第138話 迫る絶望
「貴方の存在はとても鮮少且つ曖昧模糊であると言えます」
「せん……もっと分かり易く言ってくれねえか?」
「その通りなのですが。非常に希少な存在であり能力であり、かつ曖昧な存在です」
「ふーん。つまりどうとも転ぶって事かな?」
「はい、察しが良いですね。貴方はこの世界でどの様に影響を受け、どの様に立ち回るのか。早期に実情を説明した上でこちらに協力を仰ぐ必要がありました」
「それもよく分かんねえな。呼んだのはアンタらだろ? 最初っから思惑通りなんじゃねえのかよ」
「人を都合良く動かせるなら苦労はしませんよ。私達はあくまで希望の一つとして転移者達を呼んでいます。その中には」
「なるほどね。なんか分かって来たぞ。その中には勿論、異を唱えた者もいると」
「はい、一部は能力を持ちつつも単なる便利機能として現世から離れたこの世界で悠々自適に第二の生活を送る者も。または、私達の考えとは真逆に行動を起こす者も」
「はいはーい! 次アタシ!」
再び両手を振り回し割って入るオスワルトのなんとにこやかな顔か。
「アタシ達に賛同してくれなかった人達の中には、現世を憎んでいる人も勿論居たんだよ。だから、アタシ達を敵視する様になったの。それが統合者!」
「統合者にも転移者がいるのか!」
「はい、勿論私達は協力者として呼びますがやはり上手くいかない事も。統合者はライカ側と現世側の混合集団です。ですので、内部での情報量はこちらとほぼ同等。下手をすれば人数が多い分、あちらの方が長けている可能性もあります」
「だから是非ともオレをこっち側に引き込みたい、と?」
「貴方も中々ストレートですね」
「回りくどいのは好きじゃないもんでね」
「だからと言ってこちらの願望を素直に伝えた所で、貴方が欲しい答えでは無いのでしょう?」
「ぷ、ぷははははは! 分かってるじゃん!」
リムは高らかな笑い声と共に滲み出る笑い涙を拭いた。
「難しい御方ですね」
「偶に言われるよー。で、返答は?」
「もう少し世界を見てから判断するのも悪くないのではないでしょうか」
「なるほどね。自分で判断してくれってか。仮にオレがアンタらの望まない行動を取ったとしたらどうすんだよ」
「その時はその時です。私達で出来る限り対処をし、この世界と現世を守るだけです」
リムは面白かった。自分が希少かつ有用な存在だと明かされた上、敵に付くかもしれないと脅しても意思を尊重する。余程抑える自信があるのか、それともリムが必ず味方に付くであろう確信があるのか。含む言葉一つ一つがリムを躍らせた。
「いいぜ! オレの自由にさせてもらう。その時にアンタ等の協力が必要なら声は掛けさせてもらうよ」
「良いお言葉を期待してますよ」
「ところでその宙に浮いているモニターは何処を見てるんだ?」
マンセルの前に広がる様々な映像が流れる幾つものモニター。切り取った静止画ではなく、リアルタイムの様にも見える。
「これは主に統合者の動向を監視する為の世界視です」
「あ、ナコシキの屋敷も映ってるな」
「ええ、今現在彼が統合者と接触している様です」
「ん? あ! ザハルっちだ! 木の影に隠れて蹲ってるよ?」
「やっぱうんこかよ……」
一行はザハルの様子を良く観察したが、勿論うんこな訳が無い。そこに映し出されたのは、頭から、腕から、足からと体中血を流し、満身創痍のザハルの姿だった。
「ザハルッ!!」
「なんてこった! アイツがあんなにまで! こうしちゃ居られねぇ! 助けに行かないと!」
「待ってください。今貴方が行って勝ち目があるとでも? 彼らは統合者の中でも脅威的な力を持っている二人組です。絶望を纏うカズマ・アペルピシア、それと注意すべきもう一人は時間を操るカズキ・ホーラ」
