第159話 アーユーレディ?
時は戻り、現在。
ナコシキ邸に現れたマドカの使用人シオンにより、イロウの計画が暴かれた。幾多の商取引で培った頭の回転の早さと度胸、何より先を読む力。いずれはバレるであろうとは思っていたが余りにも早い看破に、流石のイロウも困惑していた。
(早い……と言うよりかはリアルタイムで情報が漏れていた、のか?)
「まあ焦るのも無理は無いでしょう。マドカ様の情報網を侮ってもらっては困ります」
(アマネとダロンは無事抜け出せただろうか)
「いつまで沈黙を続けるのでしょう。どう足掻いても逃げ場はありません。大人しくマドカ様の居城へと連行されてくれませんか?」
(私が犠牲になる事も一つの手ではあるが……)
「まあ、否が応でも吐いてもらいますのでご心配無く。そういえば奥様は何方に?」
「知らん」
「そんな事は無いでしょう。伴侶たる者の所在も分からないとは如何かと。もしかして表上の互いの利益だけで動いていた仮面夫婦ではありませんよね?」
「口を慎めシオン。貴様が話している相手は三大富豪の一人だぞ」
「慎めとはどの口が仰るのでしょうか。父を陥れ、マドカ様すらも危険に晒そうとしている人間など、三大富豪以前にただの犯罪者なのです! 弁えなさい、イロウ・ナコシキッ!!」
今まで大人しかったシオンの口調が徐々に荒くなってくる。何かの琴線に触れたのだろう。だがイロウは、この変化を見逃すはずも無かった。
「ほう、その口振り。民衆などどうでも良いと言っている様なものだが? アカソの三大富豪の何たるかを忘れている様だな」
「イライラさせてくれます」
「三大富豪は民衆や商人によって称えられたに過ぎん。私らが何故この地位に居るのかを忘れた者など、アカソの風上にも置けないんだよ」
「馬鹿にしてくれる」
シオンの平手がイロウの頬で良い音がした。
「そんな事は百も承知です。私が言っているのは、その称えられたマドカ様を侮辱するなと言っているのです!」
「であればどの様な事情があれど、対等な我々に姿を見せずに使用人に出向かせるなど、こちらが馬鹿にされているも同義だ。商い事は対人ありきなのだよ。商売相手を馬鹿にしているのはどちらだ!!」
「言わせておけばベラベラと。癇に障りますね。もう良いです。保安隊の方々、イロウ・ナコシキを居城へと連行しなさい」
「ハッ」
後ろ手に縛られたイロウは連行される中、真っすぐにシオンを見つめ捉え離さなかった。
「ふぅ、少々気持ちを収めなければなりません。マドカ様の事となるとつい高ぶってしまいます」
軽く深呼吸をした瞬間だった。轟音と共に屋敷が半分以上抉り取られる。
「な、何事ですッ!?」
カズマのブラックホールが相当な大きさへと膨れ上がった時、リムら目掛けて飛ばされた。だが、その直線状にはナコシキ邸が。
全員が回避した時には既に遅かった。ブラックホールはいとも簡単に屋敷を抉り取ってゆく。
「ハハハァ!! 油断したなお前らッ! こんなに大きな物がお前らに当たらない事なんか端から想定済みなんだよ! マミ・ナコシキとか言ったなァ! お前には絶望を与える。そう、家族ごと家を吹き飛ばしてなァ!!!」
「ッッッ!!!??」
決して忘れていた訳では無い。忘れる筈も無い。苦楽を共にしてきた執事ダロン、まともに接してこなかったが一応の両親である二人。その三人が居る屋敷が見るも無残にブラックホールへと飲み込まれて瓦礫の山へと成り果てていた。
「爺ッ!!!」
「カーッハハハハハッ! イイネー! イイ叫びじゃないか、女ァ! おっと何助けに行こうとしてんの? まだ終わってないだろうがァ!!」
家族の元へと駆けようとするも、細かなブラックホールが弾丸の様に飛び交う。
「ハーッハハハハ!! これだよこれ! 生死が分からない家族の元へ一刻も駆け付けたい。だが、それも叶わない。気を緩めればオレの餌食。イイねー、イイよー! 絶望が増して来る!!」
「外道が。ナコシキの! オレに任せろ。お前は屋敷へ向かえ」
「赤いの……頼んだで!」
アルが腰の長剣を引き抜き、カズマの前に立ちはだかる。
「お前もアステリ……アステリ、アステリ! どいつもこいつも堪んねぇなァァ!」
「アステリとやらが未だに何を指しているのかが分からんが、どうにも気に食わない相手だ。リム、悪いがオレにやらせろ」
「構わねえけどヤバそうなら加勢するぞ」
「今まともに動けるのはオレ位だ。ザハルも立てない、ドームも妹から手が離せないとくればこの後はどうするか分かっているだろう」
「悪いけど、みんなを連れて逃げる程力持ちでもないんでね。攻めは最大の防御だぜ!」
「フンッ」
前に出たアルの隣にリムが並び立つ。先日は闘い合った間が今では己の守るべき者の共通点からか、共闘へと繋ぐ。
「カぁズキぃ!!」
「なんだい」
「あの灰色を足止め出来ねえのか! 厄介そうだ!」
「だから僕は戦闘向きじゃないっていつも言ってるじゃない」
「どうもお前と似た匂いがする」
「ふーん、分かったよ」
カズキがリムの前に足を進めると、懐中時計を前に突き出し首を傾けた。
「僕はホーラ、カズキ・ホーラ。時間の女神に微笑まれた者」
「ああ、さっき聞いたぜ。オレは……オレは、オ……」
リムはまだ名乗る程何か特異な性質がある訳では無いと思っていた。二つ名を持つ程、世界に知れ渡っても居なかったからだ。
「オ、オレは灰……」
「――貴方は、灰王とでも言いましょうか」
過去、ホワイティア城で黒法師が言っていた言葉をふと思い出す。
「そうだ! オレは、灰王! 色の世界に生きる灰王リム・ウタだ!」
「王とはまた随分な肩書だな」
「こういうのは形から入るのが大事なんだよ! アル、お前も二つ名位はあるだろ?」
「……さあな」
その異質な姿にカズキは笑みを溢す。右手には白王の長剣、左手には黒王の両刃斧。いよいよ様になって来たリムだった。