第126話 解放の条件
「ファミリア諸島を御存知だろうか?」
「ファミリア……?」
「ここより南西にある不落の地帯です」
「あーそういうのパスパス」
「まだ何も説明はしていませんが?」
リムは腕を組みそっぽを向く。除く五人は何も反応せず、ただリムの言動を静かに聞いていた。
「大体察しが付くけどさぁ。アンタが不落って言葉を使うに、攻めようとしてんだろ? オレぁ別に国々を占領して回ってる訳じゃないんでね」
「おかしいですね。では、此方に居られるブラキニアの王子や白軍の斥候を担うオルドール家の同行はどうしてでしょう」
「どうしてって別に、ただの成り行きだよ」
「既にご存知かと思いますが、ホワイティアは先日内乱により混乱状態です。騎士長が不在だという話もお聞きしています。それにブラキニアも同様にレジスタンスによる謀反。結果、追われる身となった王子であるザハル殿。その両名を連れても尚、成り行きと仰いますか?」
「何が言いたい」
イロウは余裕の笑みで更に話を進める。
「内乱の渦中にいたであろう人物が、己が国を離れてでも着いて行く人物。内乱に加担したと捉える事も出来ますが。リム・ウタ殿、貴方の目的とは?」
(コイツ、冴えてる。口では敵わないかも知れないな)
相変わらず周りはリムに全てを任せている様な雰囲気だ。慌てている者は勿論おらず、仮に状況が悪くなったとしても、相手に色力を持っている者が居ない以上どうにでもなる。そう言わんばかりに薄ら自信を垣間見せる様な表情を浮かべていた。
「ちょっとその前にいいかな」
「なんでしょう」
「お前等!! 変に事を荒立てようとすんなら許さねえぞ! 特にミル! 直感的に動きがちなお前には釘を刺しておく」
「な、なんでミルだけなのおお!」
「いつからお前が仕切る様になったんだ?」
「お前らの目的の一つがオレの中に居るからだよ。嫌ならどうぞお好きに」
「……」
軽く息を整え、再びイロウとの会話を進める。
「すまない、纏まらねえ連中ばっかでさ」
「上に立つと大変さが分かりますよ。して、貴方の目的とは」
「今のところふわっとしたモノになっちまうんだけど、とりあえず言える事はナインズレッドにある鍵の石板の一つを入手する事だな」
「ふむ……その名は聞いた事があります。私達の様な色力を持たない人間には無意味だと聞きますが、貴方達は見るからに異様だ。それは角だとか外見を言っているのではなく、雰囲気がそもそも違う気がしましてね」
「そりゃどうも。否定はしないが、だから何だって話だ。オレ達はあくまでナインズレッドへ向かう為の情報収集を兼ねてここに来ただけだ。宿屋の件については予想してなかったけどな」
「では、こういうのはどうでしょう」
イロウは懐からアカソ周辺の地図をリムの前へと広げて見せた。
「現在居るアカソがここです。東へ向かうとブラキニア領へ。西にはソルウスというミーツ族の国があります。私達はその街道に間にある道を南に進んだ位置にあるファミリア諸島に頭を悩ませておりまして」
「待て、まずは皆を集めさせてくれないか? なに、変な事は起こらせねえよ」
「なんだか変わった御方ですね、いいでしょう。であればわざわざこの様な暗がりで話を進める必要もありませんね。上階に食事も用意させてありますのでそちらで話をお聞きになりませんか?」
「そうだな、そうしよう」
(上手い……話の流れを完全に掴んでいる。それに食事の準備まで。こうなる事を予測していた? 三大富豪と呼ばれるだけある、か。言葉尻を掴んでボロが出るのを待つより、話に乗った方が双方で上手くいきそうな気がするな)
イロウはそれぞれ別に隔離されていた牢屋を解き放ち、残る五人と共に一階にある食堂へと案内するのであった。
「で、そのファミリアとかいう所を攻略して欲しいって話なんだろ?」
「察しが良いですね。ですが攻略と言うよりかは調査をお願いしたいのです」
「オレ達の存在には目を瞑るって事だな?」
ザハルが腕を組みながら不満気に問い掛ける。
「そちらが望むのならその様に」
「待てザハル、裏がありそうでどうも二つ返事とはいかないんだよな。調査する事でのナコシキ家の利点はなんなんだ? それに調査程度ならオレ等に頼む必要も無い筈。なのにアンタは全員色操士と告げた途端に話を切り出した。危険な所なんだろ?」
「ええ、ファミリア諸島へは幾度となく調査隊を派遣して参りました。ですが、無事に帰還した者も二度と行きたくないと口にして以降、心を閉ざしてしまう始末。島が鎮座している所為で、海路での輸出入が困難な状況下では、こちらの発展が遅れてしまうのです」
「陸路だけだと限界があるって事か……で、オレ達の利点はなんだ」
