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第152話 老叟の首は太く、強きなりて

「父よ、ナコシキ家に肩入れする義理は無いかと。ですが――」

「皆まで言わずとも分かっておる。協力を断り、ナコシキが敵に回る事を懸念しているのだろ。幾ら老いていようが言わずと知れたピーチャロンの血筋である事に変わりは無い。今やその血は彼のみになったとされるが、嘗ては西側諸国に名を馳せた豪家だ。その実力は健在だろう。何故ナコシキ家に仕える事を選んだのか、その真意は儂らでは図れぬ。だが協力関係を築いたとて我々に対する危機が去るという訳では無い。ブラキニア帝国は未だホワイティアと小突き合っておる。大凡理由はホワイティア城だろう。あのブラキニアが簡単に諦めるとは思えんが。やはり昔から我が国にあると噂される虹の聖石(レインボーウィル)を手中に収めんと動く可能性も有り得る。いくらピーチャロンであろうとも、所詮一人の力には限界がある。ブラキニア帝国の精鋭とされる五黒星(ごこくせい)が出てくれば苦戦は必至だ」


 どうしたものかと(かぶ)すシュルツは、胡坐を掻いた膝の上に頬杖を付く。暫く二人の間には沈黙が続いた。外からは微かに聞こえる子供たちの騒ぎ声。


「ビーダよ、儂もそう長くは無い。これからはお前がこの国を担っていかなければならぬ」

「ですがッ!!」

「覚悟を決めい!! ソルウスの長たる者が揺れてはならんのだ! 良いか、彼奴(きゃつ)らは跡継ぎと言う言葉を使ってきおった。それがどういう事か分かるか?」

「……不肖な息子で申し訳ありません」

「建前上は儂に話を通しておるが、ダロン殿はお前に言っているのだ。老いた人間が行く先の話をした所で、その先を見る者は次代だ。ダロン殿すらも老いておる。跡継ぎ同士の約定を目的としておるのだよ」

「しかし彼らには子が居ないと……」

「一族を重んじる我らの心を上手く触ったものよ。良いかビーダ。我らガー一族は絶えぬ、絶対にだ。それが何故か分かるであろう? 仮に血が繋がっておらずとも、キンクテイルである事が我らガーの証。それがガーの団結なのだ」

「彼らは必ず次代に繋がる我らの習性を利用しようと!? であれば見返りを要求するのも道理、か。彼らにそれを承知で……」

「ハハハッ!! ビーダ、こっちに来い」


 哄笑(こうしょう)したシュルツは、困惑するビーダを眼前に座らせるとしなやかに伸びた長いキンクテイルを、ポンポンと優しく叩く様にビーダの頭部へと乗せた。これは自身の敏感な部分の一つである尾の先を、相手に委ねる事で信頼と愛情を表現するミーツ族の仕草の一つであった。

 その行為を受け、ビーダは軽く息を吐くと静かに目を閉じた。


「我が愛しき息子よ。お前のそういう所が良い所でもあり、悪い所でもあるのだ」

「??」


 シュルツは、落ち着いたビーダの頬目掛けて右拳を振る。老いた身体ながらも座ったままのシュルツの殴打は激烈だった。無防備なビーダは抗う事も出来ずに部屋の隅へと吹き飛んでいく。


「信用は団結に繋がり、信頼は愛を紡ぐ。だが忘れてはならぬ。それは相手に弱き所を曝け出す事だ。お前はまだ甘い。信じる事は危険と隣り合わせである事を学べ! 何故儂らが利用されねばならんのだ! 端から”利用される側”として話を進めるな馬鹿者!!」

()ぁッッ」

「見返りだと? 何故対等に話をせねばならんのだ! ソルウスは阿諛迎合(あゆげいごう)などせぬ! 今回限りは儂がダロン殿と話そう。意味は分かるな?」

「……はい」


 左頬に残るじんわりとした痛みを感じながらもビーダは、ダロンを呼び戻す為に休息を取っている部屋へと向かうのだった。



――再び始まる交渉。大広間へと戻ってきたダロンは、この数十分に起きた出来事を察した。ビーダの腫れ上がった左頬と余裕気な表情のまま胡坐を掻き続けるシュルツ。


「ダロン殿、如何せん我らは他国に興味が無い。それを理解した上で再度申してみよ」

(やはり甘くは無い、ですか。ですがこれも計算の内です。旦那様の意向を最大限汲むのみ)

「どうされた、ダロン殿」

「いえ、では改めて。私共ナコシキ家は、貴国と盟約を結びたく存じます。ですがそれも永続的にとは申しません。一度、一度限りで結構で御座います。私共に不始末があった際に一度だけご助力願いたいのです」

「だが、盟約という物は公にせねば意味の無い話であろう。所詮我が国の頼ると、虎の威を借る狐に過ぎんではないか。条件次第だ」

「御尤もで御座います。仰る通り盟約はライカ全土へと公言させて頂きます。ですがそれは表面上であり、貴国は何もされずとも構いません。ただ一度だけ、私共が協力を申し出た時に御助力頂きたい」

「間接的にブラキニア帝国や東側諸国を牽制する事で西側への侵攻を防ごうと? だが仮にだ、何故それに対して失態を犯した場合の尻拭いを一度でもせねばならんのだ。おぬしらが居らずとも我らは抗う術を持っておる」

「過信は滅びを生みかねません」

「貴様! 昔の(よしみ)と言えど愚弄は許さんぞ!」


 静かに聞いていたビーダが声を荒げ、ダロンの胸倉を掴み上げた。簡単に浮き上がるその身体から、如何に腕力が強いかが分かる。


「ビーダ殿、私めは保身など考えておりません。ですが、継ぐ子の安泰を願う事はいけない事でしょうか?」

「ッ!!」

「仮にこの場で私の首が落とされようとも、旦那様は復讐など考えないでしょう。ですが子は分かりません。まだ産まれぬ子の行く末は、その子のみが築くものです」

「ハハハッ! まだ見ぬ子、自身の子ですら無いにも関わらずその身を捧げる覚悟が有ると!? しかもその子は何をしでかしても知らぬ、と!? それでいて何かあれば協力して欲しい、条件など無いと!?」

「強いて言うのであれば、愛でしょうか」

「我慢ならん! ナコシキは我らを侮辱し更には妄言を吐くなど、軽々しく見られたものだなッ! 父よ、惜しい男ではあるがダロン殿には首のみ御帰り頂く!」


 ビーダは右拳を開き、指先の爪を光らせる。グイっと伸び出てくるそれは、研ぎに研がれた五本の凶器。ビーダの怒りは今にも首を落とす為に振り下ろされようとしていた。


「まだ見ぬ子への深き愛、か。儂も孫のギウが産まれるまでは考えた事も無かった。ダロン殿、その覚悟を条件と申すのか?」


 ダロンは胸元に右手を添え、振り下ろされようとしている五指に首を差し出すが如く垂れた。神色自若(しんしょくじじゃく)として動じぬ様を見たシュルツは、やれやれといった表情である。


「ビーダよ。この覚悟を前にして尚、無抵抗な老叟(ろうそう)の首を落とすか?」

「……御免ッ!」


 怒りと躊躇いに震えるビーダの腕が振り下ろされ、ダロンの耳には音ともならぬ肉を裂く音を感じ、床に血飛沫が付着する瞬間を見たのだった

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