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第162話 夜想曲に包まれて

 マミが屋敷を離れ、リム達の元へ向かおうとしていた頃。真っ青な上空で巨大な翼を羽ばたかせながら旋回している一つの影があった。


「マミっちのお母さん、死んじゃったね」

「あれだけの重力弾で身体が持っていかれなかっただけ運がいいワヨ」

「でも、あのお爺ちゃんは腕がもがれちゃったよ?」

「彼も相当な手練れじゃない。咄嗟に反応して腕だけで済んだんだもの」

「どうする?」

「それはご主人様に任せるワ」

「んー、分かった。それじゃあ屋敷の上に着けて♪」

「ええ」


 大きく羽ばたき、上空で一時浮遊した後に屋敷へと滑空していく。丁度屋敷の真上に来た所で停止すると、タータはゆっくりと立ち上がり胸のペンダントを両手で包み込んだ。


「死んだ人には無理だけど、あのお爺ちゃんなら……」


 祈る様に目を瞑りペンダントを握り込んだ両手から、血が一滴零れ落ちた。ゆっくりと屋敷へと落下して行くタータの血。それを確認したドラドラは、口から水を吐き出す。落下していく血を取り込み、希釈された大きな水玉は更に落下速度を上げる。


「ドラドラ♪」

「ええ、分かってるワ」


 大きく息を吸い込み、大きな水玉目掛けて咆哮をぶつける。すると、落下中の水玉は弾け飛び、細かな雨となって屋敷全体に降り注いだのだった。


「よしッ♪ それじゃみんなの様子は~っと……おおお? あれはピンチ♪ ドラドラッ!」

「ご主人様、掴まってちょうだいッ!」

「あい♪」


 空中を一扇ぎしたドラドラは、方向転換し地面目掛けて急降下していく。この巨体だ。十秒と経たずにアルの元へと迫る。


「アルっちぃ♪」

「遅いぞッ!!」


 カズマの重力場の引き込みに耐えていたアルは、寸での所でドラドラから救助される。再び上空に舞い上がったドラドラは、嫌そうにアルを摘み上げていた。


「ご主人様に言われたからしたまでヨ」

「ああ」

「なにヨ! ああ、って。もっとこう、御礼の一つもあってイイんじゃない?」

「端から想定してお前らを上空に上らせていたんだ。状況を見て最適な動きが取れん様じゃこの先も間に合わんだろ」

「な、なにヨ! アンタなんか南の海に放り投げる事だって訳無いんだからネ!」

「やってみろオカマドラゴン」

「はぁああああ!? アンタ言ったワネ!? ご主人! コイツ飛ばしてもいいかしら?」

「ん~それはダメ♪」

「そういう事だ。主の命には従えよ。反転攻勢だ、下に降ろせ」

「アンタ、絶対いつかヤってやるから……」


 怒り心頭のドラドラを気にする様子も無く、アルは地上で構えるカズマを見据えていた。嫌々ながらも主の命に従い、カズマ目掛けてアルを投擲する。



――――一方、暦刻(れきこく)の休息地では。


「オスワルト、君はクラシックという物は好きかい?」

「くらしっくぅ? わかんない!」

「ふふ、まあ良いでしょう。私のレコードコレクションの置いてある部屋へ行ってこの題名の物を持って来なさい」

「ん~。のくたーん?」


 マンセルに言われるがまま、部屋を出てレコードを探しに部屋を出る。(とき)の廻廊を歩き、一つの部屋の前で立ち止まると、扉を押し開いた。中には何百枚と整頓されたレコードの数々。


「んーと、んーと。これかな? あれ? あ、こっちか」


 マンセルに持たされたメモ紙と照らし合わせながら、指定されたレコードを探し当てる。


「いっぱい有り過ぎて迷うよー。ふむふむ、()()()()? 大きさの割りには軽いね」


 とりあえずはお目当ての物はあった様だ。小さな身体が大きな円盤に隠れる。

 再び刻の廻廊から暦刻の休息地へと戻ると、マンセルへと渡すと興味津々に曲の再生を待っていた。


「ありがとう、オスワルト。君も心穏やかに聞くと良い」


 マンセルは部屋にある蓄音機に優しくセットし、回り始めた円盤の溝に針をゆっくりと下ろした。レコードケースを机に置き、再びロッキングチェアに座りゆっくりとティーカップに手を伸ばす。ケースにはこう書かれていた。『ショパン 夜想曲第二番 変ホ長調』、かの有名なフレデリック・ショパンのノクターン作品9-2である。


