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第143話 しがみつく石

 時は戻り現在。


「愛……あい……」

「あいあいうっさいねん。そんなに愛情に飢えてんのかアンタ」

「違う……愛なんて、無い」

「そか。じゃあそれでええんちゃう?」


 マミは徐に右手を顔の前に持ってくる。通常、どの様に鍛えたとて手首から先に血管が浮き出る程の筋肉は付けられるものではない。だが、その右手は明らかに異常なまでの血管を浮き上がらせ、それは指先にまで至る。

 異常な握力、いや指の力と言うべきか。五本のネイルが一つ一つの凶器その物だった。


「おいハゲ。アンタ、儂がただの()()()()とでも思ってたら大間違いやで」

「あん? そりゃあ、お前が路地裏で男の首を刎ねた時から思ってねえよ」

「あっそ、んじゃ見とき。これでも儂はれっきとした色操士(しきそうし)や。アンタらもそこそこやろうけど、儂にはまだまだハナタレにしか見えん。儂に任せとき」

「ハ、ハナタレってなんや! オレもそれなりにイケる口だぞ!」

「知らんわ。じゃあピョンピョン跳ねとるだけの兎になっとらんで力の一つでも使ってみたらどうや」


 マミは指を構え、カズマ目掛けて走り出した。改めて言っておくが、外見はドレス姿。全くもって戦闘に身を置く様な服装では無い。だが、前傾で走り始めたその姿は、正に得物へと焦点を合わせた獣だった。


「おいおいマジかよ。あんな成りで戦えるのかよ」

「ミルに近いものを感じるな」


 ドームは妹と姿を重ねたが、流石にあの速度には到底及ばない。だが、獲物を刈り取る目は笑っている。


「おい、ナコシキの! アイツには触れるな! アイツの出す黒い玉は触れた物を抉り取る様に吸い込んで消し去るぞ!」

「うっさいなぁ分かっとるわ! 王子様は膝で地面に絵でも描いとけ! どうせブラックホールの類やろ……いくで! 桃毒爪(アミグド)!!」


 マミはまるで攻略法が分かっているかの口振り。だがマミの想像しているブラックホールは、まさに誰もが知っているであろう光さえ歪める程の重力場。とても近付けるとは思えない。

 しかし、躊躇う様子一つ見せる事無くカズマへと右手を振りかぶる。

 その時だった。周囲全てが白い空間へと一変する。


無の拒絶(ホワイトアウト)ッ!!」


 リムだった。両手を前に翳し、見開いた瞳は白く変色している。そう、ホワイティア城でリムが素の暴走を起こした際に発現した空間だ。

 分っていた、そう思うしかないだろう。マミの腕は振り下ろされ、カズマの左頬に五本の爪跡を付ける。


「全く、無茶な振り方をするよ」

「アンタの色力(しきりょく)はあの女から聞いとる。同じ敵を相手にするんやったら協力くらいして貰わんとな」

「ケッ! また黒法師かよ。ってお前も知ってるのか!?」

「当たり前や! アイツは転移者の導き役やで? 知らん訳ないやろ」

「え?」

「たあああ、んもう! マンセルといいあの女と言い、なんでこうも説明を端折りたがるねん!! おいハゲ、その話は後や! まだ()()イケるんか!?」

「いや、相当目が疲れるみたいだ。一日一回ってとこかな」

「あっそ、まあええわ。五本も入ったでな、これで相当効く筈や」


 ゆっくりと白く塗りつぶされた世界が元の雑木林へと戻って行く。


 カズマは左頬の爪跡をゆっくりなぞり、指先に付く血を見つめていた。

 驚きを隠せなかったのはカズマだけでは無い。この世界に来てから傷を負っていない。そのカズマがまさか顔に傷を受けるなんて。遠くで見ていたカズキもまた動揺していた。


「カ、カズマ……? 大丈夫、か?」

「んふ……ンハハハハハ!!!」


 カズマの瞳孔は開き、歓喜とも狂気とも呼べる笑い声が雑木林に響き渡る。


「傷付いた! オレは傷付いたんだ! 初めてだァア! 女ぁあ! やってくれるなぁ!」


 やはりただの引っ掻き傷程度では、統合者(インテグレーター)に名を連ねる彼らを大人しくさせる事は無理だった。両手を高く上げ、天を仰ぎ見るカズマは無防備だ。しかし、リムの技である無の拒絶(ホワイトアウト)が消えた途端から、再び身体から湧き出る黒く淀んだ空気。周囲を歪ませていくカズマの身体自体がブラックホールその物。


「愛されたお前には絶望を与えなければならない! そうすれば希望が湧いてくるだろォ? 希望を持って生きていきたいだろォ? じゃあ先ずは絶望を知らねえとなぁあ!! 絶望よ(アポグノーシス)()前へ(エランプロスタ)ッッッ!!」


 人ひとりを優に飲み込む大きさに膨れ上がったブラックホールが、マミ目掛けて徐々に速度を上げて迫ってくる。流石にこのまま触れるのは得策では無い。だがどうしてだ、マミはその場から一歩も動こうとしなかった。


「オイ! 儂姫(わしひめ)! 早く離れないとヤバいぞ!」

「なあ、ガキ。お前、儂が絶望を知らんって口振りやなぁ。お前だけが絶望を知ってるってか?」

「ああ、アア!! その通りだとも!! オレ以上に絶望を知っている奴なんてこの世に存在しない! だから少しでも知って貰いたいんだァ!」

「なんや……ただの構ってチャンかいな」


 そんな会話をしている内にも、どんどんブラックホールは迫ってくる。防ぐ術を備えているとは思えない。マミは正面からブラックホールをもろに受けた。


「儂姫ッッ!!」


 徐々にブラックホールが縮まり、次第に消えてなくなった。


「知ってるか? 実はな。儂もこっちに来てから傷、付いた事無いねん」

「ッッ!?」


 誰もが驚愕した。マミの身体は抉られるどころか傷一つ、ましてやドレスすらも乱れていなかった。


「桃って果物知ってっか? 儂、桃やねん。しがみつく石(クリングストーン)言うてな? 骨から身が離れんのよな。勿論、身体を形成してる物全てが儂自身にしがみついて離れんのよ。身体が裂ければ皮膚が離れる、傷口からは血が出る。そういった事が無いんよ。これ、なんて言うか知ってるか? ()()言うねん。後な、儂の攻撃は受けん方がええで、ってもう遅いか。そろそろ回ってくるんちゃうか? 桃毒爪(アミグド)


 にこりと微笑んだ先には、既に息が上がり膝を付いたカズマの姿があった。


「ど、どういう事!?」


 唖然とするリムは、状況を整理できずにいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく激しい戦いなんだけど、全然胸熱とかじゃなくて、痛くて悲しい……ひたすら辛いです……。 リムくんたちが勝たないといけないのは分かってるんだけど、カズマさんをイジメないで欲しい……です。…
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