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第128話 老臣ダロン

「ご主人様、ナコシキ家より使いの者が訪ねてきております」

「ん……応接室で待たせておけ」


 キヨウ・アカソは、明け方まで続いた会談の疲れからか自室のソファで微睡んでいた。時刻は正午前。徐々に陽も昇り、部屋の温度も上がり心地良い。既に冷え切ったティーカップの中身を飲み干すと、重い足取りで応接室へと向かう。


 大きな扉を開いた先に待っていたのは、ナコシキ家使用人統括のダロンだった。ピシリと整えられた執事服を着こなし、一寸のブレも無い立ち姿は長年勤め上げた賜物であろう。


「これはこれは。ナコシキ家の執事長直々とは。大したもてなしも出来ずにすまん」

「お心遣い感謝致します。ですが、私共への気遣いなど不要に御座います」

「何を言うか。仮にもナコシキ家の顔とも言われる君を、粗雑に扱ったなど知れたら私の顔にも泥を塗り兼ねない。座りなさい」

「左様ですか。それでは、と申したい所では御座いますが、主であるイロウ・ナコシキより書簡を預かって参りました。内容を鑑みるに火急かと思われます故、立ち話をお許し下さい」

「ほう……」


 キヨウはダロンの懐より出された書簡を受け取ると、一人ソファに座り内容を確認し始めた。徐々にキヨウの顔が険しくなっていく。ダロンは依然、入口付近で手を揃えて立ったままだ。


「ふむ……君は内容を鑑みてと言ったな?」

「はい。それにアカソ様の仰りたい事も承知の上で御座います。幾ら内容を確認した所で、私共は主の命に従うだけで御座います」

「覚悟の上……か」


 立派に蓄えた髭を撫で下ろし、深く考え込むキヨウの表情は苦悶にも似た表情だった。暫く俯いたまま口を開く事も無く、振り子時計の音だけが唯一室内の時間の経過を報せる。無言の時間だけが流れていく。執事長ダロンはただ静かに待ち、成り行きに身を任せるだけだろう。


「暫く時間を頂こう。それが応えだ」

「承知致しました。では、その様に」

「君とはゆっくりと酒を交わす時間を設けたいものだな」

「ええ、アカソ様が望むのであればそれも叶うかも知れません」


 ダロンは深々と頭を下げ、応接室を後にした。


「ナコシキ……貴様、それほどまでに……」


 一人応接室に残ったキヨウは頭を抱え、暫く動く事は無かった。



――――ナコシキ家、イロウの書斎。


「アナタ、入るわよ」


 イロウがとある本を手に取り、本棚の前でたったまま読み耽っていた。妻であるアマネがその姿を見ると、何かを察した様に彼の肩へゆっくりと頭を付ける。恋焦がれる相手の邪魔をする事無く、ただ寄り添う様に。


「恐らく明日になるだろう」

「もう決めたのね……」

「ああ……いずれこうなる事は分かっていた」

「じゃあ、今夜はあの子の好きな物を用意させましょう」

「そうだな」

「アナタの好きな物、手に入るかしら」

「難しい、だろうな」

「……」


 アマネは優しく背中から抱き締め、震えた身体からすすり泣く声だけがイロウの胸を苦しめた。



 一方ナコシキ家の食堂では、朝食とは思えない程の量を平らげる一行が居た。タータの腹は風船の様に膨らみ、針を刺せば破裂するのではないだろうかと言う程である。一人だけ明らかにおかしい食べっぷりだ。


「お前……晩飯までそうやって膨らんだままじゃないだろうな」

「え? もっと食べていいの?」

「なんでそうなる! お前の胃袋はどうなってんだよ!」

「タータのお腹はブラックホール♪」

「言い得て妙だわ……」


 腹も満たされた一行は、イロウとの条件通り解放された為、街へと情報収集に繰り出す予定だった。勿論、ナインズレッドの情勢も気になる所なのだが、目下はファミリア諸島についてだ。先ずはイロウに帰還した兵の情報を得、その者を訪ねるが早いだろう。


