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第157話 それでも儂は

――――翌朝。


 朝食の為、食堂へと降りてきたマミは気まずそうにテーブルに着く。並べられた食事を前に暫し沈黙の後、小さく溜息を零した。


「そこのアンタ。昨日の料理人、呼んで来てくれへんか」

「畏まりました」


 メイドは会釈をし、その場を離れていく。その他の使用人達は少々怖がっている様子だ。パンを齧りながら料理人を待つマミは、只々無言で食事を摂る。

 そこへ昨日の事など何も無かったかの様に、執事長ダロンが食堂へと入って来た。


「お早う御座います、御嬢様」

「ん……」


 徐にマミの隣へとやってくると、静かに口を開いた。


「御一緒しても宜しいでしょうか」

「ん……」


 本来使用人達は、(あるじ)であるナコシキの人間より早く食事を済ませ、一日の始まりに備えるものだ。それはいくら執事長と言えど同じ事。食事を共にするなど不敬に値するものだという事は百も承知。だが、ダロンは敢えてマミと共に朝食を摂る事にした。


「なあ、爺」

「なんでしょう」

「一緒に飯食うのは初めてやな」

「そうですね」

「……なあ、爺」

「なんでしょう」

「……なんもない」


 二人の間に沈黙が続く。カチャリカチャリとスープを掬う音だけが、静かな食堂に響き渡った。

 食事も終わりに近付いてきた頃、メイドに呼ばれた料理人が慌ててマミの元へと駆け付ける。


「お、おおおお遅れて申し訳御座いません!」

「いやええで。それより昨日はすまんかった。朝飯、美味かったで」

「いえ、滅相も御座いません! その御言葉が何よりです!」

「そうか。ほんなら今日の晩も頼むわ。昼は爺と街に出る」

「……はいッ!!」


 料理人は昨晩の出来事など吹き飛んだかの様に、満面の笑みで厨房へと戻って行く。その様子を見届けたマミは、食後の紅茶を一啜りするとゆっくりと立ち上がった。


「爺、聞いたやろ。ちょっと付き合ってぇな」

「勿論で御座います」


 この頃には既に、アカソの町中にマミの悪童っぷりは知れ渡っていた。だが()()は屋敷の敷地内だけであり、一度街へ出れば商人の間では非常に明るい気さくな御嬢様という印象の方が強かった。


 二人は無言のままアカソの商業区へと赴く。相変わらず活気に溢れた街だった。


「あ、ナコシキの御嬢さんやないですか! ちょっと見ない間に大きくなられて!」

「やっぱ綺麗よねぇ。私もあんな綺麗な娘が欲しかったわぁ」


 街に顔を出せばすぐさま注目の的になる。


「マミ御嬢様! 南東の沖合で獲れた新鮮な魚ですよ! 御代はいいから切り身を食べていかないかい!?」

「マミ御嬢様! 綺麗な髪飾りが手に入ったんでさぁ! うちの店の広告塔になって下さいや!」

「マミ御嬢様!」

「御嬢様!」


 人気も人気、超人気。次から次へと寄ってたかって商品を押し付けてくる。だが、マミは嫌な顔一つせず、元気に応対していく。


「お? 刺身かいな、儂大好きやねん! ……ん! 美味いわ! 爺、この店の魚で明日の夜飯な!」

「承知致しました」

「髪飾りか。儂に合うかいな……どや? 似合うか?」

「御嬢様を評価するほどの品性は持ち合わせておりませんので、私よりかは皆様方に御聞きになられた方が良いかと」

「むぅ……」

「御嬢様、綺麗ですぜ!」

「そ、そうか? そう、やなあ! 儂は綺麗やんなあ!」

「勿論ですとも!」


 商人達は心底楽しそうにマミとの会話を弾ませていく。


「あ、皆スマン! そろそろ次に行かなアカンから今日はこの辺で勘弁してーや」

「おっと、いけねえ。御嬢様も忙しい身だ。引き留めて申し訳ねえ」

「ええで。みんなが元気に商売出来てんのを見ると儂も嬉しいわ。ほな!」


 マミが歩き出すと、人だかりに綺麗な一本道が出来てゆく。マミも、商人もお互いに譲り合った精神が自然と出来上がっているのだ。必要以上に媚びる訳でも無い。だが、決して奥手になってはいけない。

