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第125話 纏まらない者達

「クソ! ホンマ朝から気分悪いわ!」

「お嬢様、如何なされましたか」

「あん? 関係無いわ! はよーこなつのミルク持ってこんかい!」

「こな……?」

「このミーツや!」

「ハッ! 只今」


 マミはリムとの喧嘩から未だ冷めぬ怒りを使用人に当たり散らしていた。何処の馬の骨とも知らない人間に説教を食らい、だが間違ってはいない指摘に対してぶつけようの無い憤りを晴らせずにいた。


「ホンマ、何処に心を開く要素があるねん……」


 膝の上で身体を丸め穏やかに眠るこなつを優しく撫でつつ、朝食の準備が淡々と行われていく様子をみつめていた。白い陶器が優しく置かれる音、銀色に輝くスプーンはテーブルの蝋燭の揺らめきに呼応するかの様に、チラリチラリとマミの視界にちょっかいをかける。

 朝食にしては豪勢なメニューだ。中央に置かれた葡萄や林檎、バナナなどの果物。陶器から湯気が上るコーンスープに、木の籠に山積みにされているパン。女性一人が食べ切るには量が多すぎる。

 手に取ったパンを無造作に大きく引き千切り口に運ぶ。大きく口を動かし咀嚼したマミは再び使用人を呼び付ける。


「おい! ええか? このミーツはこなつ言うんや。儂が大切に育てるから雑な扱いは許さんで!」

「承知致しました」


 コーンスープと全く同じの陶器に入れられた温かいミルクが到着し、こなつは匂いに釣られ首を持ち上げる。テーブルの上にこなつを置くと、優しい目付きで飲む様に促した。


「ほらこなつ。これ飲むんやで。元気になったら外で遊ぼうな」

「ニャーン」


 警戒しつつもミルクの匂いを確認し鼻をチョンっと付ける。微量のミルクを舐めると、身体に害が無い物だと判断しゆっくりと舌を出して飲み始めた。


「ほんま可愛いなぁお前」



――――ナコシキ邸、イロウの書斎。


 幾つもの本棚が所狭しに並べられ、ビッチリと詰められた書籍は互いを押し合う様に窮屈そうにしている。陽の差す窓辺を背に置かれた木造の机と椅子に、深い溜息を漏らしながら天井を見上げるイロウの姿があった。


「御呼びでしょうか旦那様」

「ダロン、昨晩何か変わった事は無かったか」

「……」


 ダロン・ピーチャロン。ここナコシキ邸の使用人を統括する古株。ナコシキを影から支える頼もしい老人だ。ナコシキ家の人間は勿論の事、ここで働く使用人の良き相談役にもなっている必要不可欠な存在である。


「これと言って特には……」

「そうか、お前がそう言うのなら問題無いのであろう」

「はい」

「せめてお前の口からは聞きたかったがな」

「……」


 ダロンは暫しの後に口を開く。勿論、主人であるイロウを欺こうという意思などは無いのだが、マミを思ってか躊躇っていたのだ。


「失礼致しました。私めが問題かどうか判断するには少々荷が重いかと存じ上げます」

「お前が報告に悩むとは意外だな」

「私めで対処できると判断しておりましたが。旦那様の様子を伺うに、不安が生じております」

「言ってみろ」

「昨日、お嬢様が屋敷から出られ、ある男を連れて参りました」

「……」

「現在、地下牢に拘置しております。更にその者と関係があると思しき連中が夜中に訪ねてきた為、同様に地下へ」

「……出鱈目では無いというのか」

「……?」

「昨晩の会談を聞きたいか?」

「いえ、私めは所詮お仕えする身。ナコシキ家に関する判断は全て旦那様方に」

「そんな言い方はやめてくれ。長い付き合いだろう」


 イロウは軽く息を吸い込むと椅子に深く座ると、机にあった一枚の紙と万年筆を手に取り何かを書き始めた。


「地下に留めている連中は恐らくブラキニアとホワイティアの人間だ」

「……ホワイティアは先日内乱が起きたばかりと聞いております」

「ああ。それにブラキニアも次いで内乱が起き、ブラキニア一族が追放されたと聞いている。まだ日が浅い為、一部の者にしか伝わっていない様だが」

「逃亡中……そう仰られるのですか?」

「だがどうやってアカソに入り込んだのかが不明だ。正式な入国審査をした形跡は無い。仮に陸路で潜入するとしても東はマドカ殿の管轄区。容易ではないだろう、となれば考えられるのは海からだ」


