第136話 予想していた予想外
「出てこい反乱因子めッ!! キヨウ・アカソの命により……チッ! 誰も居ないか」
「隊長、見て下さい! この料理、先程まで居たかの様な温かさです」
「気付かれたか。探せ! まだ屋敷内に居る筈だ! 数名は屋敷外を固めろ!」
「ハッ!」
保安隊が扉を開けた時、既に食堂はもぬけの殻だった。先程まで悠々と食事をしていたリム達は一体何処へいったのか。それはほんの数秒前に遡る――。
「ほんと、喋らなければ最高なんだけどなぁ……」
「ああ!? なんか言うたかハゲ!!」
「なんでもないですぅ」
マミがノブに手を掛けよりも早く、扉が勢い良く手前に押されて開かれた。
「ッッッ!?」
「バアアアアアアアンッッ!!!」
「アンタ……」
「はいはい! とりあえず時間無いからみんな入って入ってー」
「な、なんだっ!?」
扉から現れたのはオスワルトだった。今日のTシャツも真っ白で胸元には『たのもしい』と書かれている。
「リムちんあの子、この前宿屋で助けてくれた子」
「ミルが?」
「うん、でもよく分かんない子だった」
「……」
オスワルトは戸惑う一行にうずうずした様子で急かす。
「早くぅ、あんまり開けてられないからー!」
「おいハゲ、一緒に来なや。丁度良かったわ。アンタらもそのつもりなんやろ?」
「へい! そうでやんす!」
マミはこなつを抱えたまま、躊躇う事無くオスワルト側へと歩いていく。勿論その先は、例の薄暗い廊下だ。
「どうするんだリム」
「んー、なんでか分かんねぇけど保安隊が迫ってるなら一時避難するか。みんな入るぞ! 気を緩めるなよ」
一行はマミに続き、足早に扉の中へと入って行った。その後すぐに閉まったと同時に保安隊が扉を開けて来た。勿論オスワルトに招かれた一行の姿は無く、食べ掛けの温かい食事だけが残っていた。
一行は刻の廻廊に居た。薄暗く長い一直線の廊下。先頭を歩くオスワルトは喜々として腕を大きく振っていた。その後に続くマミもなんら不信感を抱く様子も無く、淡々と着いて行く。
「リムちん、ミルも一回ここに連れてこられた」
「そうなのか!?」
「でもよく分かんないの。時間が進んでないみたいでフワフワする」
「確かに変な感覚だな。もう数十分は歩いてるはずなんだけどなぁ。まるでさっき入って来た様な感覚だ」
「前もそうだった」
「……」
不思議な感覚、そうここは時の廻廊。距離を移動しているのでは無い。時間という概念の空間を歩いているのだ。身体は動いてはいるが、身体的負担は何も無い。実際動いているのは時間だけなのだから。
「着いたぜぃ! みんな心するのだ! ここが、かの御方がおわす御部屋! 暦刻の休息地であーる!」
オスワルトの謎の口調により、立ち止まった部屋の扉を手前に開いた。そこにはミルも見た事のある光景。宙に浮かぶ幾つものモニター。そこに映るは様々な景色やいずこかの室内。
ロッキングチェアーに揺れるマンセルは、落ち着いた様子で浮かぶモニターを見つめていた。
「みな平伏せー! この御方がここの主ぃ! マンセル・シーナリーズ様であーる!」
「オスワルト、今日は何の本を読んだんだい。口調がどこかの宮廷の様だぞ」
「なんの本か分かんないけど、なんかかっちょ良かったから!」
「そうか、明日はもう少し穏やかな本を読むと良い」
「ええ、なんでぇ?」
「皆が混乱している」
オスワルトが後ろを振り向くと、一行は警戒心を剥き出しにして身構えていた。
「また説明もせずに連れて来たね?」
「えへへ、だってちょっと時間が無かったんだもん」
「仕方ありませんね」
ロッキングチェアーから立ち上がったマンセルは、リム達に正面へと足を進める。
「来てくれてありがとう。ここは刻の観測場、暦刻の休息地と呼ばれる場所です。そこの妹さんは先日お兄様が窮地だった為、オスワルトに命じて救助に向かわせました」
「さっき言ってた事か」
「うん……」
「この子はオスワルト・トランゲート。暦刻の休息地と刻の廻廊、外へとの繋がる為の鍵となる子です」
「まいど! おおきに! もうかりまっかー!」
オスワルトの陽気さはミルをも凌ぐだろう。
「今は紹介できませんが、あと数名私達の仲間が居ます。その者達も含め、私達は観測者と名乗っています。更に私達の主として全てを見ておられる観測主がいます。その方も今はここに居ませんので紹介はまたの機会に」
「自己紹介はもうええか? 何の用や。儂らも屋敷に来よった客人の相手せなアカンねん。手短に頼むわ」
マミはこなつを床に降ろすと、気怠そうに壁に寄りかかり腕を組んだ。
「いくら時間を掛けても問題ありませんよ、マミさん」
「ああ、そうやったな。ま、ちゃちゃっと頼むで」
「ではリムさん。改めまして、私は観測者の一人マンセル・シーナリーズです」
「あああああああああああああ! 分かった! これで繋がったわ!!!!」
静かな水面にいきなり石を投げ込んだかの様な、突然に大きな声を上げるリムに一同は驚きを隠せなかった。
「あれやろ? オレが転移をしてきたのは偶然じゃなかった! あの喫茶店でどうやったかは分かんないけど、アンタらがオレら転移者をこの世界に送り込んでんだろ!」
