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第149話 主への怒り

 色暦(しきれき)二〇一三年、リムがライカへやってくる僅か二年前の寒月(かんづき)上旬。地面には薄らと雪が敷かれていた。溶けず積もらずの微妙な気候にあるアカソは、四季のあるライカでは比較的住みやすい方だろう。


 既にイロウとアマネの駆け落ちから十数年の月日が流れる。イロウはアカソ台頭へと名乗りを上げ、その才は目を見張る物だった。(たちま)ち商人として頭角を現し、一代にして富を築いた。その勢いは留まる事を知らず、気付けばアカソ三大富豪と呼ばれるまでになる。


「ですから旦那様! 私は旦那様と奥様の事を思って――」

「私の為だと? お前はアマネさえ幸せであれば良いのだろう!?」


 屋敷に帰って来るなり執事長ダロンが、執拗に妻を案じる様にと迫ってくる。イロウも日々の疲れがストレスとなり、つい口走ってしまったのだ。決して言ってはならない言葉を。

 彼も独りよがりでここまで来たのではない事は分かっている。だが、あまりにも配慮に欠けた言葉にダロンは(あるじ)に手をあげたのだった。


 従者が主に手をあげる事。それは反逆の意思以外の何でも無い。だが、ダロンは怒った。イロウのその言葉を聞くや否や、胸倉を掴み純白の手袋を血で染めたのだ。

 口内が切れ、奥歯が二つ床に転がり落ちる。突然起きた出来事にイロウは混乱を極めた。まさかダロンが殴ってくるとは夢にも思わなかった。


「……確かに私は奥様の幸せを願っております。その為ならば私は何でもしましょう。元はと言えばアマネ様の家系に仕えて来た者。ですが、あの時奥様は仰られた。『旦那様と苦楽を共にする』『それが私の幸せ』だと。私は誓ったのです。奥様に仕える事、則ちそれは旦那様に仕える事と同義。奥様の幸せは旦那様の幸せであり、旦那様の幸せは奥様の幸せであります。私はただそれを成さんが為に、御二方を欠いては私が存在する意味など無いのです」

「お前……」

「大変な御無礼を致しました。どんな罰でも甘んじて受けましょう。それが旦那様と奥様、強いてはナコシキ家の未来になるのであれば、己に刃を立てろと言われればそれもまた」

「そこまでして……」


 ダロンに気圧されたイロウは、暫くの沈黙の後に罰を命じた。


「如何なる理由があろうとも主に手をあげた罰は重いぞ」

「承知しております」

「一週間だ。一週間、私の代わりに商談に赴け。散々私達を見て来たのだ、今のお前ならば些末なものだろう。その間私はアマネと共に過ごす。良いな、屋敷の事も怠るなよ」

「……承知致しました」


 主から命ぜられた罰に、甘んじて受ける従者の顔の何と嬉しそうな事。深々と下げた顔からは微かに笑みがこぼれて居た。執事長ダロン、この後も含め彼の行動がライカの未来を激変させようとは誰も思わないだろう。



――数か月が過ぎたが一向に吉報は届かなかった。ここで判明する妻アマネの不妊症。ダロンの熱誠なる説得が無駄だったかと聞かれれば決してそうではない。あれ以降イロウは不定期ではあるが、アマネを想い適度に帰宅しては食事を共にするようになった。何処となくぎこちなかったダロンとの壁も今や見る影も無く、家族同然である。


「おいダロン! どうしたらいい!? アマネは病気か!? 死ぬのか!? 私はアマネが死んだら!!」

「しっかりしてください旦那様。奥様は大丈夫です! 今は落ち着いてください! 奥様とて心中複雑で御座いましょう」

「あ、ああ。すまない。だが跡継ぎも出来ねばこの街の均衡が崩れかねない」

「……」


 商業大国アカソ、三大富豪によって鬩ぎ合いを続けながらも発展を続けてきた。だが実のところはキヨウ・マドカのアカソ一族との対立。ナコシキ家が崩れればアカソ一族が牛耳る事になる。そうなればイロウがやって来た意味が無くなり、アカソ発展の噛ませ犬の様な存在になるだけ。ここで潰える訳にはいかないのだ。


「ダロン、西の獣軍国家を知っているか?」

「ええ、勿論です。獣軍国家ソルウスはミーツ族の本拠地です。かの国に何用でしょうか」

「跡継ぎが出来ない事を悟られてしまえば、アカソ一族は必要以上に圧力を掛けて来るだろう。万が一の事も有り得る。彼らを後ろ盾にし牽制しておくべきじゃないか」

「その交渉に私めを?」

「ああ、今私があの国に行くのは得策じゃない。私が表立って動くとアカソの連中が直ぐに嗅ぎ付けてこよう」

「ですがソルウスが簡単に応じるでしょうか。ましてや人間に協力するなど」

「大丈夫だ。彼らは必ず協力してくれるだろう」


 イロウの謎の自信を前に、ダロンは紛う事無き信頼の頷きを見せた。


「承知しました。では、今晩にも発つと致しましょう」

「諸々は任せる。失敗したとて少なくとも敵に回る様な事だけは無いだろう」

「はい」


 その後、屋敷を発つダロンに書簡を持たせたイロウは澄んだ寒空を見上げ物思いに耽るのだった。


「彼らはきっと協力してくれる筈だ……」

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