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第156話 愛に飢えた愚行

――――昼下がりのキヨウ・アカソ邸、応接間にて。


「あの若造が……よりにもよってソルウスと手を組んだか」

「ですがこれはアカソにとっても好都合なのではないでしょうか」


 三大富豪のキヨウ・アカソとマドカ・アカソの使用人であるシオン・オミトが、対面に座る形で茶を啜っていた。


「お父様はホワイティアやその海岸沿いにある他の国家との商談に集中出来ますし、こちらとしても東海岸一帯の、主にブラキニアに対しての抑止力になります」

「それがマズいと言っているのだ。いいか? これはナコシキの権力が増す事に他ならない。新参者にアカソでデカイ顔をされるのは癪に触るのだ」

「ですが、それも無ければ行商に支障をきたします。今の内に力を蓄えるべきかと」

「ナコシキとてバカではあるまい。同じ時間を有しておるのだぞ。迂闊に手が出せぬのを良い事に、外堀を固められてはマズいのだよ。足を掬われる前に何か考えねば」

「お父様は虹の聖石(レインボーウィル)には興味が?」

「あんな御伽話に労を割く意味など無い。ワシら商人は現実主義だ。力だ、富だなどと空想をぼやく位ならば一ユークでも多く稼ぐ方法を考える方が建設的だ」

「マドカ様はその辺りの情報を収集しておいでですが」

「フン、好きにしたら良い」


 獣軍国家ソルウスと一商人であるナコシキが協定を結んだ事は、瞬く間に世間へと広まると同時に長であるシュルツの死も知られる事となる。これにより一層注目を浴び、我先に交友を持とうと商業大国アカソへ殺到するのは目に見えていた。

 だがそれも、ナコシキ家にとっては些細な事に過ぎなかった。


「じぃじー!! じぃじー!」

「どうしましたか、御嬢様」

「ウサギ取って来たで!」

「お、御嬢様! それは奥様がお気に召していた野兎では!?」

「ほうなん? なんか追いかけたら逃げるから楽しくなってってなー! ちょっと手ぇ伸ばしたら引っ掻いてしもて。ほしたらなんか元気無くなってしもたんや」


(なんという事ですか。この辺りの野兎は非常に俊敏……楽しいから追いかけっこをするなど出来る様な速さでは無い筈です)


「どしたーん? ママに怒られるん?」

「いいえ。これは私めが雑木林で見つけた事にしましょう。お次は空を自由に飛ぶ鳥などを追いかけてみては如何でしょうか」

「おん、面白そうや! ほな遊んでくるー!」

(流石に御嬢様とて空を飛ぶことは無理でしょう。しかし、この成長の早さと運動能力の高さ。やはり……)


 その後、数十分と経たずに鳥を握り締めたマミがダロンの元に戻ってくるとは思いもしなかっただろう。



 ナコシキ家に来てから約半年程。マミは尋常では無い成長を見せていた。身体は既に小学生高学年程に。だが更に驚くべき事は、何と言ってもその身体能力。とても常人とは思えない身のこなし。

 特筆すべきは五指の爪だった。明らかに人間とは思えない鋭い爪は、なぞるだけで傷を付けてしまう程。不審に思われない様にと母アマネが装飾を施し、ファッションの一貫とカモフラージュしていた。所謂ネイルである。

 だがどうにもおかしな点は、感情が高ぶると爪先から液体が滴るのだ。まるで毒蛇の牙の様に。

 

 当時アーモンド臭の液体に疑問を持った使用人が舐めた事により、中毒に陥り絶命するという事件が起こった。その後、毒性の強い液体を体内で生成している事が分かり、得体の知れないアーモンド臭の液体は全てマミの毒と言う、ナコシキ家の共通認識がされる程だった。


 外では商取引に引っ張りだこのイロウ。家ではアマネが全力で夫のサポートに当たる。マミの暴れっぷりに肝を冷やしつつも、育児に追われるダロン。


 マミに両親など必要無かった。常に監視という名目では有るが、執事長ダロンを『じぃじ』と呼び親しむ。見せつける様に毎回悪事を報告すると、ダロンが周章狼狽(しゅうしょうろうばい)する姿が楽しくて仕方が無かった。だが、同時に親代わりのダロンが大好きだった。

 ならばダロンが親として公言すれば良いのではないだろうか。しかしダロンはあくまでもナコシキの子として育てた。


 マミは府に落ちなかった。両親と謳う二人からは何の愛も貰えない。唯一世話をしてくれるダロンからは、耳に胼胝(たこ)ができる程にナコシキとしての立ち振る舞いを説かれた。

 分からない、両親は何もしないのに親と言う愛を語る。



 マミが一歳を迎えた夜の事だった。身体は既に成人女性と変わらぬ程に。顔もさることながら、スタイルも抜群に成長していた。


 その日はマミにとって初めての誕生日だった。屋敷の食堂には大好物のトマト料理がズラリと並ぶ。特に好んでいたのは、トマトソースのパスタと熱されたトマトを添えたシンプルな物。熱されたトマトは非常に甘味が増し、マミを唸らせる程に衝撃を与えた。


「なあ爺、オカンは何してんねや。儂の一歳の誕生日やんな?」

「ええそうです。ですが奥様は只今書斎にて、明日の商談に備えて資料を整理しているところで御座います」

「はぁ!? こんな時でも仕事かいな! 商談、商談、商談!! そればっかやないの! 儂、まだ手料理食べた事無いねんけど!? 可愛い娘に料理の一つすら作る時間が惜しい程大事かいな!」