「だからなんだってんだ」
「甘く見てはいけません。ザハルさんも相当な使い手だと私も認識していますが、今の彼の姿を見てお分かりでしょう」
急く気持ちを抑えられ、イライラが募り出すリム。身体は直ぐにでも扉を突き破りザハルの元へと駆け付けたいと奮い立っていた。
「アンタが言ったんだろ! オレには力があるって! 実際に見て判断しろって! ここで負ければそれまでだろ? オレが居なくても他の転移者がいるんだろ? 他にも駒があるんならそれを使えば良いじゃねえか! オレはお前の指示に従うとは一言も言ってねえ」
「そうですね……オスワルト」
「あい! 屋敷の外でいいんだね」
「何処でもいい! 早く開けろ!!」
オスワルトはマンセルの顔を見た後、扉を押し開くとそこはナコシキ邸の前にある林が見えた。一刻も早く血だらけのザハルの元へと駆け付けなければ。リムはみんなに号令を掛ける事もせずに一目散に外へと飛び出していった。
マンセルは続いて外に出ようとする残る一行へと後ろから声を掛けた。
「皆さん、彼に着いていくならば相当な覚悟が必要でしょう。それでも?」
「オレはそもそもザハルに着いて行くだけだ」
「オルドールはアイツに恩がある。先の事なんか今は考える余裕なんざ無い」
「そゆこと☆」
「タータはミルと一緒♪」
「貴女はどうするのですか? マミさん」
「あの女が儂よりもアイツが大事って言うたんや。その意味が分からん以上は少し見てみたい気もするな」
「彼女が?」
「相変わらずよう分からん奴やで」
皆、マンセルの言葉に耳を貸す様子も無く次々と扉から出て行った。マミもやりやれと言った様子で部屋を出ていく。
残されたマンセルは再び世界視を眺め、ゆっくりとロッキングチェアーに座った。
「後悔は先には立たないのですよ……」
――――ナコシキ邸より南の林にて。
「おおおい! いつまで隠れてんだぁああ! 追いかけっこはめんどくせえんだぁあ!」
(はぁ、はぁ、はぁ……これ程までとは。オレの影が通用しない、クソッ! 父の様に使役している影もいないんじゃ囮すら出せない)
カズマは、立ち並ぶ木々を一本一本黒い小玉を当てては、隠れている場所を探し歩く。その後を無言で着いて行くカズキは、左手に持つ懐中時計をただ眺めていた。
「分かってんだよ! 屋敷から遠ざけたいんだろ? だけどな、お前もリストにいるんだわ! って事は目の前に居る得物は刈り取らねえとなぁあ! その後でゆっくり屋敷ごと吹き飛ばすぜぇ!!」
「カズマ……あまり時間を掛けてられない」
「分かってらぁ!」
カズマは両手を上げ、詠唱を始める。徐々に集まるどす黒い塊は丸く淀み、深淵の如く漆黒の玉となる。
「世に生まれた絶望よ。オレに集いて更なる混沌を生み、忌むべき世を崩壊へ招け! 絶望よ、前へッッ!!」
身体の三倍にも四倍にも膨れ上がった絶望のそれが、ザハルの潜む木々周辺目掛けてゆっくりと進み始める。絶望に触れた木々は無尽蔵なエネルギーにより、吸い込まれる様にメキメキと音を立てていく。黒く歪んだ玉が通った跡は無。地面さえも抉られ、何もかもが吸い込まれた絶望の道が出来上がる。
「ほらほらほらー! 早く出てこねえとお前も吸い込まれてサヨナラだぜええ! キャハハハハハ!!!」
狂気に満ちた笑い声は日の暮れた林に広がる。木霊する事も無く闇の林に消えた笑いは、まるで絶望の底から這い上がれぬ希望を押し潰している様だ。
ザハルに迫る絶望の玉。木々の折れる音が嘲笑うかの様に周辺に響き渡る。
(どうする、このままじゃ時間稼ぎも限界だ。リム、早く来い……ッ!!)
「アハハハハァ!! 消えて無くなれェエエエエエエエ!!」