 マミ自身の匙加減も大したものだ。少々気弱な商人を見かければ逆に声を掛けてゆく。そうやって街全体の商いが活気になっていくのだ。何処の管轄だろうが関係無い。マミにとってはアカソ自体が庭であり、アカソの商人達は良き友でもあった。


 次と言いつつ、行先は決まっていない。気の赴くままにあっちへ、こっちへ。

 やがて陽が頂点に昇りきった頃、港より西に位置する雑木林まで足を伸ばしていた。


「ふう、みんな元気やな」

「そうですね」

「なあ」

「なんでしょう」

「儂って何なん?」

「……」


 いずれ聞かれるであろう事は、ダロンにも分かっていた。今朝の雰囲気からしても何か妙な感じがあったのは一目瞭然。


「何とは」

「はぐらかさんでもええで」

「失礼致しました」


 急に空気が重くなったのを感じたダロン。マミへと視線をやると、白い息を吐きながら空を眺めていた。


「御嬢様は……」

「人間ちゃうんやろ? それは何となく分かっててん。やって、儂まだ一歳やで? やのに、そこらの二十歳くらいの奴等と変わらんやん。おかしいやろ」

「恐らくではありますが、御嬢様はミーツ族かと」

「にしては特徴が無いやんか。尻尾も生えてへん、耳も人間のや」

「御嬢様、少々お付き合い願えますか」

「ん? おん」


 雑木林の奥へと更に入り込んだダロンは、着いて来るマミを視界の隅で確認していた。不思議がる素振りも見せずに、ただゆっくりとダロンの背を追ってきた。


 大分葉の密度が濃くなり、日差しが入らなくなってきた場所へ来た時だった。マミの目の前からダロンが姿を消す。

 しかし、マミには見えていた。ダロンが素早く腰を落としたと同時に、向かって右の木の幹へと隠れた事を。動体視力は並外れていた。少しの瞳の動きでダロンを捉えて離さない。

 更に、右へ。更に右へ。位置で言えばマミの右後ろへと。この間一秒足らず。老人の動きでは無い。少し顎を下げ、右後方へと視界を移す。


「遅いんやんか」


 マミがそう発した時には既に、ダロンの拳がマミの右頬を掠めていた。最小限の動きで拳を躱し、それだけでは無く左手の五指の爪がダロンの視界に現れた。


(反応速度は素晴らしいですね。やはり幼少期の運動能力から察して、ミーツ族の血を引いている可能性は高い、ですか)

「心配せんでええで、毒は出してへん。それよりまだやるんか?」


 ダロンの首から流れる一筋の血。軽くなぞられた爪は、浅く皮膚を裂いている。


「いえ、素晴らしい反応です。実技は合格でしょう。では座学も少々」

「それは儂に関係あるからって事でええんやな」

「勿論で御座います」


 ダロンはこのライカの歴史を知る限りマミに教えた。色暦(しきれき)の成り立ちや色操士(しきそうし)八基感情(ポルティクス)の存在。ソルウスとの架け橋たる人物だと。だが、精神年齢からすれば遅すぎる程だった。


「んで、儂がミーツ族で色操士やって?」

「それは御嬢様自身で確かめる必要がありますが、私の限りある知識では概ね間違いは無いかと」

「ふーん。で?」

「御嬢様はいずれその力を使い、ライカの運命を握るかも知れません」

「……だから? 力を持っとるからなんやねん」

「これは私が御嬢様をお連れになった時なのですが――」


 ここで初めてマミが、誰とも血が繋がっていない事を知る。それでもマミは育ての親であるダロン、(かね)てより父母として教えられてきたイロウとアマネとの関係性が変わる訳では無い。現実主義であり、真実を知った所で今の生活が変わる訳でも無かった。


「まぁ、普通の人間ちゃうって事は分かったわ。で、儂はこれからどうせえって言うんや」

「時が来たら自ずと分かるのではないかと」

「ふーん」


 なんとも呆気の無い返事である。普通であれば普段の生活からは想像も付かない、出生から何まで知らなかった事実を聞かされれば困惑するものだろう。しかし、マミは至って冷静だった。


「分かった。やけどな、何も無い以上今の生活を変える気は無いで」

「何も無ければ、ですね」


 リムがこの世界に転移してくる大凡一年前の事だった。

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