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第147話 敗者の強み

 マミの爪は、ミルの背中に一本の切り傷を付ける。その直後にドームが苦しむミルを抱きかかえて再び煙の中へと姿を消した。


「形勢を整えるってやつや」

「そういう事だ。ついでに返して貰おう。妹の愛刀なもんでね」

「面倒臭いね。態々間合いまで詰めたってのに、攻撃せずに仲間を救うなんて。これで好機を逃したかも知れないのになんでそんなにも余裕そうな顔をしてるの」


 カズマと距離が離れた事により、ミルの身体の時間拘束は解かれ漸く自由が効く様になる。


「大丈夫か! ミル!」

「うっ……く、油断しちゃった……」

「お前の悪い癖だ」

「だって大抵の攻撃なんて避けれるもん。まさか身体が動かなくなるなんて思わなかった」


 ミルの右手指は全て反り返り、痛みに必死に耐えるその身体は震えていた。


「さあ、立て直すか」

「なぁお前ら。何か勘違いしてねえか? 何も変わっちゃいねえんだよ!!」


 そう、既に膨張から圧縮の段階に入っていたカズマのブラックホールは今にも放たれそうなのだ。ミルを救出したからと言って脅威を取り除けた訳では無い。


「一人救って時間稼ぎ。どうせ全員纏めてオレの餌食になるのによお!!!!」




――――ナコシキ邸 イロウの書斎。


「どうした、下が騒々しいぞ? リム殿ら一行は余程食事が嬉しいのか?」

「いえ旦那様、恐らくキヨウ様の保安隊の者かと」

「キヨウのっ!? どういう事だ!」

「あなた……」

「心配するなアマネ。だがどうして……ダロン、書簡は確実にキヨウへ渡したんだろうな」

「勿論で御座います。私が直々にお渡ししましたので誰かに見られるという事は有り得ません」

「イロウ! イロウ・ナコシキは居るかッ! キヨウ・アカソ氏により反乱因子捕縛の命が下りているッ!!」

「反乱、だとッ!?」


 廊下からはゾロゾロと書斎の入口を固める足音が聞こえて来る。


「抵抗するのならば已む無し! 大人しく出て来るのだッッ!」

「どうもきな臭いな……奴らは私しか居ないと思っている筈。ダロン、本棚に隠れて機を伺え。私は恐らく拘束されるだろう。その間にアマネを頼む」

「……承知致しました」

「アナタッ」

「抵抗はしないッ! 今出よう!」


 妻アマネの制止を振り切り、イロウは入口へと向かう。


「奥様。私めは旦那様の指示であれば、いくら奥様であろうと力づくで連れて行かねばなりません」

「……ええ、貴方の忠誠心は知っているわ。だけど、これでは……」

「例の件は失敗と見た方が良いでしょう。それよりかは先ず命が優先です」

「元より覚悟の命が延びた所で変わりはしないわ」

「ですがッ!」

「だけれど、今は夫に任せた方が良いかも知れないわね」

「ええ、旦那様ならば必ず何か御考えかと」


 イロウは廊下に構える保安隊の面々を確認していた。背中に突き付けられた短剣が歩行をせがませる。


(おかしい、キヨウの保安隊にしては洗練されている様に思える)

「止まりなさい」

「ん? まだメイドが残っていたのか! おい、面倒だがそいつも一緒に拘束しろ!」

「それは出来ません」


 キヨウ隊の隊長が、後頭部の殴打により卒倒する。そこに立っていたのは、マドカの使用人であるシオンだった。


「イロウ様、先日はどうも」

「お前はッ!? 何故ここに!?」

「マドカ様より伝言を預かっております。と言っても今話されているという方が正しいですが」

「ん……」


 そう、シオンはマドカ・アカソとの血の約定という得体の知れない能力により、意思共感でリアルタイムに会話が出来る言わばリモート状態である。


「貴方は今朝方、執事長ダロンへ書簡を持たせましたね」

「それが何か」

「その内容は既にマドカ様は御存知です」

「ど、どういう事だ!?」

「貴方はマミさんをこの街から上手く離れさせようとしていますね? それは構いません。ナコシキ家の跡継ぎがこの街を去ると言うのならばアカソとしては願っても無い事。ですが、これは看過出来ない計画です」