 静かな部屋に、優しいピアノの音色が響き渡る。


「彼らの、いや彼女と彼の闘いの様だ。片や愛から見放された統合者カズマ、片や愛に飢えながらも得られなかったマミさん。どちらとも心の中では悲しく愛に嘆き、愛を宿望している。とても愛おしいとは思わないかい? オスワルト」

「んー、よく分かんない」

「そうか、まあいずれ分かるでしょう。ほら、見なさい。彼女が出てきましたよ」


 マンセルが見つめる先は、部屋に浮いた世界視(ヴィジョン)。モニターされた先には、マミが俯きながら戦闘地帯へと歩いてゆく姿だった。


「マンセルぅ、どっちが勝つと思う?」

「分かりませんね。ただ、どちらが負けようとも私達には然程影響はありません。ここは結末をのんびり見届けましょう」

「んー、じゃあアタシはマミさんに百万ユークね!」

「こらこら、賭け事はいけませんよ」

「いいじゃん! どうせただの遊びでしょ?」

「ふふ、そうかも知れませんね」


 外は既に夕暮れも過ぎ、赤らんだ空は次第に夜の黒へと移り変わっていく。

 攻勢に転じていたアルは、タータとドラドラの助力を得ながらも苦戦していた。接近が困難且つ、銃弾の様に飛び交う重力弾を回避する事は容易では無かった。


「チッ! 埒がいかない。どうすれば」

「ハハハッ! 消耗戦かァ? いくらでも戦ってやるよォ!!」

「アルっちー! だーいじょーぶー?」

「大丈夫に見えるなら声を掛けるな!」

「アラ! せっかく力を貸してあげてるって言うのに。ホント、ムカつくわネ!」


 掠る重力弾が次第にアルを疲弊させていく。そこへゆっくりと近付く一人の影。


「ん?」

「あん? なんだァ?」


 マミだった。俯きながら何かを呟き、ユラリユラリと二人へと近付いてくる。


「おい、女ァ!! 邪魔なんだよ! テメェは崩れた屋敷でヒンヒン泣いてりゃいいんだ! コイツをヤッた後に始末してやるからよォ!」

「――だな」

「ああ? なんだって?」

「爺達をあんな目にあわせたのは……テメェだなぁああ!」


 顔を上げたマミの瞳孔は縦に細く収縮しており、カズマに焦点を合わせている。だが、ピントが合ったかと思えばすぐさま瞳孔が丸く広がり、カズマを睨み付けた。


「この、クソカスがぁああああああああああ!」

「なッ!!」


 姫とは思えぬ怒号の後に、一直線にカズマへと飛び掛かる。すぐさま重力弾をマミへ向けて連発するも避ける仕草すら見せない。超速再生能力、しがみつく石(クリングストーン)により、まるで何事も無いかの様にカズマ目掛けて五指の爪を振り翳した。


「お前が、お前が! お前がああ!」


 マミの目は怒りで血走っている。攻撃をものともせずに突っ込む姿はまるで狂戦士(バーサーカー)だ。重力弾を受け穴が空いた身体は瞬く間に塞がり、カズマへと引っ掻き攻め立てる。

 一度、彼女の能力を受けていたカズマなら分かる。この爪に触れる事は死に直結する、と。

 避けては撃ち、避けては撃ち、を繰り返す。


「オスワルトの賭けが当たるかも知れませんねえ」

「ふふ~ん♪ ちゃんとお金用意しといてね」

「それにしてもピッタリの曲だ。優しさの中に潜む悲しみと憎しみ。それは何故なのか。聞き手によって大きく印象が変わる曲だ。夜想曲、良い響きだ。優しさの愛、悲しみの愛、憎しみの愛、どれにも当てはまる。愛のカタチは一つでは無いという事が良く分かる二人だ。ラヴラが喜びそうだが、今日はタイミングが悪かった様だね」

「彼女は何してるの? 八基感情(ポルティクス)は収集がメインなら今が絶好の機会じゃない?」

「はい。ですが、今よりも更に興味深い愛が他の地域で渦巻いている様子でね。残念だ、≪愛しのラヴラ≫。久しぶりに姿を見てみたかったよ」


 夜想曲(ノクターン)が優しく鳴り続く暦刻の休息地から、二人は激闘を見物する。激しい戦闘の中、敵対する二人の感情を囃し立てる様に、似ても似つかないピアノが穏やかにも激しくも鍵盤を叩いていく――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マミちゃんの気持ちは痛いくらいに分かるし、大切な人たちを奪われてしまったらこんな風になって当然だと思います。でも、それでも……カズマさん達との戦いは避けられないようにも思うけど、……複雑な…
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