第133話 繁盛!ドマジュ饅頭!
時刻は既に正午。中央地区は相も変わらず人でごった返していた。前を見て歩かなかければ肩をぶつけ、足元を見なければ足を踏まれ。
「人多すぎだって! 前に進めやしねえ!」
「ハゲが前歩いてるからやろ。お前なんかみんな眼中に無い。どけ、儂が前を歩く」
グレーの髪はフサフサだ。だが、こうもハゲハゲと言われれば少しは気になってくるもの。リムは頭頂部を軽く擦り、未だ健在である密林を確かめる。
「あ! リムちん、見て!」
「え!? ウソ! どこ? どこかハゲてんのか!?」
「違うってば! リムちんの頭は大丈夫だよ☆ それよりほら、前!」
ミルからのお墨付きを貰ったリムは安堵の表情を浮かべつつ、前方を歩くマミの姿を確認した。すると、そこにはなんと道が出来ている。いや、ここは賑わう商店街の道。出来ているという表現は些か可笑しいのだが、確かにそこには真っすぐに広がる道があった。
「フン! 儂が歩けばこんなもんや」
「おお、ナコシキの姫さんだ」
「マミ様! 今日もお元気そうで!」
「おう! 元気やで! そっちも商売頑張りや!」
「ええ、有難う御座います」
当たり前なのだが三大富豪の一角の娘。アカソで顔が知られていない訳が無い。皆、粗相をしない様にと道を譲り、自然と一行の進む先を開けていく。
「府に落ちないな」
「ああ? なんか言うたか? ほな儂の前歩いて、肩足ぶつけて全身粉々になったらええで」
「いや、言い方よ」
「ところでマミちん、どこに向かってんの?」
「ん? アンタ誰やったっけ。名前知らんで」
「ミルだよ☆ リムちんの師匠☆」
「おい、いつから師匠に……そうだった。はい、弟子です」
「ほーん。こんなハゲを弟子に取って大変やな」
「ほんまやでえ☆」
「あはは! お前おもろいな! ミルか。覚えとくわ」
「おおきに☆」
ミルはすっかりこの地方の訛りが気に入ったのか、マミとの軽快なやり取りを見せる。
「あ。ほんで、行く先やけどなー。儂の好きなドマジュんとこの饅頭屋や」
「あ! そのお饅頭タータも食べた! あれ美味しいよね♪」
「お? 分かるか? タータって言うたか。やっぱ女同士は気が合うな! よろしく頼むで!」
「うん♪ よろしくねマミっち♪」
「扱いおかしいだろ……」
「単に嫌われているだけだ阿呆。唐突に身体を触ろうとするバカが何処にいる」
「う、うるせえ。ドームだってあの身体は流石に魅力的だろ」
「……知らん」
仲良く女性組と歩くマミの露わになった背中姿を撫でまわす様に眺めるリムの目は、犯罪者一歩手前まで来ていた。女性は視線には敏感なものだ。リムのイヤらしい光線は直ぐにマミへと届く。背中にゾクリとする感覚に振り返るマミだったが、勿論誰も視線を向けていない。まあ、マミとて自覚はあるのだ。自分が可愛い、美しいなんて当たり前だと。
男性陣も分かり易いものだ。結局何を言おうと男。言葉で言っておきながらいざ目を向けられると逸らすもの。一人を除き、男性陣はムッツリだろう。リムよ、潔い事が全て良い訳では無いぞ。
「おードマジュー! 景気ええかー?」
「お! これはマミ様。いつも御贔屓にして頂きありがとうございます」
「ええでええで! 固いのは無しや!」
「今日はいくつ御用意致しましょうか」
「ああ、スマン! 今日は買い物ちゃうねん。ちょっと聞きたい事があってな」
「はて、なんでしょう」
マミは饅頭屋の店主、ドマジュに事を説明し始めた。その間、一行は焼き饅頭の甘い香りに耐えられず、立ち食い分を貰う事にした。
「なるほど、ファミリア諸島ですか。私の店も大分繁盛しているお陰で口コミも広がって色んなお客さんが来る様になったんです。そこの娘さんが、客寄せのミーツの置物にキスをしてくれたお陰かなぁ、アハハ!」
「ほんで? なんかええ情報あるか?」
「恐らくは私の知ってる情報も出回っている物と大差は無いでしょう。所詮、道端の戯言の様に吐き捨てられていく独り言ばかりなので」
「今はどんな情報でも欲しい所やねん。頼むわ」
