表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/226

第134話 求める対価

 一人夕暮れ時の街を歩くザハル。宿屋の店主へ心ばかりの供え物、だが彼の性格に触れる者は一行の中にはいない。彼自身、揺るがぬ心情としているがどうも恥ずかしさが勝る様だ。

 ナコシキ邸へ向かう途中、街の北側から何やらざわつく一団を見つける。


「あれは、保安隊か。今更問い詰められた所で無罪放免の触れは出ている筈だ。まあ、こんな賑やかな街だ。(ずる)い奴などいくらでもいるか」


 気にする事無く皆の居る屋敷へと足を進めたのだったが、何やら聞き捨てならない言葉を耳にする。不穏に感じたザハルはすぐさま物陰に隠れ、様子を伺った。


「アカソ保安隊だ! 道を開けろ!」

「あんだよ! 保安隊だからって威張り腐りやがって! みんなに優しく声を掛けてくれるナコシキの姫様の方が、余程道の空け甲斐があるってもんだぜ」

「ほう、実はそのナコシキに用事があるのだがな。貴様らはナコシキに加担する者らか!」

「はぁ? 何言ってんだ今更。加担もクソもここは商売の街だぜ? 管轄になってはいるけど、結局御上(おかみ)に媚び売った所でなんの得にもなんもねえよ。自分らでのし上がってこそのアカソだろうが」

「フン、運の良い奴だな。いいか! 現在ナコシキ家はアカソに対する反乱因子としてキヨウ・アカソ氏より捕縛の命が下りた! 肩入れする様な輩も同様に縄に付いてもらうぞ!」


 保安隊の一喝により、中央区がザワツキ始める。徐々に保安隊から距離を取り、道を空けだす市民達。


「はあ!? どういう事だよ! なんでアカソの一角がわざわざ反乱なんか起こす必要が有るってんだ!? 今日も元気にドマジュんとこの饅頭買ってたぜ? みんなが元気に居られるのもマミ様のお陰じゃねえか!」

「ほう、マミ・ナコシキが本日立ち寄ったと?」

「お、おう。なんだよ」

「ハンジョ・ドマジュ! 出てこい!」

「はい、なんでしょか」


 気怠そうに保安隊の前に出るドマジュ。夕方までひっきりなしに商売を続け、もう身体はヘトヘトである。


「お、おい。ドマジュ、下手な事言うとお前も危ないぜ……」

「何も悪い事はしてないですから。御心配どうも」

「ハンジョ・ドマジュ! 貴様にはナコシキ家と内通しているのか!」

「内通だなんて。何も()()()()様な事なんかありませんよ。本日も毎度の事ながら世間話を交えて私の店の饅頭は最高だと仰って下さいました」

「そんな事はどうでも良い! 何を話した! その後何処へ向かった! 誰かと居たか! 少しでもおかしな言動と判断すればすぐに連行する!」

「だから世間話だと言っているじゃないですか。いつも通り御一人で買いに来られましたよ。今は何個売れたんだーとか、景気はどうだーとか。まあ、見るからに日常の御散歩では無いでしょうか。三大富豪であるナコシキ家の御姫様の御散歩の道順なんて、一般市民には知る筈もありませんて」

(あの店主、状況の理解が早いな。だが何故嘘を付く……オレ達を庇った? だが店主がオレ達を庇う理由は無い筈。マミ、やはりアイツは何か握っているのか?)


 物陰に身を潜めるザハルは、ドマジュの言動に違和感を覚える。勿論、マミに肩入れすれば連行は免れないだろう。しかし、リム達が訪れた事を伏せた。彼の意図は……。


「そんな事を言って謀ろうとしても無駄だ! 隠し事は得策だとは思えんぞ、ハンジョ・ドマジュ」

「隠すも何もうちら商売人は、表に立って命張ってますのよ。アンタ達の飯は誰が作ってんだい。そこの角の定食屋が毎日毎日、お客さんの注文とは別に人手を割いてアンタ等の腹を満たす為に汗水垂らしてますわ。その汗を見て食べるのが美味いんだと評判の定食屋でねえ。その命削って作ったもんを対価としてお金頂いてますのや」

「当たり前だ、それが貴様らの仕事だからな」

「仕事だと言うのなら情報もタダじゃぁねえんだ。私達が欲しいのは、命削って得たユークだよ。私達商人の命は、そのユークなんですわ。命の対価も払えない人に通す義理も何も無いんですわッッッッ!!」

