第135話 急襲!
「チッ。二人相手は流石にマズイ……」
「なぁぁんだあ!? 卑怯とでも言いたそうだなぁ!」
「戦いに卑怯なんて無い。勝つ為であればそれは卑怯では無く、策と言うべきだな」
「はん! 分かってんじゃねえか王子様ァ!」
カズマは再び黒い小玉を両の手に形成し、投げ込む様に次々とザハル目掛けて飛ばす。だが遅い。高速の域ではあるが所詮ザハルには目で追える速度。最小の動きで躱しながら相手の出方を伺う。
性質が分からない以上迂闊に生身で弾く訳にはいかない。と、躱した小玉が後方の木々に当たると、メキメキと音を立てて倒れていく。
(やはり物理的な攻撃、か。当然だな。ならオレの壁で防ぐには簡単な事。このまま距離を詰めるか……)
姿勢を少し落とし、前傾で突進の構えを見せるザハルだったが、そう簡単に行く筈も無い。
「防ぐなら簡単、そう思ってんなら全部防いでみろよォォオオオオ!!」
「増えた所で支障は無い! 影の防壁ッ!」
黒い小玉の数が一気に増殖し、掴み投げられた砂利の如く目の前に迫り来る。
ザハルは怯む事無く壁を展開し、斧を横薙ぎに構えた。が、ある違和感に気付く。先程の初撃の玉を防いだ左脇腹辺りの壁に、同程度の穴が空いていた。
(ん……? 穴?)
その違和感に気付いた時、既に黒い小玉は防壁に接触する寸での所だった。咄嗟の判断で斧を地面に突き立てた支えで身体を捻り回る。しかし、若干遅れた様だ。一つの小玉が壁に穴を空け、左太ももを掠って行く。
「んくはぁッ!!」
「ざぁああんねんだったなあ! お前のそれは防げないらしいな!」
(んぐ、壁の防壁が貫通するだと……ッ!?)
突き立てた斧を支えに立ち上がるザハルだったが、掠っただけの左ももの肉が少し抉れている。血が止めどなく流れ激痛が走る中、それでも気丈に振る舞いカズマと相対する。
「おん? ちぃっと外れたか。ま、そうだよな! あのブラキニアの王子が片足の肉を抉られた位で動じる訳ないわなぁ!!」
「フンッ! たかが砂利程度が掠った程度だ。差が出る程の傷じゃねえよ」
「言うじゃねえか! いいねぇいいねぇ! やっぱアステリは違うねぇええ!!!」
「アステリ……?」
「カズマ……喋り過ぎだよ」
「いいじゃねえか! どうせ殺すんだ。ハハハハッッ!!」
無数の小玉を躱したザハルの後方は、先程同様に玉の影響なのか木々が無尽蔵に倒れている。
このタイミングで援護は期待できない。更に物理的に防ぐ術を失ったザハルは考える。
敢えて屋敷に被害を出させる事でリム達を引き摺り出すべきか。いや、あいつらでどうこうなる相手なのか? 屋敷内には一般人である使用人達も居る。被害は避けるべき。
屋敷内へ影移動をすれば一旦は逃れられるだろう。しかし、目の前の敵を見失った相手が次に取る行動は捜索。とくれば屋敷へと向かう事は必然。どの道被害が出てしまう。であれば……。
「オレの色力は知ってるか?」
「あん? 影だろ」
「そうだ。こうやって影を移動する事が出来る」
ザハルはそういうと、近くの木から伸びる影に身を沈め始める。即座に現れた場所は、彼らの後方。
「オレは見た事のある場所の影であれば自在に影の移動が可能だ。それがどういう事か分かるか?」
「影がねえと役に立たねえって事だろ」
「その通りだ。だから、オレはこういう林の場所は強い」
「ハハハッ!! おもしれえ! 自分の優位に立つ闘い方、これも策だよなぁあ!」
ザハルはみるみる南側の林の影を使い、誘い込む様に出ては入ってと繰り返し遠退いて行く。カズマとカズキは誘われるがまま、南の林へと追いかけて行った。
