。それで得られた利益は果たして見合う物なのか。だから人は、覚悟とリスクが釣り合った利益を求める事で尊厳を保つのだ。尊厳を失った者の末路は見るに堪えない。関わる者など誰も居ないだろうな」
「うッ」
ならず者はうろたえ、助けが得られない事を悟るとその場に尻込みしてしまう。
「だがそんな下衆にも一つ良い事を教えてやろう。揺らいだ天秤の均衡を保つ為に必要な物、それは助力、だ。リスクと覚悟、双方に利益が半減する余計な物を置いて均衡を保てば良い。リスクの嫌う物は助力、言わばリスクの半減だ。ならば覚悟が嫌う助力とは? 則ち利益の減少だ。助けに入れば利益が減る、単純な事だろう」
「た、助けてくれるのかッ!? オレぁ報奨金なんかもういらねえ! 全部くれてやるよ! だから助けてくれ!」
「それだからお前らは助けるに値しないと言うんだ。利益を求めなくなった時点で、お前は皿から降りた。世界は常に利益の天秤で揺れ動く。お前が居なくなった覚悟の皿に、オレ達が代わりに乗らねば天秤が倒れてしまうだろう? 皿から降りた時点で同じ土俵では無い。つまり助力と言う半減した恩恵すら受けるに値しないんだよ、下衆ども」
アルの腕にしがみ付いて来た男はふと異変に気付く。だが、その時にはもう遅かった。アルから離れる事が出来ず、徐々に熱を帯びて行く身に悲鳴を上げていった。腕から発火し焼かれていく身体を記憶に残し、焼死していった男の顔は声にならない恐怖の叫びを上げたまま焦げ落ちた。
アルの冷めた目が、焼死体を見つめていた。
「不愉快だ……」
「すまないナコシキ、下らん事に付き合わせてしまった」
「フーフーフー。ハァー! ほんまやでッ!! 今は我慢したる。落ち着いたら詫びはしてもらうで王子様ぁ!」
「ああ」
未だ興奮冷めやらぬマミは、汚らわしい物を払うかの様に返り血を振り飛ばした。
「で、ミルちゃん達はどないなってんねや」
「大分時間を取られてしまった。様子を見に戻るぞ」
「ザハル」
「なんだ」
「お前の天秤は釣り合っているのか?」
「フンッ! それはお前自身で確かめろ」
三人は下衆共で築き上げた骸の原を、厭々歩いて戻って行く。だが、そんな三人の後ろ姿を見つめる一つの人影があった。
「良いねぇ、中々の恐怖を味わえた。だが、いまいちだ。どこかこう、スパイスが足りねえ。ただ命の危機に瀕しただけの恐怖じゃあガツンっとくるものが無えんだよな。利益の天秤、か。面白い事言うじゃねえかあの赤いの」
外套に隠れた顔からは、不気味に上がる口角だけが見えていた。