「そうだそうだ!! オレら商人が弱いと思って良い気になるな腰巾着!!」

「出てけー! ここにマミ様は居ねえ!! 金もねえ奴ぁ商店街に来るんじゃねえ!」


 ドマジュの一喝で中央区が湧き上がる。商人に加え、一般市民さえも便乗し囃し立てる。花瓶から竹箒、投げられる物なら何でも飛んでくる。終いには嫌味の様に一〇ユーク硬貨まで投げられ始めた。


「そんなに金が欲しいなら這ってでも集めやがれ! オレらはそうやって生きて来たんだ!」

「クッ! 収拾が付かなくなる前に引くぞ」


 保安隊は祭りの様に騒ぎ立てる市民達にたじろぎ、引かざるを得なかった。

 街を守るのは統治者なのか。そのコミュニティを形成する人達か。答えは簡単だろう、どちらともだ。だが均衡が崩れた時、不満と言う牙が向けられる。猫に追われた鼠では無い。能有る鷹が隠していた爪を光らせたのだ。


(フン、存外面白い街だな。だがナコシキが反乱因子……どういう事だ。この街も一筋縄では無い様だな。早めに戻って事を報せるべきだな)


 ザハルは市民が罰を受ける事が無い事を確認した後、自身の影に沈みナコシキ邸へと戻る。



「うひょー! こんな豪華な飯はホワイティア振りだなぁ!」

「ああ、中々有り付ける物じゃないぞこれは」


 ナコシキ邸の食卓はまさに貴族のそれだ。ホワイティアとなんら遜色無いレベルの金銀財宝の様に散りばめられた料理は、一行の目を輝かせる。勿論、タータは既に我を忘れている。


「お嬢様、ちょうど出来上がったばかりでして。なんともタイミングの良い事」

「爺、オカンは何処や。はよー帰って来い言うた割には居らんやんけ」

「奥様は別室でまだ御仕事をされています」

「仕事ォ!? チッ」

「何やら外せぬ問題だそうで……」

「結局一人かいな……」

「今は大勢いらっしゃいますが」

「……儂はこなつだけでええ」


 マミの膝の上で毛繕いをするこなつは愛おしい。優しく左右から包む様に手を添えてモフモフを堪能する。

 執事長のダロンは、その他の使いの者に目で合図をすると深々と頭を下げた。


「では私共はこれで。何か御用入りでしたら御呼び下さい」

「爺……」

「はい、なんでしょう」

「……なんもない。行ってええで」

「はい、失礼します」


 召使いの居なくなった食卓。一行はいつもの如く賑やかに辺りを散らかす。そんな中、一人静かにトマトをナイフで切り食べるマミの姿。普段の豪胆且つ傍若無人な振る舞いからは、想像も出来ない程に淑やかに食べている。それを垣間見たリムだったが声を掛ける事はしなかった。



 一方、ナコシキ邸の前に広がる林の木陰から這い出て来たザハル。既に遅れてはいたが慌てる様子も無く王の帰還と言った所か、堂々たる遅刻で屋敷へと向かう。


 が、扉に手を掛けた瞬間だった。南の雑木林に異様な気配を感じ取る。


「なんだ……」


 只ならぬ気配にザハルは既に臨戦態勢。影より引き抜く巨斧を構え、雑木林に警戒を強めた。その時、小さな黒い玉が高速で飛んでくるのをハッキリと視認したザハルは、咄嗟に影の防壁(シャドウウォール)を発動し事無きを得る。


「……」

「はああああああああん!! 当たったじゃねえかああ! なんで死なねえんだよ!」

「相手はリストにも載ってるあの黒王(こくおう)の息子だよ。そう簡単に仕留められる訳無いじゃない」

「カズキはいちいちうるせえんだ! 分かってんだよそんな事ぁ!」


 ザハルを急襲したのは、マンセル達が呼称していた統合者(インテグレイター)の二人組だった。


「さてと! 昨日はあの観測者(オブザ-バー)の所為でドジっちまったが!!! 今日は()だ! アイツが出て来る幕はねえだろうよ!!」

「なんだ貴様らはッッ!?」

「お初にお目に掛かります、ブラキニアの王子。僕らはこの世界の特異点を消滅させる為に、ある御方に仕えている統合者(インデグレーター)と言う者です。以後、お見知り置きを。って言った所でもう死んじゃうか」

「ああ! オレが殺しちまうからなぁあ!!」

「なんだ……観測者(オブザ-バー)? 統合者(インデグレーター)? なんなんだ……」


 戦闘に長けたザハルでさえもこの二人組はヤバい。直感だった。

 陽も沈み、徐々に暗がりが広がる屋敷前。ザハルの額からは汗が滲み出ていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