「きっさ、ん? 何を言っているんだお前は」
アルは聞き慣れない言葉の羅列に理解が追いつていなかった。それは他の者も同様である。唯一分かるのは、同じ転移者であるマミだけだった
「んで、ここが観測場って事はだ! この世界の危機を監視して、オレ等を派遣する! その運搬役にこのオスワルトって子が必要な訳ね! ははーん! オレって頭の回転が早いわぁ、天才やわぁ」
「ちゃうわアホ。最後まで聞けハゲ」
「え……あ、はぃ……」
自信満々の考察を意とも簡単に打ち砕かれたリムの心は、既に割れた硝子のコップの様。修復不可能な破片を辛うじて搔き集め、心を保っているリムは崩壊寸前だ。
「ほっといて先進めてええで。少しだけやけど何と無くコイツが分かってきたわ」
「え、ええ。では」
苦笑いのままマンセルは説明を始める。
「先ずは私の話を聞いても、マミさん、リムさん以外は中々理解し難いと思われるという事をお伝えしておきます」
「ここに来るまでに既に理解を超えている。続けてくれ」
「ご協力感謝します」
アルも中々冷静である。皆も今更かの様に肩を竦めている。
「この世界、ライカは色を宿した世界である事は御存知かと思います」
「ああ! ちゃんと勉強したからな!」
「では、貴方の居た世界は?」
「ん? ごめん、質問の意図がよく分かんない」
「では質問を変えましょう。このライカと貴方の居た世界、現世と呼びましょうか。その違いはなんですか?」
「……」
違い、違いと言われてもピンと来る筈も無い。リム、もとい笹梁夢太の居た世界とここライカは、何も違わない。植物が彩り、生き物が自然の中で営む。燦々と照り付ける太陽に、天地を返したかの様に煌びやかに光る夜空はまるで海の様。
人が話し、食べ物を食べ、寝る。目的の為に命を奪い争う痴態。その手段が機械的な道具なのか、それとも色力による驚異的な能力なのか。ただそれだけ、何も違わない。
「違い、か。そうだな、こっちの世界の方が生きやすいかなー」
「はは、あはは。あははははは」
マンセルはリムの答えに笑いを堪える事が出来なかった。
「な、何が可笑しいんだよ」
「い、いやあ、ははは。失礼失礼。マミさんと同じ事を言うんですね」
「こいつと?」
壁に寄りかかっているマミは、不満気にそっぽを向いている。
「貴方達転移者は皆現世がお嫌いな様だ。ですが、だからと言って放置できる問題でも無いんですよ」
先程まで高らかに笑っていたマンセルの顔は元に戻っていた。と言うよりかは少し険しい。
「何故私達が観測者としてここに居るか。その理由は――」
「統合者の阻止ぃ!!」
食い気味にマンセルの言葉を遮るオスワルトが、踊る様にリムの前に出て来る。
「現世とライカ、実は一緒なんだよッ! でもね、微妙にズレてるの。それはなんでぇ? えー? なんでー? それはね! ズレてないといけないから!」
「オスワルト、それは答えになっていませんよ」
「じゃあ、マンセルに任せた!」
「ええ、ライカは現世と別の時間軸にあるもう一つのリアルです」
「ふむ……」
「ではもう一つのリアルが存在する理由はなんでしょう?」
「現世から溢れた人の受け皿的な?」
「幻想的且つ不明瞭な考え方ですね」
「なんでだよ、誰もが持つ妄想力って奴だろ」
「ライカは現世を守る為に生まれた世界です。だが、時間軸が少々ズレていまして。私達は何故ズレているのか観測を続けていました。漸く分かったのが数百年前」
「え? アンタ等何歳なの?」
「ここでは歳は取りません。時間と時間の狭間、時が行き来する場所。経過を伴わない非現実的とも言える概念の外側です」
「ほう……」
リムの頭には若干の煙が出ているが、全く分からない訳では無かった。現世では散々見知って来た設定だ。映画から漫画、多軸世界を題材にした物は沢山ある。
「話を戻しましょう。何故ズレているのか、それはライカの元となる現世と同じ時間を流れてはいけないからです。そのズレを修正しようとする者達がいます。それが統合者と呼ばれる存在」
「統合者ぁ?」
「はい、彼らは私共同様に現世とライカが二分された世界だという事を知り、時間のズレにも気付きました。そこで起こした行動が『時間の修正』です。リムさん、貴方は現世で経験された事はあるでしょうか。人々や環境が無慈悲な災害によって奪われていく様を」
「オレ自体は無いが、ニュースで見た事はあるよ」
「あれはこの世界で一部の時間が統合者によって修正・収束された結果。同じ時間を進んではいけない二つの時間が並走した時に起こる時間の反発。その事象は自然災害から人為的なモノまで様々。ライカでのみ揺らいでいる色や感情が、反発する時間の裂け目より漏れ出し、現世の環境や人々へと影響が出るのです」
「つまりなんだ? ズレていなきゃいけない状態を同期させてしまうと、こっちの世界の力が現世に溢れてしまう。そうすると現世が崩壊してしまうとでも?」
「まあ、結果論でいえばそうなります。現世の影響や崩壊は、ライカにも同様に起こります」
「ほーん……」
冷静を装っているリムだったが、ここに来て壮大な事実を知る事になるのだった。