 折角の誕生日だというのに、途端に機嫌を損ねるマミは机を思いっきり叩いた。


「お、御嬢様。本日は御嬢様が大好物のパスタで御座います。御賞味下さいませ」

「あーん? お前誰や」

「わ、私は先日この屋敷の厨房を任せられた者で御座います」

「ほーん。ほな最近の飯は全部お前か」

「はい。気に入って頂けて何よりです」

「なんも言うとらんけどな。ほなこれ、毒味しーや」


 マミはパスタにゆっくりと人差し指をかざすと、ポトリと一滴の雫が料理に溶け込んだ。


「御嬢様、それはなんでしょうか」

「儂の特製調味料や。食うてみい」


 それはマズいだろう。この頃には。感情の変化によるアミグダリンの濃度制御は出来ていたものの、ナコシキの共通認識を把握し切れていない料理人は言われるがまま味を確かめようとパスタに手を伸ばす。

 だが、それを止めたのはダロンだった。


「お止めなさい」


 ダロンはマミの目の前に立つと、立ち上がる様に促した。マミはとても気まずそうである。


「な、なんや」

「御勘弁を」


 肉を叩く軽い音が食堂に響き渡った。周りの使用人は呆気に取られている。マミ自身も何が起きたのか分からず、突然訪れた左頬の傷みの原因を把握するのに時間が掛かった。


「痛った! よ、ようやってくれたな爺。儂に手ぇ上げるんがどういう事かわか――」


 再び左頬に衝撃が走る。一度目よりも力が込められた平手打ちは、マミの脳を揺らした。力無く膝を折り、椅子に座り込むマミ。だが、飛びかけた意識がフッと戻ると再び立ち上がり食い下がった。


「ん……なんや! 気ぃでも触れたんか! ああ!? 仮にもナコシキの娘やで! ええ度胸しと――」


 更に追撃の平手が飛ぶ。周囲の使用人達は止める事も、ましてや加勢する訳にもいかずただただ立ち尽くす。

 崩れ落ちそうになるマミは椅子を掴んだが、強烈な平手に膝の力が入らずそのまま床へと倒れ込んでしまう。倒れた椅子を元に戻したダロンの目に怒りは無かった。


「御嬢様、お立ちになって下さい」

「い、嫌や! 訳も分からんのに殴られるんは嫌やッッ!!!」


 間髪入れずに座り込んだマミに対して容赦の無い平手打ち。あんなに優しく、あんなに頼り甲斐のある父同然の様に慕って来たダロンに、抵抗する間も無くひたすらに殴られるマミの目には涙が浮かんでいた。


「や、やめてぇや! 儂が何したって言うんや!」

「まだお分かりになられていない御様子ですね」

「ど、毒かいな!? 殺す訳無いやんか! 濃さなんか調整してんで!」

「それが……分かっていないと言うのですよ」


 ダロンは並べられている食事諸共、テーブルを両断する様に叩き割った。轟音が響く食堂に再び静寂が戻った後に、ダロンは静かに口を開く。


「今、テーブルは使い物にならない程に壊れてしまいました。簡単です。脆いですね。どうしてでしょうか」

「……爺が殴った、から」

「そうです。テーブルは私の拳に抗う事は出来ない。防ぐ術を持っていない為、簡単に壊れてしまいました。これがどういう事か御分かりでしょう」

「……」

「力有る者は、力無き弱き者を無慈悲に壊せます。今御嬢様が行おうとした事はこれと同じなのです。しかも、力を持っていると認識していない者に対して毒という非常に惨い力を御使いになろうとしました。濃さの問題でしょうか? 彼が毒に対する抵抗が常人と同じでしょうか? 人一倍弱く絶命してしまう可能性は? 冗談で身内に御使いになって良いものでは無いのです。 御嬢様の頬の痛みはいずれ消えます。ですが、主たるナコシキ家の御嬢様に遊び半分で殺されかけた彼の気持ちはどうでしょう」

「でも昔、儂の毒で死んだんが居るって言うたやん」

「故意なる行いには厳正な罰が下ります。悪戯に命を弄んで良い訳が無いのですよ」


 再び左頬に激痛が走ったと共に、マミは意識を失ってしまった。


 時間にして数十分。ゆっくりと目を開けるマミの前には、執事服を脱ぎシャツ一枚の姿で立つダロンの姿。


「御目覚めでしょうか。御手を」


 差し出された手にマミは怒りが込み上げた。手の甲に込められた力で血管が浮き出る。


「御構い無く。御嬢様がそうしたいと仰るのであれば私は甘んじて受けましょう」

「……チッ! 意味分からん!!」


 殺せる筈が無い。父とも変わらない程に好いたこの男をマミは殺せる筈が無かった。震える声を抑えながらダロンの手を振り払うと、左頬を抑えながら自室に戻って行く。


「爺……」

「なんでしょう」

「……なんもない」


 ダロンは小さく丸まったマミの背中に深々と頭を下げたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マミちゃんの傍にダロンさんが居てくれて良かったと思います!ただ執事として爺やとしてお世話をするだけでなく、大切なことをちゃんと教えてくれている(*'ω'*)
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