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第153話 次代の協定

 ダロンの首を伝い滴る鮮血が、スーッと喉仏へと伝って躊躇う事無く床を目指す。


「すまぬ、ダロン殿。私はいずれなるであろうソルウスの長として狭量であった」

「いえ、私の我儘でもあるのです。どうかご自身を卑下なさらず」


 ビーダの五指は首を落とさなかった。間一髪で思い止まった憤然の爪は、ビーダ自身の左腕へと差し込まれている。やり場の無い怒りを鎮める為に、痛みで紛らわす他無かった。


「頭を上げよ、ダロン殿。貴殿の覚悟は分かった。だが、条件がある」

「はい」

「助力の申し出は貴殿らでは無く、()()()()()からのみ聞こう」

「はい」

「察しは付いている様だな」

「勿論で御座います。私は次代の会話をしたいが為に訪れましたので」

「もう一つ」

「なんでしょうか」


 シュルツはゆっくりと腰を上げ、ダロンの目前と足を進める。彼からすれば助力の申し出を受け入れて貰えたのであれば、その他はどのような事でも承諾するつもりだった。


「ファミリア諸島だ」

「例の……」

「ああ、儂らも不干渉を貫いておるがやはり民の不安は払拭できずにいる。例の島を自由に横断出来ねば海路での物流は困難、東側からの物流は全てアカソで規制されてしまう。他国に頼らぬ我が国としても必要最低限の物資は必要なのだ。アカソの西に位置する貴殿らであれば陸路からの物流の規制緩和は可能であろうが、儂らは敢えてそれは要求せぬ。その代わりにファミリア諸島を攻略し、海路での島の間が横断できる様計らうのだ」

「……」


 ダロンは僅かの間に千思万考(せんしばんこう)した。幾らソルウスの要求とて、ファミリア諸島をナコシキ家だけでの攻略は不可能。軍備に長けたアカソ一族の協力を得るにしても、ソルウスとの協力関係の話が広まれば兵を出し渋るだろう。


「どうした。表向きは無条件でナコシキ家の後ろ盾として協力するという協定は、他国に対してはこれ以上無い抑止力。曠古(こうこ)であり、この先幾百年経とうとも二度と無いと思え」


 その通りである。獣軍国家ソルウスという災厄とも思える軍事力が、何の条件も無しに協力するなど聞いた事も無い。そうなれば両名での友好関係が親密と言う表し。下手にナコシキに手を出す者は居ないだろう。


「承知致しました。しかし、これには相当な期間を要すると考えます」

「構わぬ。儂らは次代の話をしておるのだろう? だが謀ろうとするのであれば協定は即時破棄し、ナコシキ家を敵とする」

「肝に銘じます」


 頭を深々と下げたダロンは、そのまま大広間を後にする。


「本当に良いのですか、父よ」

「儂らが私利私欲の為に他の土地に攻め入る事は無い。それがいくら民の不安に繋がろうとも、だ。儂らは自らに対しても強固であらねばならぬのだ、良いな」

「はい」

「では儂もそろそろ行くとするか」

「もう発たれるのですか」


 急に落ちた表情を見せるビーダに、シュルツは優しく言葉を掛けた。


「そう寂し気な顔をするな。これはミーツ族の寿命(さだめ)なのだ。不安は残ろうが、やってのけると信じておるぞ。自慢の息子よ」

「はい……」


 シュルツの尾がビーダの頭を撫でる。穏やかな顔を見て安堵の表情を浮かべたビーダは、一礼の後に大広間を後にする。再び腰を下ろすシュルツは、手元にある地図を見つめ物思いに耽るのだった。


「ティアルマート、か……ナコシキがどこまでやるのか見届けたかったものよ」



 最大の目的を果たしたダロンは、アカソへと戻るべくソルウスの東の国境へと足を進めていた。道中には訓練に汗を流す兵の姿や家事に精を出す主婦達の姿。ダロンの姿を見つけるとそれぞれが会釈する。