 イロウは長々と書いた書簡をダロンに手渡す。


「これをキヨウ殿に渡してきてもらえぬか」

「……ッ!! 旦那様……」

「私は地下に居る連中と話をしてみよう」

「かしこまりました」


 ダロンは受け取った書簡を大切に丸め、懐にしまうと深く頭を下げた後に書斎を後にする。


「白の尖兵と黒の王族、か。何故一緒に行動している……」


 立ち上がったイロウは、窓辺から見える新緑を眺めながら呟くのだった。



――――ナコシキ邸 地下牢。


「リムっちーお腹空いたー」

「やめろ、お前の食欲は底無しなんだ。お前からその言葉を聞くとオレ達までキツくなってくる」

「だってー! お腹空いたんだもん!」

「だからやめろって!」

「でもリムちん、いつまでこうしてるのー? ミルも退屈なんだけどー」


 暗がりで聞こえて来るのは声のみ。六人それぞれがどんな体勢で会話をしているかは全く見えない。


「ザハル……」

「待てアル……おいリム!」

「あんだよ」

「ここに留まっている意図を聞かせろ」

「簡単な事じゃねえの? お前なら分かると思ったんだけどな」

「分からないから聞いてるんだ」

「はああああああああああ」


 リムの深い溜息が地下に響き渡る。


「単純に考えてみ? 一個人にしては大きすぎる屋敷と屋内にある地下牢。どう考えても一般人じゃないだろ」

「そんな事は分かってんだよ」

「分かってんなら聞くなっての! ここに拘置されてるって事は必ずお偉いさんが来る筈なんだよ。分かる? 生かされてるって事」

「別に生かされていると思う程オレは弱く無いぞ」

「お前それでも王族かよ」


 再び地下に溜息が広がる。


「何か聞きたいんだろ? どうせお前の身元は割れてんだろうしさ。ブラキニアの王子っつったら世界的にも有名だろうが」

「まあな」

「お前、照れてるんじゃないだろうな」

「一度痛い目でも見た方がいいか? 灰色!!」

「ああ? 来てみやがれってんだボンボン!!」

「んだとおおお!!」


 鉄格子がガチャガチャと鳴り響く中、階段から一つの足音が聞こえて来る。


「君達は仲間ではないのかな?」

「ああ?」


 小さな松明が灯され、姿を現したのはイロウだった。イロウはゆっくりとザハルの居る檻へと向かうと静かに話し始めた。


「お初にお目にかかるブラキニアの王子」

「こんなとこに閉じ込めておいてよくもそんな口が利ける」

「失礼、家の者が粗相を働いたようだ」

「前置きは良い。何の用だ」

「それはこちらがお聞きしたいのですがね」


 ザハルはリムの居る檻に目をやる。


「成程な。貴様らは侵略の疑いでも掛けている様だな。勿論、アカソを占領する利点は国としては多いが、生憎ブラキニアから追放された身だ。単身で乗り込んだ所で手に余る」

「では何の為に」

「アイツに聞きな」


 ザハルはリムへと顔を振り、腕を組んだまま地面に座り込んだ。イロウはリムの姿を確認すると前まで歩いてゆく。


「ふむ……どなたか存じ上げませんが失礼を許して頂きたい。私はアカソ三大富豪と呼ばれる中の一人、イロウ・ナコシキと申します」

「……リム・ウタだ」

「聞き慣れないお名前ですが」

「あ、ああ。地方出身ってとこだな」

「そうでしたか。これでも世界の情勢には目を配らせている方だと自負していたのですが、少々知識不足だった様です。失礼を」

「良いって良いって。んで? 何の話だ?」

「こちらに来た意図を知りたい。敵意が無いのであればこのまま解放致しますので」

「敵意? そんなもん無いよ。ここには来たばっかで右も左も分かんねーんだ」

「では、宿屋の一件は?」

「宿屋……?」


 リムは身に覚えの無い質問に首を傾げる。残る五人に目をやると、一人ニヤニヤしている人物を発見する。


「おい、ミル。何したんだお前」

「いやー、なんか訳分かんない人にいきなり襲われてさー。部屋ごと吹き飛ぶし大変だったよー! テヘ☆」

「テヘ☆ じゃねえんだよ! 部屋吹き飛ぶってどういう事だ」

「リム殿、どうも会話を聞くに貴方がここのリーダーの様だが」

「そんなつもりはねえよ」

「……まあ良いです。先日、中央地区にある宿屋がほぼ全壊しましてね。その犯人が未だ捕まっていないのです」

「……」

「およよ?」


 リムは呆れた様子でイロウに謝罪した。


「すまねえ、多分だけどそれはアイツだ……けど、ミルの話を聞く限りじゃ実行犯じゃ無さそうだ」

「ふむ……では他に心当たりのある人間は御存知で?」

「あーっとね! ミルがいきなり襲われてさ! すんごい威力の色力(しきりょく)を使って来たんだよ! ミルも応戦したんだけどねー、あれはかなりの使い手だなぁ」

「君達、もしかして()()()なのか?」

「ん? 色持ち? あー色操士(しきそうし)の事ね? そだよー☆ ここの皆も色力は使えるよー☆」

「なるほど……」


 イロウはやはりと言った様子に腕を組み考え始めた。


「おいミル。すげーのは分かったけどその後どうしたんだよ」

「んー……分かんない☆ 誰かに助けて貰ったけどあんまり覚えてないや」

「かぁああああ! 肝心なとこで使えねえなぁおい」

「あ、でもまた来てね。みたいな事言ってたから、多分会えるんじゃない? 分かんないけど☆」


 頭の後ろで手を組み、左右に揺れるミルは楽しそうにも見える。再三だが、ここは地下牢。彼らは捕まっていると言う事は忘れないで欲しい。


 イロウはこの状況下でも動じていない六人の姿を見て何かを決心した様だ。


「君達、ファミリア諸島という所は御存知かな?」

「ファミリア……?」


 皆が首を傾げる中、とんがり帽で表情を隠し反応を悟られまいとする人物が居た……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] たしかに第三者から見てみれば、ホワイティアとブラキニアがどうして同行しているのか謎ですよね(; ゜Д゜) 話の流れからいって、このリムくん一行にファミリア諸島の調査をお願いすることになるの…
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