(これで屋敷から遠ざける事が出来れば時間が稼げる。それまでに気付けよ……)
ザハルの持久戦が始まる。
一方で屋敷の食堂には、ザハルの思いを知る由も無く幸福の食事を満喫していた。
「おいタータ! それはオレのだ!」
「タータのだもん! タータが先に目を付けたもん!」
「屁理屈を言うな! どう考えたってオレの前に置かれた肉だろうが!」
「違うもん! リムっちの前のテーブルは一つの大きなテーブル! タータの前にあるテーブルも同じテーブル! って事は一つのテーブルにある物は誰が食べてもいいの!」
「おいおいおい! お前それはちょっと暴論だぞ! こん、のぉお! 返せ! オレ、ぬぉおおお、肉ぅうう!」
「んぎぎいいいいい!」
食い意地の張ったタータには世話が焼ける。テーブル上に並べられている料理を、まるでブラックホールが吸い込んでいくが如く平らげていく。その中には、美味しい物は最後派のリムの骨付きの肉料理もあった。今まさに激戦が繰り広げられている。これに負ければリムは腹を満たせない。という事は、今夜満足して眠る事が出来ない。それは明日の出立に支障をきたすという事。
「リーダーのオレには満足に食べる権利がぁあああ! あ、皮が滑る! 」
「リムちん、いつの間にリーダーになったの?」
「ミル! 今はそんな事ぁどうでもいいんだ! タータからオレの肉を! うおおおおお!」
タータは手で引っ張る事を諦めた。がしかし、次の瞬間ギラギラな目を見開き、大口を開けて食らい付く。半分以上まで噛み付かれた骨付き肉を見てリムは悟った。
「あ……」
程なくして離された手には、摺り取れた皮だけが残っていた。今まで経験した事が無い程の喪失感。リムの目には薄ら涙が浮かぶ。
「オレの……オレの、に、く。オレ、の……」
「くだらん……」
アルは一人、静かに料理を堪能しつつ用意された布で口周りを丁寧に拭き上げる。
「意外だな。とても育ちが良さそうには見えないが」
「フンッ。どうでもいいだろ。それよりお前の妹の、あれも何とかしろ」
「いつもの事だ。好きな様にさせている」
ミルもとても行儀が良いとは決して言えない。周囲に零したカスはそのまま。スープの皿から飛び散る液体。終いにはリムとタータの戦闘に加わる始末。
「こうやって食事ができる事が穏やかだとオレは思うんだよ」
「そんなもんか? オレには到底理解できんが」
「そんなもんだ」
対称的に静かに食べる兄のドームとアルも、他愛の無い話で存外楽しいのだろう。
その時だった。屋敷の扉が勢い良く開く音が聞こえる。
「イロウ・ナコシキッ!! 並びに関係する者全てをアカソ反乱因子として捕縛するッ!! 大人しく出てくればそれなりの対応はしてやる! さあ、今すぐ出てこい!!」
食堂の外が騒々しい。
「なんだ? 保安隊か? おい、儂姫。ここお前ん家だろ、ちょっと見てこいよ」
「なんで儂がお前に指図されなあかんねん!」
「いいからいいから。じゃないとオレがナコシキ家としてお客様対応しちまうぞー?」
「ええわ! 儂が行くから黙って食わされとけ!」
「ほんと、喋らなければ最高なんだけどなぁ……」
「ああ!? なんか言うたかハゲ!!」
「なんでもないですぅ」
マミは、こなつを抱えたまま食堂の出入り口に向かった。
キヨウ管轄の保安隊も食堂の扉の前まで迫る。
マミがノブに手を掛けよりも早く、扉が勢い良く手前に押されて開かれた。
「ッッッ!?」
「出てこい反乱因子めッ!! キヨウ・アカソの命により……」