「……」


 シオンは保安隊に前を空ける様にと視線を送る。ゆっくりとイロウの前まで歩みを進め、静かに続ける。


(こいつら、キヨウの手の者ではない。やはりマドカの)

「今貴方は後ろ盾にしているソルウスの獣軍国家に落ち延びようとしている。しかも、父キヨウの錯乱を装って」

「何故今更その様な事をしなければならない。今までと変わらず三人で発展の途を突き進めば良いではないか」

「父も落ちぶれたものです。こんな安易な策に嵌ろうとしているとは」

「ふん、何を言っているのは皆目見当が付かないのだが」

「まだ白を切るのですか。貴方は秘密裏に父へと宣戦布告をした。裏をかかれそうになりましたよ。執事長ダロンであれば、ナコシキ現当主からの要人として容易に迎え入れられ、書簡を渡す事が出来る。それは貴方自身が行くよりも警戒されない」

「何故私がキヨウ殿を叩かねばならんのだ」

「もう良いでしょう。マドカ様は全て把握しています。それに、既にマミさんの耳にも入っております」

「……」


 諦めが付いたのかイロウは強張った身体を緩める。


「私はなんとしてでもナコシキ家を、いやマミを幸せにしてやりたいのだ。いずれ来る当主交代までには揺るがない基盤を作らねばならない。それにはやはり貴方達アカソ一族が邪魔なのだ」

「それにしても大胆な策に出たものです。機は恐らく()()でしょう」

「そこまで分かっていたとは。そうだ、リム殿ら一行を見て直ぐに思い付いたさ。彼らをファミリア諸島に派遣する事で、御伽話とされるティアルマート一族とやらに探りを入れる事にした。勿論マミが着いて行く事は分かっていた。あの好奇心旺盛な娘が動かない訳が無い」

「それで、マミさんが留守と云う名の避難中に父へと宣戦布告をすると。保安隊も準備させず、文字通り裸一貫で父を迎え撃つナコシキ家は、アカソの覇権に苛立った父の錯乱と言う肩書でこの街から追いやられる。そこで協力関係にある西のソルウス獣軍国家に落ち延び、大群と共に大義名分を掲げてアカソへと反転しようと。目の上の瘤だったファミリア諸島は、彼らが行くことで少なからず目を背ける事が出来ると」

「ああ、その通りだ。ソルウス獣軍国家は非常に義理堅い国でもある。私が常日頃から懇意にしていたのもいずれこの様な事態を予想しての事だ。彼らソルウスであれば、キヨウ殿の保安隊などいとも簡単に退けられよう」

「そこで混乱の最中にいる民衆は、錯乱状態の父よりも街を、民を取り返さんとする大義名分を掲げたナコシキ家を支持する。であればアカソ家であるマドカ様にも敵意が向けられる。商人達の支持無くしてここアカソの街は統治出来ない。その為、マドカ様は東へ逃れざるを得なくなる。晴れてナコシキ家は、アカソを手中に収める事ができます。本当に大胆な事を。しかし、大凡この事実を知っているのは妻アマネ様と執事長ダロン、それにマミさんのみ。計画の第一弾であるキヨウ隊との戦闘で命を落とす覚悟はあったのでしょう?」

「ああ、だがその殿を買って出たのはダロンだ。彼も昔はそれなりに動けた身だったからな。少なくとも私だけでも生き延びる事が必須だ。それは妻のアマネも理解している。マミの為なら私達は何でもする」

「愛、ですか。ですが果たして上手く行くのでしょうか? 私も是が非でもマドカ様をお守りし、東へと逃れさせましょう。そこで再起を図る際にマミさんの事実が民衆に伝わればどうなると思われます?」

「ふん、それも織り込み済みだ。娘は商人からの人気が高い。仮にナコシキの血筋では無いとしても、ナコシキ家で育ったのならば最早関係無いだろう」

「楽観的ですね」

「その時には私は既に死んでいる可能性もあるからな。後はマミに任せるしかない」


 なんとも身を削った話である。イロウは何故そこまでしてマミに拘るのだろうか。

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