第160話 難敵
「リム、離れるぞ。オレの色力は少々範囲が広い」
「そんなもん受けたオレが良く分かってらぁ」
二人はそれぞれ反対方向へと走り出し、統合者二人を負傷したザハル達や屋敷に向かない様に離れていく。
(って啖呵を切ったはいいけど、どうやって戦うかなぁ。アイツは時間を止めたり、戻したり出来る)
「どうしたの? 聞いたでしょ? 僕は戦闘向きじゃ無いんだ。怖がって離れても良いけど、時間だけが過ぎて行くよ」
「今はそれでいいんだよ! いちいち話しかけんな、気が散る!」
「まあ、良いけど。時間稼ぎはこっちにとっても好都合だしね」
(どうする。どう攻める)
リムはふと右手を見つめる。握られているのは白王の長剣。だが、結局は近付かなければ切る事も出来ない。
「あ! そうだ! えーと、えーっとな」
「その剣がどうかしたの?」
ジリジリと詰め寄ってくるカズマと、近付かれまいと一定の距離を取るリム。動いたのはリムだった。白王の長剣を頭上に翳すと、色力を込めた。
「これは、ロンベルトから吸収した色力。いけ! ライトコントロール! からの残光閃ッ!!」
剣先から光の玉を出現させ、目の前を斬り付けた。空間には光の斬撃が漂い、なぞる様に斬り返す。飛ぶ斬撃は正しく光速。剣を振り切った時には既にカズキの目前に斬撃が迫っていた。だが、カズキに到達する事無く目前で制止する。
「ロンベルト? なんか聞いた事があるな。誰だっけ」
「やっぱ止まるか! だと思った!」
「ロンベルト、ロンベルト……あぁ、ハック家だっけ。確か色巧だったかな」
「なんでだよ! 色巧ってライカじゃヤバイ部類なんじゃ無いのかよおお! こんなに簡単に止めれられたら形無しじゃねえか!」
「気にしないで良いと思うよ。色力は本人の能力次第でどうにでもなるけど、相性に左右される事が多いから。僕と彼じゃぁ相性が悪かったってだけ」
「攻撃を止められたら相性もクソのねえだろ!」
「そうかも知れないね」
光の斬撃がカズキの目の前で霧散していく。次なる力は。
「んー、じゃあこれだ! 光刃驟雨・連ッ!!」
生み出された光の玉を複数の剣へと変化させ、一斉に飛ばした。多段攻撃となれば防御しきれないだろう。が、勿論その剣もカズキの目前で制止してしまう。
「なーんでだよー!」
「もしかして勘違いしてない?」
「何がだよ!」
「僕は意識的に剣を止めていると?」
「それ以外に何があるんだよ」
「僕の色力も特性に近いんだよ。周囲一メートル、僕に襲い掛かる攻撃は全て時間の壁を越える事ができない」
「あーもう! なんで色操士ってチート級ばっかなんだよ!」
(いくら特性だとしても、儂姫と違って常時発動型。無の拒絶さえ使えれば色力を無力化できそうだけど、さっき使ったせいで目に相当負担が掛かってる。頑張ればもう一回は使えそうだけど、タイミングを間違えると自爆しかねないな)
再び霧散する光の剣達。絶対的な防御を誇るカズキは、更に近付いてくる。
「く、来るな変態! そのゆっくりした近付き方はなんか、なんか気持ち悪いんだよ!」
「心外、それ以外言葉が出ないくらいね」
「ん?」
距離にして凡そ五メートル、カズキの足が止まる。何故この距離で止まるのか。彼は接近して初めて効果を発揮するタイプの筈。もしかすると、この位置での攻撃が可能なのだろうか。違和感を覚えたリムは咄嗟に地面に手を当てた。
「霧場ッ!!」
(何か嫌な予感だな。一旦、霧で視界を遮っておくか)
手より発せられた霧により、周囲は濃霧に覆われていく。真っ白な視界は五十センチ先も見えない。
「これで視界は奪った! 手が出せまい、ガハハハハ!」
何をしているのだリムよ。それでは自身も見えないでは無いか。
何処からかのツッコミを感じたリムは後ろを睨み付ける。誰が居る訳でも無いのだが。
「そんなので誤魔化しても時間の無駄なんだよね」
「じゃあ、お得意の距離まで近付けばいいじゃんか!」
「見えないから前に進めない」
「でしょうね。カッカッカッ!」
だからそれはお互い様だと。
「誰なんだよさっきから! まあ、間違ってはいないけどもぅ!」
誰と会話をしている。リムには偶に霊でも見えるのだろう。