「ナコシキの名の元この街での滞在を許可する様、三大富豪にも伝えましょう。そうすれば情報収集も容易になるかと」
「……」
リムは暫しの沈黙の後、目の前に置かれたティーカップに口を付ける。ザハルも険しい表情をしており、納得がいかない様子だ。
「悪いがその内容で首を縦には振れないなぁ。元々長期滞在するつもりは無かった。それに、ナコシキの元という言葉が引っ掛かる。そもそもオレは誰かに縛られたくない性分なんだ。悪いがこの街で好きに出来ないんだったら次の街を目指すだけの事」
「リム殿は何か勘違いされている様ですが、なにも主従の関係にと言う事ではありませんよ」
「そんな事は分かってる。だけど、誰かの名の下で自由を得ていると言う事が気に入らないんだ」
「難しい御方ですね」
「コイツは頑固だからな、言葉を間違えると思わぬ方向に進むぞ?」
口を開いたのはドームだった。それまで静かにやり取りを聞いていただけなのだが、少なからず付き合いのあるリムの性格については多少の理解があった。
「そういうこった。こっちの要望は単純、拘束を解いてもらって普通の人間同様に自由にさせてもらいたい。んでもって不必要な干渉も止めてほしい。その変わりファミリアとかいう場所には行くだけ行くよ」
「いいでしょう。但し、これは取引と言う事を忘れないで頂きたい。ファミリア諸島へはこちらから一名同行者を付ける」
「いいけど、口出しはするなよ」
リムはテーブルにあった葡萄を一粒もぎ、口に放り投げた。
「んで、もう一つ聞きたいんだけど。ミーツ族って何?」
「御存知ではありませんでしたか、只今資料を――」
「これや!」
話に割って入ってきたのはマミだった。こなつを腕に抱き、食堂の扉の前で仁王立ちしている。
「あーそうだった。ねこ、じゃくてそれね」
「娘が抱えているのはまだ幼いミーツです。人化もしておらず人の言葉もあまり理解は出来ていない様子だ」
「人化!? もしかしてミーツ族って獣人か何かか!?」
リムの息が急に荒くなる。獣人、猫の獣人とくれば猫耳に尻尾、リムの大好物である。
「ええ、そういう事になります。ソルウスは獣人による武力国家。兵器を一切しようせず己の体術のみで戦闘を行う非常に運動神経に優れた種族です。閉鎖的な国ではありますが、アカソでは唯一私、ナコシキ家のみ流通を許可して頂いているのです。ですので、その間にある街道を少しでも安心して利用できる様に整えなければ、西側との流通路が完全に遮断されてしまいます」
「オトン! 監視役には儂が行く!」
何を言い出したかと思えば、マミは腕を組み仁王立ちの姿のまま声を張り上げていた。何故か左肩に乗っているこなつもどこか凛々し気である。
「我儘を言うのも大概にしなさい。監視役には別の者を――」
「儂が行く言うてんねん!」
「お前に何かあったらどうするんだ!」
「何かあったら? アンタがようそんな事言えるな! 散々儂をほったらかしにしといて、自分は家の為にとか言いながら殆ど帰ってこーへん。そんなに娘を案じるなら毎朝顔見て挨拶くらいしたらどうや!」
「いい加減にしなさい! 子どもの駄々に付き合っている暇は無い!!」
「子どもォ? そういう所や! いつまでも子どもや思てまともに話もせーへん! しまいには部屋に閉じ込めて外を眺めてろってか? 大概にするんはそっちや!」
マミは大きな声を食堂に響き渡らせ、扉を勢いよく閉めて出て行った。
「すまない、娘は頑固でな」
「大変だな……」
「もう慣れましたよ。娘の事はお気になさらず。同行者については明日までに準備させますので、約束通り解放致しましょう」
「あーそれなんだけどさ、どうせその同行者とやらが来るってんなら一泊ここに置かせてくれないかな」
「そうですね、今更ですので構いません。ダロン」
イロウが手を叩くと古株のダロンがゆっくりと近付いて来た。
「この方達は客人として扱ってくれ。それと例の書簡は忘れずに」
「かしこまりました」
「んじゃそこオッチャン! ご飯持ってきて! もう無いの☆」
「ほっほほっへひへ♪」
リム達の小難しい取引の最中、ミルとタータはテーブルの上にある朝食を全て平らげていた。もはやお決まりの行動だ。
「はあ、お前等はほんと……オレにもよこせえええええええええ!」
「リムちんの分は無いもんねー!」
「アル、オレは少し外の空気を吸ってくる」
「ああ、流石にオレも少々腹が空いた。少し満たしておくとする」
ザハルはそんな穏やかな雰囲気を確認しつつ、屋敷を出る。その後を静かについて行くドームの姿があった。
一行はなんとか窮地を脱したものの、この後起こる惨劇を予期している者は誰一人いなかった。
※イロウの地図により、アカソ周辺地図が公開されました。