「にしてもなんだっけ。悪魔? 鬼の島? そんな怖気立ちそうな噂まであるのに行かせるって、余程誰も行きたがらないんだろうな」

「オレも長く諸外国の情勢を見聞きしてきたが、そんな島は初めて聞いた」

「案外、ただ気候の変化が激しくて遭難したとかいうオチじゃないだろうな」

「それも有り得なくはないだろう」


 リムとアルは存外、仲が悪い訳では無さそうだ。ブラキニアでは両者、拳を交えた間ではあるがお互いに過去として割り切っているのだろう。


「ファミリアかぁ。名前の由来からして親子が居そうだな!」

「噂とは乖離した推測だな」

「噂なんか所詮伝い歩いて来た話に過ぎないだろ? オレは自分の目で見て判断するタイプだからあんまりそう言うのは気にしないのー」

「さっき怖気立ちそうと言ったのは誰だ」

「噂の話をしただけだっつの! 誰かさんに似て揚げ足を取るよなお前」

「なんの事だ」

「なんでもねえよ」

「ってか陸海がダメなら空から行けばいいんじゃねえのか? おいタータ、ドラドラに頼もうぜ」

「……」


 リムは膨れ上がったタータの腹をペチンッとハタいたが、やはり食べ過ぎたのだろう。期待した反応は返ってこず、とんがり帽で顔を隠し食い潰れていた。


「ケッ! もう少ししたら街に出るからな! 早めに消化しとけよ!」

「それにしてもザハルはまだか」

「ドームと一緒に出てったし、連れションでもしてんじゃね?」

「小便でここまで掛かる訳が無いだろう」

「じゃ、うんこじゃね?」

「誰が糞だ」


 気付けば食堂の扉の前には、二人の姿があった。ドームの後ろに立つザハルの顔を見て、アルが疑問を抱く。


「……どうしたザハル、その頬は」

「なんでもねえ。ちょっと転んだだけだ」

「新鮮な空気吸いに出たのにコケたんじゃ世話ねえな! ハハハハ!」


 リムはゲラゲラとザハルを馬鹿にする様に高らかに笑った。


「なんとでも言え」

「んじゃ、行きますか! オレはイロウに帰還者の居所を聞いてくる! みんなは屋敷の前で待っててくれ。おいミル! その食いしん坊を早く起こせよー」

「あい☆」


 一行は食堂を後にし、屋敷を出て行った。リムは屋敷内の使用人にイロウに訪ねたい旨を話、一人屋敷の二階へと上っていくのだった。


 屋敷の外へと出た一行、ミルは楽し気に相棒の短刀を器用に回し、腕慣らしをしている。タータは相変わらず項垂れたまま木陰に腰を下ろしていた。

 ザハルは巨大な両刃斧を右手で振り回し、ミル同様に肩慣らしといった所。右手から溶岩を少量湧き出させ、揺らめく熱気をぼんやりと見つめるアル。

 ドームは屋敷の入口の壁にもたれ掛り、俯き目を瞑っていた。


「おや、お出掛けに?」

「お前は」

「失礼致しました。今朝は慌ただしかったもので挨拶が遅れてしまいました。私はダロン、ここナコシキの執事長を任されております」

「オレの傍にもこんな礼儀正しい奴が居れば良かったよ」

「今更皮肉を言った所で」


 ザハルとアルは薄ら笑いを浮かべる。


「御一人足りない様ですが」

「ああ、リムならイロウと話している筈だ」

「左様でしたか。旦那様からは諸島への出発は明日と伺っております。本日はどちらへ」

「街で情報収集だ」

「本日のご夕食は御用意させて頂きますので、頃合いを見てお帰り頂ければと」

「ああ、助かる」

「それでは良き一日になる事を願っております」


 ダロンは深々と頭を下げ、屋敷内へと入って行った。

 一方リムは、イロウからファミリア諸島からの帰還者の情報を得、屋敷の廊下を歩いていた。そんな折、遠くの部屋からこなつの鳴き声を確認する。


「お、にゃんころめ。ゴロゴロ喉撫で回されてんのかな?」


 鳴き声の聞こえた部屋の扉は何故か隙間が空いている。その時リムは全くやましい感情は無かった。無かったのだが……。


「自由になった途端にこれかいな。クソ変態野郎」


 後ろから発せられたマミの声に振り向いた時には、既にリムの身体は宙を浮いていた。


「グハッ! なんという蹴り……今日は……黒の……」

「その腐った目も見えんようになれば一生黒色でおられるなっ!」


 やましい気持ちは一切無かったのだが、蹴り上げたマミの美脚を視界に捉えた瞬間だった。リムの頭には一気に咲き乱れるお花畑。可憐なドレスの間から覗かせる素足、ふくらはぎ、太ももからその先に見える漆黒の花園。


「これが……ブラックホール……」

「なんの用や!」

「黒色のパンツを御召しに……」


 再び蹴り飛ばされるリムはそれでもやめない。


「いくら、蹴られよう、が……一度見てしまったが最期。死ぬまで追い求めるが性ぁぁ!!」

「消えろこのハゲ!!」

「仲がよろしい事で」


 後ろに立っていたダロンが優しい眼差しで二人を見つめていた。


「なんや爺か。何処行ってたんや」

「昨夜の事もありましたので、屋敷周辺の見回りを」

「そか。あ、悪いけど爺に止められても今回ばかりは行くでな! ええな!」

「承知しました。であればナコシキの姫と謳われる様な御活躍を願っております」

「珍しいな、止めんのかいな」

儂姫(わしひめ)……」

「あああん!?」

「ひぃい! 逃げろぉおお!」


 リムはマミから逃れようと、さながらゴキブリの様に這い回って難を逃れるのであった。

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