何も進展が無い事を悟ったリムは、霧場を解いていく。が、そこにはリムの姿は無かった。
「あーあー逃げちゃった。王だなんて豪語しといて、名が泣いちゃうなあ」
「逃げて、ねえ、よッ!!」
リムは霧に乗じて、ザハルの色力である影を使い、木陰へと移動していた。木を次々と斬り付け、カズキ目掛けて木々が倒れ込んでいく。
「色力自体の能力が防がれるなら物理的な飽和攻撃だッ!」
「君、便利な力だね。何種類あるの?」
「教えなーい」
木々がぶつかり合い、壁となってカズキに襲い掛かる。が、結果は変わらなかった。カズキに達する前に止まり、木々の間をゆっくりと抜け出してくる。
「だああああああ! ……あああああああああああああ!!」
「君、結構うるさいね」
「元気が取り柄と言って欲しいねッ!」
二人の戦いは進展が無いまま膠着状態に陥る。
――一方、アルとカズマは激しい攻撃の応酬を繰り広げていた。
「絶望、絶望、絶望ッ!!」
「悪いがオレはザハルみたいに油断はせん。いくら小手先の技を繰り出した所でオレには当たらんぞ」
小さなブラックホールがまるでマシンガンの様に、アル目掛けて飛び掛かる。長身のアルだが、身のこなしは流石の色操士と言った所。右へ左へとステップを続け、身体を捻り避けていく。
「これだけ離れれば十分だろ。火山弾ッ!!」
木々を伝い、上空へ飛び上がったアルは右手を翳し、高温に熱された溶岩を降り注いだ。だがそれはカズマには当たらない。明らかにカズマの重力弾より速度の劣る火山弾は、容易に躱されてしまう。
「そんな鈍間な攻撃なんか当たんねえんだよッ!」
「当てる必要なんか無いさ」
「ッ!?」
無数に降り注がれた火山弾は周囲を焼き、高温の岩が足場をも熱していく。あっという間に辺りは焼け野原。雑木林など見る影も無い。
「色操士はな、地の利を活かして戦うものだ。それが無ければ自分で作るんだよ」
「あっちぃなあ、クソ! イライラしてきやがる」
カズマの身体からは汗が噴き出て来る。しかし、アルは自身をも溶岩に変える程の色操士。涼しいものだと言わんばかりに、平然としている。
「暑さは生物の思考を鈍らせる。オレの色力は、思考の弱体化も兼ねている。相性という物はこうも差が出るのだな。統合者だと警戒していたが、気にする程でも無かったか」
「お前のその言葉がイライラする! 絶望を知らない家畜がぁ!!」
「それは心外だな。オレは自分の意思で自由に生きている。家畜と一緒にするな」
アルがゆっくりと地面に手を当てて色力を込めた。
「この一帯全てがオレの範囲だ。喰らえッ! 噴火ッ!!」
地響きと共に地面に亀裂が入り、凄まじい勢いで溶岩が噴出する。焼けた大地の亀裂を避け、燃え盛る木々を飛び回り、辛うじて溶岩を躱していくカズマ。
「ちい、お前も厄介な奴だな。色力を溜める暇もねえ」
「当たり前だ。お前に攻撃する暇など無い」
「と、言うとでも思ったか? 雑魚がァ!!」
「ッ!?」
カズマはただ避け回っていただけでは無かった。重力を溜め切れないのであれば細かい重力弾を点々と放出させれば良い。焦土と化した一帯とその上に浮遊するビー玉程の重力弾。
徐々に増えていく小さな重力弾は、互いに引き寄せ合い次第に巨大化していく。あっという間に先程屋敷を瓦礫にした物と同等の巨大な重力弾が形成されていく。
「さあ絶望よ、御馳走だ!」
「なにッ!! マズい! 身体が引き寄せられる……ッッッ!!」
「いいねー、いいねェ!!! 自分の力で御せない程の重力に引き込まれ、触れれば忽ち肉が引き裂かれ吸い込まれて粉微塵。理解出来るだろ? どれだけ足掻いても勝てない引力に絶望しろよ!! 絶望よ、引き寄せろッッ)!!」
カズマの声と共に、巨大化した重力場がアルを引き摺り込もうと引力を強めていく。
「クッ! 足が滑る!」
弱体化として焼いた地面は灰になった草花と砂利となり、アルは踏ん張りが効かない状態になってしまう。思う様に力が入らず、ズルズルと引き寄せられてゆく。
「このままでは……ッ!」
「さっきの威勢は何処に行ったんだァ? ハハハー!!」
一気に形勢逆転してしまったこの戦い。アルは無情にも重力場へ引き摺り込まれようとしていた。