第137話 コンプレックスワールド
「彼らの目的はライカと現世の統合、それによって起こる崩壊です」
「いや、分かんないんだけど。その統合者とかいう奴らもこの世界に居るんだろ? 崩壊してしまったらそれこそ居場所が無くなるんじゃ?」
「そこが私達にもまだ分かっていないのです。居場所を必要としていないのか、それとも別の居場所があるのか……彼らは凄まじい色力を有しており、その行動は明らかに破壊を目的としています」
「例えば?」
「それこそ先のミルさんが襲撃を受けた事」
「んん? ミルは確かに襲われたけど、それだったら世界を崩壊するっていう目的にしたら小さな事じゃない? それに兄やには見向きもしなかったよ?」
「まだ不明確な部分は多いですが、どうも彼らはリストという物を持ち歩いており、そこに記載されている人物やその周辺の危険因子を排除している様なのです」
「リスト……そこにミルが載っているって事?」
「恐らく。ですが不自然な事に彼らは一般人には基本的に手を付けません。世界自体の崩壊を目的としている筈であれば、その対象と成り得る土地ごと破壊行動に出ると思っていたのですが」
「あくまで対象はリスト内の人物、か」
リムは腕を組み、現状の敵勢を再確認し始める。
「話を聞くに恐らく拠点なんかも勿論分かってないって事だよな?」
「ええ」
「この世界の崩壊って事で少し疑問に思ったんだけどさ、八基感情は何の為に動いてるんだ?」
「良い質問です」
マンセルは再びゆっくりとロッキングチェアーに腰かけ、隣にある木製の机からカップを手に取る。湯気が立ち上る中身は恐らく紅茶。仄かな香りが部屋中に広がっている。
「八基感情はそもそもライカ側の人間です。一般人からすればそれはそれは脅威でしょう。当たり前です、感情乖離した人間は自我を失い暴れまわる。その主な行動は感情乖離する原因となった感情に直結します」
「ブラキニアの時の」
「そう、あの少女は嫌悪に堕ち、感情乖離した。だがそれを防いだのはリムさん」
「おう!」
自慢げに拳を握り上げ、満面の笑みを浮かべている。
「勿論、それは正しい行動だと言えます。ですが、過去に感情乖離した人間全てが抑えられたと思いますか?」
「まあ、その言い方だといなかったんだろうな」
「ええ、周辺を灰塵に帰し一国をも滅ぼした八基感情の次なる行動は、『安定」です」
「ん? よっく分かんねえなぁ」
「人々から恐れられている八基感情は初期の『暴走』の為です。その後安定した感情はその力の程度によって正式に階位付けされ、八基感情へと迎え入れられる様です」
「あ、タータも戦ったよ! 凄く強そうな女の子! なんて言ったっけ、大きな槍を持ってた!」
「あの子は《憎悪》のヘイトちゃん! 感情色、紫の上位体だね!」
「ふぁーすと?」
タータは不思議そうにオスワルトを見つめる。まるで知り合いかの様な口ぶりだ。
「そう! 上位体! 一番強い位! 八人居るよ!」
「タータ、戦った感じどうだった?」
「んー歯が立たなかった♪」
「かぁ! もっとさ! どんな感じのーとかあるだろ! 小学生の読書感想でももうちょっとマシな長文返ってくるぞ!」
「だって攻撃が当たんないんだもん」
「タータさん、と言いましたか。よく彼女と戦闘になって生きていられましたね」
「んーまあ、戦ったって言うか一方的に攻撃してただけなんだけどね♪ だってミルっちの邪魔しようとするからー」
「そうですか。あの少女は特に気を付けて下さい。あの槍は『憎悪の矛先』と呼ばれ、一度本人の意思で使用すれば、確実に一人を死に至らしめ、投擲すれば九人を意とも簡単に貫くと言われています」
「それってチート級……」
「彼女自身は勿論の事、周囲の八基感情も能力を知っているが為、あの子を危険視している身内もいる位です」
ここで静かだったアルが徐に口を開く。その表情は訝し気だ。
「アンタ、なんでそんなに詳しい」
「疑うのも無理は無いと思いますが、先人の知識は素直に聞くモノですよ。貴方より幾百年も彼らを見て来ました。この位の情報はもはや基礎知識のレベルなのです」
「……」
「話を戻しましょう。彼ら八基感情の行動する理由ですね。それは単に自身の感情種の収拾です」
「収拾ってコレクターか何かかな?」
「彼らは人々から溢れ出る感情そのものを糧として生きています。ですので、該当する感情が顕著に膨張した場所に必ず現れます。戦争、死、それによる悲しみや怒り、と言う事は」
「必ず人に害が及ぶ」
「ええ、そうとも言えますが必ずしも人を襲うという訳ではありません。彼らはあくまで膨張し、御しきれなくなる程の感情を収拾する為でもあり、止む無くして一方的に争い等を抑える場合もあります。その所為で人々からは恐れられていますが彼らは気にしていない様です」
「仮にその感情が御しきれなくなったらどうなるんだ?」
「それは有り得ません。必ず八基感情が現れます」
「いや、仮にの話だよ。その八基感情でも収拾できなくて溢れ出る? ってなったらの話」
「恐らく統合者が目を付け、その場所で急速な統合を行い、平行世界所謂現世へ感情を流し込むでしょう。するとそれに充てられた人々が自我を感情に呑まれ、人道を欠いた行動に出る可能性があります」
リムはいまいち府に落ちなかった。敵? 誰が敵なのだ? 誰がこの世界の敵で誰が守ろうとしているんだ? 色と光同士が争い、その中で生まれた感情を食らい、更にそれを元に現世へと影響を与える。
二つの世界に悪影響を与えようとしている統合者が、明らかにリムの中では悪なのだがその行動理由が分からない以上、確認をしたい所ではある。
それに人々に恐れられている八基感情は? 収拾の理由が統合者の阻止? いや、話を聞くに阻止という理由では無く、あくまでライカの安定の為に動いている。であれば、統合者の存在は知らない……?
それに怯えながらも色と光が耐えず国土の鬩ぎ合いをしている。力を得る為にという名目で鍵の石板や虹の聖石なる物を狙う。
三つ巴というレベルでは無い複雑な世界。世界とはこういうものなのか。
「で、アンタはそれをオレに教えたくてここに呼んだって事?」
「ええそうです。既にマミさんにも同様にお教えし納得してもらっています」
「納得って何をだよ」
「この世界を、貴方の世界を守る為の行動を取って頂きたい。サポートは全力でさせて頂きます」
やはりと言った所だ。お決まりのセリフにお決まりの立ち位置。
「はぁ、やっぱこういう流れよな。って事はオレが主人公位置って事ね」
「主としている訳ではありません。他にも転移者は居ます。その方達にも事情は説明し、協力を仰いでいますので」
「けええ!!! なんだい! 主人公じゃねえならオレが頑張る必要無いじゃねえか!」
「それもそうですね。と言いたい所ですが、貴方には運命がある様です」
「運命?」
「貴方の唯一無二のその能力、それこそがこの世界を導く鍵となるのです」