第132話 片鱗
行先であるファミリア諸島に居る元凶は判明した。だが、一〇〇〇年以上も前の御伽話を真に受ける程バカでも無いだろう。だが竜の寿命はどの位だ。それすらも分からないのであれば真偽を確かめる術も無い。
一行はマドカの居城を後にし、前門の開けた場所で行く先を決めあぐねていた。そんな中、ザハルはある疑問を投げかけた。
「おい、タータ。ハッキリさせようじゃねえか。お前、ファミリア諸島と関係があるんじゃねえのか?」
「な、無いよ♪ だってタータの故郷は山の中だもん」
「それは何処だと聞いている」
「……覚えてない」
(ご主人様、出してもらえる? アタシが話すワ)
「いいの?」
タータは杖を突き立て、毒沼からドラドラを出現させる。
「そうだ、オレが聞きたいのはお前だドラドラ」
「あんまりご主人様を困らせないでもらいたいワネ」
「お前は状況を理解していない様だな。今から向かわなければならない場所は大昔から居る強力な竜の住処だぞ。いい情報源が目の前にあるじゃねえか。お前に聞かない選択肢はねえんだよ」
「はぁ……そうネ。でもアタシが話せる事は特にないワ。だけど、そうネ。竜の寿命、万年は優に生きるワ」
「って事は、例のルシエ・ティアルマートが生きている可能性は極めて高いって事か。因みにお前は今何年生きているんだ」
「女性に歳を聞くなんて野暮ヨ」
「状況を理解しろと言ってい――」
「まあまあ、落ち着けってザハル。ドラドラに当たった所でどうにもなんねえだろ?」
確信を得ない回答に苛立ちを隠しきれないザハルは、ドラドラを鋭く睨み付けた。だが、リムの言う通りこの場で言い争った所で進む話では無い。
「とりあえず、中央地区にでも行けぁいいんちゃうか? あそこなら噂話程度ならいくらでも聞けるで」
確かにマミの言う通りである。情報収集も儘ならない状況なら、やはり人が集まる場所に出向いた方が効率的だろう。納得せざるを得ない提言に一行は渋々中央地区に向かおうとした時だった。城からシオンが静かに歩いてくる。
「おお、どうしたシオン。まだなんか用でもあるんか?」
「お伝えしておこうかと思いまして。先程尋問していた男性が死にました」
「ハッ!? なんでだよ!!」
リムは思いもよらない報告に驚きを隠せない。ザハルは背中を見せたまま唇を噛み締めていた。
「彼にとってはあまりにも絶望的だったのでしょう。繋がれていた錠を関節が外れるまで力任せに引っ張りすり抜け、その鎖で自身の首を締め上げて自害しました」
「身体の傷みなんかよりももっと酷かったってのか……おい、ザハル。分かってんだろうな」
「何がだ。オレは自分の出来る事をしたまでだ。他人の業に入り込む程お人好しじゃねえ」
「でも、生きていたくないって程の感情を植え付けられたんだ。オレはファミリア諸島を放っておくのは、この世界ではマズイんじゃないかと思う」
「だから何だと言うんだ。オレ達の当初の目的はナインズレッドの鍵の石板だ。いくら取引で行く事になったとしても、深く関わる義理は無いぞ」
「それはオレが決める」
「だからなんでおま――」
リムの顔はいつものおちゃらけた表情では無かった。冷たくも強い、真っ直ぐな眼差しはザハルを圧倒する程の雰囲気を醸し出していた。どこからともなく溢れ出る謎の気迫。得体の知れない圧に、ザハルは気圧される。
「いいか。オレは別に世界をどうこうしたいと思ってる訳じゃねえ。だけど、関わった人間や土地、国なんかが何かしらの脅威に曝されてるんだったら、少しでも力になれるならと思ってる。そうやってオレはこの世界を見て回りたいんだ。オレはその時々で行動を決める。それに着いてくるかどうかは好きにすればいいよ。だけど邪魔だけはしないでくれ」
「……」
ザハルは言葉が出なかった。違う、出せなかった。反論ならいくらでもある。しかし、何かがザハルを抑え込んでいた。リムの中に居る父ガメルか? いや今のリムには、父には無い圧力だった。なんだと言うのだ。形容し難い感情がザハルを包み込む。
「ほーん。ハゲでも真面目な事言うんやな!」
「だ、誰がハゲやて!! フサフサや!」
マミのひょんなツッコミに、リムの威圧は直ぐに消えた。気圧されていたのは、先程触られた際に脱力感に見舞われたザハル、アル、ミルの三人。重く圧し掛かった空気が解けた途端に彼らは、忘れていたかの様に呼吸をし始める。顔には脂汗。
「おい、大丈夫かミル」
「う、うん。兄やは何ともなかったの?」
「ん? 何がだ?」
「ううん、なんでもない」
三人は無意識に顔を見合わせ、息を呑むのだった。
(なんだ、次期黒王のこのオレがあんな奴に畏縮しているとでも……!?)
(確かにオレは、一度アイツに敗れている。が、その程度で恐れる訳が無い……)
(リムちん……これは……)
三人はリムを恐れているのか、いや畏れているのか。それぞれに違う環境の元育ち、立場も全く違う三人が初めて味わう感覚。リムの能力は確かに未知数であり、この三人では太刀打ち出来ない可能性はある。だから、無意識に身体が反応したのか? いやしかし、ドームやタータ、マミにはなんら変化は見られない。彼らとてリムに敵うかと言われれば即答は出来まい。
共通性が見出せない三人はただただ息を呑み、自身を落ち着かせる事で手一杯だった。
「兎にも角にもだ。こんな絶望で苦しむ人を増やす訳にもいかないんじゃないか? なあ、儂姫。お前の街でもあるんだろ」
「うっさいハゲ! 名前で呼ばんかい!」
「言ったな? その言葉、そのまま返すぞ?」
「……フンッ! とりあえず中央行くで!」
「なんでお前が仕切ってんだよ」
一行は宛ても無い情報収集の為、中央地区へと足を向けたのだった。