第12話 置いてけぼりは嫌よ
「傀儡の影!!」
ザハルの影がエミルに向かって伸びる。しかしその直線上の少し横に居たリムが、斧を振り上げた。
「なんかオレの存在忘れてませんかぁああ!」
(よく分からないけど、この斧で影とか切れるかな。黒王? の斧。アイツ、黒王の子とか言ってたな。こっちは親父の斧だ! 何もしないよかマシだろ! 良い扱いはされてないけどなんかあっちが悪者っぽいし、ここでなんとかすれば恩赦の一つや二つ!)
ザハルの影がリムの横を通り過ぎた瞬間、斧は伸びた影に向かって振り下ろされた。
地面に当たる斧の音だけが聞こえ、エミルに到達する寸前で影がプツッと切れる。
「な!?」
「光の制御!」
影が切れた事でザハルが動揺し、その隙にすぐさまロンベルトが左手を上げる。
手の先が白く輝き、光の玉が形成される。そこから分散する様に分かれたかと思えば、右手の剣へ収束し剣全体が白く輝いた。
ロンベルトは、その場で右下段から剣を振り上げた。すると時が止まったかの様に剣筋が空間に現れ、光の斬撃が留まっている。
「残光閃!!」
留まった光の斬撃をなぞる様に、振り上げた剣をそのまま左上から右下へと振り下ろす。すると目にも止まらぬ速さでザハルに向かって斬撃が飛んだ。
「影の防壁!」
同時にザハルも、左手を瞬時に前に出し防御に入る。切れた影が一瞬で戻り、黒く半透明の壁がザハルの身体前面に形成された。
「お前の手の内も知れている事! 光も早いがオレの影も同じなんだよ!」
光の斬撃が影の壁にぶつかり、耳を塞ぎたくなる様な甲高い音と共に消滅した。
「ちっ、やはり駄目か」
「ハハハ! 無駄無駄ぁ!!」
再び均衡の時が流れる。
(リム、内なる光を感じるのです。貴方は力を秘めています)
(ん? この声はさっきの黒フードの姉ちゃん? 内なる光って言われても……ただの派遣社員に希望を抱くな!)
リムは目を閉じ、どこにあるとも分からない光とやらを想像する。すると脳裏に電気が走った。
(これは……こっち? にくる時、喫茶店の時と同じだ。なんだこの感覚、頭が冴え渡る感じがする)
戦闘が膠着している間、時間にして数秒。リムの脳裏に見た事が無いはずの映像が、走馬灯の様に駆け巡る。
周囲を鮮やかな緑に囲まれた湖や、薄暗い洞窟内。雪が吹き荒ぶ山脈や、熱気に揺れる火山口などのあらゆる景色。
にこやかに何かを話すエミルの姿に、青空を飛ぶペガサス。
高い位置に座っているであろう視界から見下ろされた六人の影。
(分からん事だらけなのに、更に見覚えの無い記憶? を流されると煙でるぞ)
頭の中で水晶玉が割れる様な感覚と遠のく意識の中、リムが剣を地面に突き立て呟いた。
「無の拒絶」
リムが突き立てた剣から、円心状に白い空間が広がっていく。もはや部屋では無く、白く何も無い空間の中に、部屋中に居た全員が飲み込まれていった。
よく見るとリムの髪は白く変色し、目も白くなっている。
「な、なんだこれはっ!」
全員が同じ事を思っていた言葉をロンベルトが口にする。一瞬にして静寂に包まれ、全員が唖然とする中リムは続けて発した。
「無へ」
突如、全員が戦闘どころではない耐え難い耳鳴りに襲われた。
「それは危ないなぁ、よっと」
しかしどこからともなくミルが現れ、リムの後頭部に手刀の一撃を入れる。
――――――――――
気付くと全員が元の部屋に戻されていた。静寂の中、ミルが口を開く。
「ザハル君、今日は引いた方がいいんじゃないかにゃ?」
「……アル、帰るぞ」
「ザハル! どうして!」
驚きと不満に顔をしかめながら、黒いマントを翻し扉に向かって歩き出すザハル。
ドームと戦闘中だったアルも同様に白い空間に巻き込まれていた為、戦闘を中断され煮え切らない様子のアル。
「だまれ! 撤退だ!」
「分かった……」
そう言って二人は部屋を後にする。自我の無いダンガも無言で後をついて去って行った。
「ふぃぃ、恐い怖い☆ リム君ヤバいね!」
なぜか呑気なミルに対して、ドームを除く全員が首を傾げる。ミルの一撃で気を失ったリムは床に倒れていた。なぜか裸で。
「あんれぇ? みんなどこ行ったのぉ? もしかして置いてけぼり?」
「まだ誰かいるのか!!!」
広間の入り口にいたのはタータだった。状況を理解できずキョトンとしている。
「もう! 折角着いてきたのに勝手にどっか行くしぃ。なんなのもう!」
「お、お前。黒軍……だな?」
刻々と変わる状況に順応できていないロンベルトは、整理する事で一杯だった。
「黒軍~? あぁ、まあ一応そうなるけどぉ」
「貴様も色操士か? やるなら相手はするぞ!」
ロンベルトが再び剣を構える。が、タータは右手人差し指を立てて笑う。
「キャハハ♪ やーらない! あいつら疲れるしぃ、もういいかなぁ?」
「どういうことだ?」
予想もしない言葉にロンベルトは聞き返すしかない。
「別にぃ、あいつらに付いてても面白くないしぃ。人使い荒いしぃ、あっちのお城のお部屋汚いんだもん」
全員が呆気に取られ、再び静寂が訪れる。
「このお城さ、綺麗なお部屋いっぱいあるね♪ タータここに住みたい! ね、いいでしょ?」
「な、何をバカな! 黒軍の人間など受け入れられる訳が無いだろう! いつ攻撃してくるかも分からない奴を傍に置いておく程馬鹿ではないぞ!」
「だーかーらー、黒軍辞めるって言ってんのぉ! っていうか元々黒軍の人間じゃないしぃ。ね! いいよね? いいよね♪」
「ロンベルト、私は構いませんよ」
「エミル様! しかし!」
「ええ勿論、今後ホワイティアに危害を加える事は無いと、色星に誓ってもらいましょう」
既に落ち着いていたエミルが、椅子から立ち上がりニッコリと笑っている。
「もっちろん♪ 色星に誓って君達に攻撃はしません! ちかーいまーす! キャハハ♪」
「は、はぁ……」
もうロンベルトの頭の中は色々と限界だった。