第130話 共通点を見つける難しさ
一行はマドカ・アカソの居城内へと足を進める。石造りの城にしてはやけに明るい。入口から入った中央部は、五階はあろう高さの天井まで吹き抜けになっている。所々に明かり取りがしっかり配置されてあり、陰湿な印象は然程無い。
飾られた絵画や装飾煌びやかな花瓶。差された生花は嬉しそうに花びらを広げ、花占いをするには勿体無い咲きっぷりだ。
床は平面なのだが、階段や部屋へは全て赤い絨毯が敷かれ、その上以外は歩いてはいけない気分にさせる。
「おお、城にしては温かみがある感じだなー」
「当たり前や。女の子がどこぞの堅苦しい男みたいに、冷たい石剥き出しにする訳ないやんけ」
「どこぞのとはオレの事を言ってるのか?」
「知らんわ。お前、城持っとんかいな」
「なんでもねえ……」
「おーい! マドカぁ! 来たでー! 儂やー!」
無敵に近い。マミの態度や返しはザハルさえも黙らせる。
城に入ってから少々待っていた一行だが、誰も迎えに来ない。痺れを切らしたマミが、城内に訪問を報せる。軽く反響したマミの声が止み、皆が暫く立ち尽くす。立ち尽くす、立ち尽くす……。
「誰も来ねえじゃねえか。お前ホントに許可取ったのかよ」
「うっさいわ! 今来るから待っとき!」
静寂がリムを苛立たせる。
「来ねぇじゃ――」
「ようこそおいで下さいました、マミ様」
「どぁあああっち!!! ビックリしたぁ!!」
一行の後方、城の入口から姿を現したのはマドカのメイド、シオン・オミトだった。
「おう、シオンか! 邪魔するで!」
「邪魔をするならお帰り願います」
「お、おいおい……」
シオンの唐突で予期せぬ返しに空気が凍る気配を感じたリムは、二人をなだめる様に間に入る。
「た、ただの冗談だって」
「そか、ほな帰るわ。スマンな」
「え?」
踵を返したマミの行動に呆気に取られ言葉を失うリムだったが、直後に頭を思いっきりどつかれた。激痛から更に混乱に陥り、思考は停止。
「え? ちゃうわアホ! そこは、『なんでやねん!』ってつっこまんかい! ほんまノリ悪いの。んで、相変わらずやなシオン」
「マミ様も御変わり無く」
「ちょ……ええええええ。お前等の、というかこの地方? のノリかよ……」
二人は理解した上での茶番。これは中々できるモノでは無い。アカソのノリなのか、それとも二人の仲だから成し得る技なのか。
「んで? マドカ何処におんねん」
「怨念がおんねん……」
「シバくぞハゲ!!」
「ひぃいい!」
(理不尽や! この地方の人間は理不尽や!)
「マドカ様は自室に居りますが、マミ様以外の面会はお断りします」
「……?」
「そゆことや。暫く待っとき」
マミは一人、シオンに連れられて城内へと姿を消していく。取り残された一行は成す術も無く呆然と立ち尽くすのだが、ただでは転ばないのがコイツらである。
「つまんない! タータン、探検し――」
「させねえよ!! 頼むから大人しくしててくれ! 後で雷が落ちるのはオレなんだよッ!! ってかこれはお前の役目じゃねえのかよ! おい、ドーム! オニイ様ぁあああ!!」
真っ先に動く事は分かっていた。リムは待ち構えていたかの様にミルを羽交い絞めにする。ジタバタ暴れるミルを必死で抑えつつ、ドームに助けを求めるのだが我関せずと腕を組んだまま余所見をしている。
「オレはミルを尊重する」
「違う! そういう所まで尊重するな! お前は妹に対して甘すぎるんだよ! 暴れんじゃねえよミルッ!」
「やだーやだー! 遊びたいいい! あーリムちん、おっぱい触った! えっちぃ!」
「てめえの無い胸触った所でなんとも思わねぇよ!」
「あー! ひっどぉおおおい! か弱き乙女の心を傷付ける発言! えぬじーですー!」
「何処で覚えたんだよそんな言葉。ってかか弱きってお前、オレより凶暴じゃねえか!!」
「ヒーン、助けて―。力が出ないよぉお」