 穏やかな夕暮れ時だ。居住区からは煙が立ち上り、夕食の準備が忙しなく行われているだろう。子ども達は泥だらけで駆け回り、ダロンに手を振る者も居た。

 とても最強と名高い軍事力を誇る国家とは思えぬ程の穏やかな光景だった。


 漸く国境に差し掛かった時だった。国壁の門に一つの人影が仁王立ちしている。やれやれといった表情のダロンは、白い手袋を徐に外す。


「どうやら見逃しては頂けない様ですね」

「ああ! 今朝の話を忘れた訳じゃねえだろうなオッサン!」

「ですが、本当に挑んでくるとは思いませんでした」


 ギウである。父ビーダの言い付け通り、訓練を終えた後なのだろう。体中が土で汚れ、顔にも泥を付けている。腕を組み、仁王立ちする姿は若き戦士。尾を左右に振り回し、既に準備は整っている様子。


「して、勝敗はどう致しましょうか」

「流石に殺すのはマズいだろ。だから、どちらかが参ったというまで、だ」

「分かりました。では、いつでも構いません」

「その余裕が気に食わねえッ!!!」


 瞬時に腰を落とし地面をしっかりと掴んだ両足。前傾姿勢を取った瞬間だった。地面には踏み込んだ足跡のみが残り、ギウは猛スピードで首元目掛けて鋭利に光る爪を振るった。


「正面、ですか。度胸は認めます」

「なッ!?」


 首元数ミリの所で爪が止まる。軽々と右手首を掴まれ、身体ごと制止を余儀なくされるギウ。


「初速はなかなかですね。ですが、ビーダ殿には到底及びませんよ」

「ほざけッ!」


 残る左腕を振り下ろすも、同様に手首を掴まれ攻撃の手が止まる。だが、これで終わる程手段が少ない訳が無い。掴まれた両手を支えにし、身体を捻ると死角から蹴撃が襲う。

 しかし、これも肘で防がれギウの右足には痛みが走る。まだまだ終わらない。残る左足を柔軟に真上へと伸ばすと、踵落としが頭上より迫る。

 流石に防ぎ様が無いだろう。鈍い音と共にダロンの頭上に落とされた踵。だが、違和感を覚えたギウがダロンを確認する。頭を軽く上げ、踵が下り切る前に威力を減衰させていた。

 この間、数秒足らず。四連撃は全て防がれ、ギウの身体はダロンに持たれて宙に浮いている状態だ。


「や、やるじゃねえか」

「まだでしょう? ビーダ殿であればここから頭突きが飛んできます。更には、尾で掴んだ石などで小細工すらも考えているでしょう」

「そんな卑怯な真似ッ!!」


 わざとらしく解かれた両手に苛立ちを覚えつつも距離を取ったギウは、視界の隅で使える物を探す。


「卑怯で良いではないですか。戦いにルールを求めるのは、競技だけて結構です。強いて命のやり取りでのルールを求めるのであれば、それは何が何でも生き残り、相手を絶命させるという至極単純なルールです」


 ギウは穏やかそうに見えるダロンに、とてつもない殺気を垣間見た。まるで得物を狩り取る瞬間、牙を剥き出した猛虎の如く。


「ウッ。な、何がピーチャロンだッ!! 廃れた一族の生き残りが、ガーの戦士に勝てる訳が無い!」

「そう、ですね。最早ピーチャロンの血は私一人でしょう。ですが、受け継がれるでしょう。いずれ舞い降りる天使()に」

「ほざけってんだぁあああ!!」


 ギウの苛立ちが頂点に達し、再びダロン目掛けて飛び掛かる。が、既にダロンの姿は目の前には無く、背後に回られていた。


「脚力がまだ不足している様です。それに筋の使い方も未熟です。ミーツ族特有のしなやかな身体運びを最大限に活かすには柔らかい筋肉が必要。いずれビーダ殿を超える日が来る事を祈っております」


 そういうと、尾を思い切り掴み上げ門目掛けて投げ飛ばした。


「んなぁああッッ!?」


 たかが老人と高を括っていたギウは、あっけなく投げ飛ばされてしまう。

 身体に付いた砂埃を叩き落としゆっくりと歩き出したダロンは、国壁に強打し項垂れるギウへ会釈をすると、そのままソルウスを後にするのだった。


「クッソォォォッッ!!」

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