「ああ、それでしたら。派遣された人らがファミリア諸島の手前で先に進むのを拒むって話は知ってますかね?」
「んー? 聞かせー」
ドマジュの話によれば、ファミリア諸島は三つの小島から成っており、本島から一番近い島で派遣隊が足止めを食らい、最奥の一番大きな島へは辿り着けていないとの事。
大半が一番目の島でやられ、止む無く撤退する者が殆ど。が、極一部のツワモノだけが猛攻を凌ぎ、第二の島へと渡る。また、第一の島でも善戦惜しくも力果てようとした人間を、捕虜の様に第二の島へ連行される姿も見たとか見なかったとか。
いずれにしてもその後、帰って来る者は居なかったらしい。
「にしてもおかしくねえか?」
「何がや」
「だってさ、第二の島に行き着く様な奴は勿論居るだろうけど。捕虜? で連れていかれた連中もいるんだろ? ならなぜ交渉の材料にしないんだ?」
「簡単や、食われてるだけやろ」
「お前ってほんとサラっと言うよな」
「包んで言うて何になるんや」
「まあ、そうだけどもさ。こう、もうちょっとオレ等の不安を掻き立て無い様配慮したりとかは無い訳?」
「あ! ビビッてんのかハゲ! あーそうかそうか! そら悪かったわ!」
「ああ!? び、ビビってなんかねえよ!」
「ならええやんか。どうなるかハッキリしとった方が覚悟できてええやろ?」
(クソー! ペースだペース。ペースを握られるな……だけど正論なんだよなぁ。それにしても豪胆過ぎるやろ、ナコシキの姫様)
ドマジュはそんなマミのやり取りを微笑ましくみつめていた。
「マミ様にも新しいご友人ができた様で」
「こんなハゲのどこが友人に見えんねん」
「だからハゲ言うなや!! 見ろ! フッサフサやろがい!」
「フサフサなんはお前の頭ん中の花畑やろ。今日は黒とか言うとる場合ちゃうねんで」
「んぐ……」
鋭いツッコミにぐうの音も出ないリムは、肩を落としドマジュ饅頭をハムハムする。
「おい店主、この饅頭いくらだ」
「お、角のお兄さん。お土産かい? 一個一〇〇ユークですよ」
「一〇〇、か。じゃあ余分に十個貰えるか」
「毎度!」
ドマジュは厚手の茶色い紙袋に丁寧に饅頭を並べ入れ、代金と引き換えにザハルへと手渡した。焼き立ての温かさがジワリと手に伝わる。紙袋から仄かに香る甘い匂いは、その袋に何が入っているのかはすぐに判別出来そうだ。
「あー! ザハルっち卑怯―! タータもお土産十個!」
「へい! 毎度! お嬢ちゃんのお陰よ! 贔屓にしてくれな!」
「あい♪」
大した備えが出来る程の情報は得られなかったが、いずれにしても脅威と思われる覚悟は出来そうである。
一行はその後も立ち並ぶ店や行き交う客に話し掛けてはみるも、有益な情報を得る事が出来ずに日暮れを迎える。
「んがー! 結局これといった収穫は無しかー」
「ぶっつけ本番☆ 行ったれリムちん☆」
「いや、お前も行くんだけどな」
「あい☆」
リムはいつもながらに思うのだ。こいつらで大丈夫なのか。だが、今までも何とかなって来た。ミルの言う通り、ぶっつけ本番やったれ根性も悪くは無いだろう。
「腹も減ったしそろそろ屋敷に戻ろうぜ」
「リム、すまない。先に行っててくれ」
「あ? どうしたザハル。うんこか?」
「そんなとこだ」
「ザハルうんこだって! みんな離れて離れて!」
ミルはおちょくる様に囃し立ててはザハルにちょっかいを出していた。
「すぐ戻って来いよー」
「ああ、直ぐ終わる」
「ほな、屋敷戻ろかー」
「ほなー☆」
「ほなー♪」
一行を見届けたザハルは一人、夕暮れ時の街へと引き返していく。
ザハルの行き着いた場所、そこは先日崩壊した宿屋だった。未だ片付けは済んでおらず、瓦礫が散乱していた。
一階カウンター付近の床に置かれた萎れた花。ザハルはそれを優しく摘み上げると、カウンターへ紙袋と共に並べた。
「死んだ先に金は持って行けねえだろ。お前の地元の美味い饅頭だ。地図代に持って行ってくれ……」
ザハルは静かに廃屋の宿屋を後にし、ナコシキ邸へと戻って行くのだった。