ミルの言葉にふと冷静になったリムは違和感を覚えた。確かにミルは抜け出そうと暴れているのだが、体格的にはリムをほぼ同じ。なのに、あまり力を加えずに制する事が出来ていた。
「ん? お前、わざとバタついてるだけ……?」
「イヤだよー離してよー!」
ミルの拘束を解いたが、腕だけをしっかい掴んだ状態で座らせた。
「力が入んないよぉ」
「嘘、だろ?」
ゆっくりと腕を離した途端にミルは物凄い速さで姿を消す。してやられた、リムはやはり女性には弱かった。しかし、腑に落ちない。確かに力が出ないながらもしっかりバタつかせ、逃れようとはしていた。
「おい、ドーム。ちょっと手、貸して」
「ん? ああ」
差し出された腕をしっかり握ったのだが、ドームには何の変化も見られない。次いでザハルの腕を握ると、嫌そうに身体を遠ざけるのだが振り払う事はしなかった。
「どういう事だ? ドーム、お前なんとも無い?」
「ああ、何も感じないが」
「ザハルは?」
「とりあえず離してくれ。思う様に力が入らねえ」
「え?」
またまた自身の異能に気付くのだったが、今回は理由がハッキリしない。
リムはそもそも色素を吸収するという、この世界でも異質の色力を有している。しかしそれは、曖昧な領域を展開し触れた物だけにしか効力は無い筈。
だが今回は違う。リムは何もしていない、ただ触っただけなのに相手に脱力感を与えるモノだった。道理であれば、曖昧な領域を展開せずに直接触れる事でも、素を吸収している様にも思える。しかし、ドームには何も異変が起こらなかったのだ。
今まで誰も気づかなかった事実に、一同困惑する。
「唯でさえ不明な点が多いんだ。隠している事があるなら全て教えてくれ」
「んなこたぁオレが一番分かんねーよ!」
「オイ、アル。リムの身体に触れてみろ」
「ああ……ん。力が抜ける様だ……」
「お前もか。おい、食いしん坊! お前も触れてみろ!」
「ん? タータも? ほい♪」
リムの腕をがっしりと掴んだタータだったが、にこやかな表情に変化は無い。
「何も……感じないのか?」
「うん? うん♪ いつもの感じ? 変わんないよ?」
「増々分かんなくなってきたぜ……」
「とりあえず、目に見えない何か異変が起きている可能性もある。リムに触るのはよした方が良さそうだ」
一斉にリムから距離を取る四人は、傍から見ればいじめている集団の様だ。
「距離を取るな距離を! オレはバイキンか何かか!」
「リムっち、ばっちぃ♪」
「もっかい言ってみろ、触ってやるからな」
皆の視線が冷ややかに刺さるのを感じたリムは慌てて訂正する。
「いや! そ、違う! そういう意味じゃねえから!」
「リムっち変態ぃー」
「だぁぁあああ! 違うって!」
賑やかな事この上ない面子である。その後、マミが戻ってくるまでの間はリム研究が行われていた。
整理するとこうだ。
ドームとタータには変化は見られない。だが、ザハルとアル、ミルは異常を訴えた。衣服の上からでも脱力感に見舞われる事も判明。だが、一瞬触れる程度ではザハル達も問題は無かった。
もう一つは、物理的な物を介しての接触。これは誰も異常は無かった。恐らくはリム自身に直接触れる事で影響が出るのだろう。
しかし、やはり人によって反応が違う事に共通性が見出せないでいた。ではマミはどうだろうか。幾度となく暴力を振るわれており接触した機会はあるが、異常に感じた様子は見受けられなかった。それは一瞬だからなのか、はたまた何かの耐性があるのか。
一同は、マミが面会から戻ってくるのを待つことにした。
数刻の後、マミがシオンと共に戻ってくる。
「遅なったなー! すまんすまん! 話に花が咲いてしもて」
「良いって事よ! それよりさー、ちょっと身体触らしてくんね?」
「……は? 殺されたいんかハゲ」
リムよ、もう少し聞き方があるだろう。ボッコボコにされた事は言うまでも無かった……。