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第121話 正面に座るメイド

――――キヨウ・アカソ邸。


「ご主人様、お嬢様の使いの者が到着されました」

「おお、やっときよったか。早く通せ」

「只今」


 キヨウは待ちくたびれた様子でソファに深く腰掛けた。応接間の扉がゆっくりと開き、一人の女性が静かに頭を下げる。


「遅れてしまい申し訳ありません、()()。それと、お初にお目にかかりますナコシキ殿()

「ん?」


 イロウにはその姿が非常に不可解に思えた。それもその筈、現アカソの当主である娘がメイド服姿で、しかも父上と呼ぶ。三大富豪の一人である筈のキヨウの娘、マドカ・アカソが身分とは明らかに掛け離れた格好で現れたのだから。


「どうかされましたか?」

「あ、ああ。これは失礼。まさかメイド姿だとは思わなかったもので」

「私はマドカ様の使用人、シオン・オミトと申します」


 イロウの顔が険しくなる。それもその筈。三大富豪に名を連ねる人物が、商業大国アカソの大事な会談に使用人を寄越したのだ。


「失礼だが、マドカ殿と会話ができないのであれば私は帰らせて頂こう」

「待つのだナコシキ殿。これには訳があるのだ。シオン、説明して差し上げなさい」

「はい」


 シオンと名乗ったメイドは、イロウの真正面に座ると何食わぬ顔で話し始めた。勿論、シオンは使用人である。富豪である二人と同位として席に座るには不敬も良いところだ。イロウの顔がどんどん険しくなっていく。


「改めてご挨拶をナコシキ殿。私は――」

「キヨウ殿、私は非常に不快だ。メイドに同位で呼ばれ、尚且つ正面に座るとはどういった了見ですかな」


 シオンの挨拶を遮り、イロウは立ち上がり不満を露わにする。しかし、シオンは挨拶をそのまま続ける。


「私はマドカ様の使用人で御座います。ですが、同時にマドカ様でもあります」

「何を言っているのか分からないのだが」

「イロウ殿、とりあえず落ち着いて話を聞いてくだされ」

「……」


 折角の会談を無下にする訳にもいかず、イロウは渋々ソファに腰を下ろす。


「マドカ様は非常に人を嫌います。ですので、私が代わりに公の場に出る事を命じられております」

「嫌いだろうがなんだろが、礼儀を欠いているのではないのか?」

「私はマドカ様の『血の約定』により、意思共感できる身体です。ですので、今のこの会話も既にマドカ様には伝わっているとご説明すれば納得できますでしょうか」

「……」

「それともナコシキ殿は今まで見てくれだけで判断され、地位を築いて来られたのでしょうか」

「貴様……ッ!!」


 イロウは震える身体をどうにか抑え、冷静さを保とうと必死だった。深く、深く静かに息と怒りを飲み込む。


「……それでは、この場では敢えてマドカ殿と御呼びしよう。それと本人として話を進めても差し支え無いと判断させて貰おう」

「勿論で御座います。全てマドカ様に伝わり、私自身の発言も全てマドカ様の発言と思って頂いて構いません」

「……」


 異様に眼つきの悪いメイドであるが、これほどまで公の場を任せるこの女性は如何なるものか。またマドカ自身との関係も深いと判断したイロウは、強引に納得せざるを得ない状況だった。


「良いかの? イロウ殿。娘の我儘はワシの親としての責任でもあるのじゃ。すまぬが勘弁してもらえないだろうか」

「分かりました……」

「コホン、それでは改めて始めさせてもらおうかの。現状の国内と諸外国における情勢を鑑みた上で、今後の方針に道筋を立てる必要がある」


 異様な光景の中、三大富豪によるアカソ会談が始まった。


――――


 時間は既に一時間は過ぎていた。外は既に星がハッキリと見える程に暗くなり、あと数時間もすれば陽が顔を出すであろう深夜。


 イロウは入れ替えらえた紅茶を一口啜ると、軽く一呼吸置く。ゆっくりと目を開けた先には真っすぐイロウを見つめるシオンの瞳。

 納得せざるを得なかった。ここまでの国内での状況報告を、身振り手振りをする事無く淡々と行うシオン。マドカ・アカソ管轄における内情を全て把握・理解し、外に出せる情報を掻い摘まんでは適切なタイミングで話を切り出す。マドカ本人や限られた者でしか知り得ないであろう内容も、伝えるに値したモノは躊躇いも無く口に出す。それを逐一主人であるマドカに確認するまでも無くこのメイドが発言するのだ。イロウにとっては、とても不気味な感覚だった。


 マドカ・アカソ。公の情報としては、キヨウ・アカソの実の娘。だが、娘から縁を切ると言う信じ難い行動を取った謎めいた娘だった。イロウ・ナコシキの娘であるマミとは対称的に殆ど姿を現す事は無く、マドカの現状を知る人物は指折り数える程度であろう。

 そんなマドカが管轄とし居を構えるのは、商店街の中央交差路から東一帯。中央から離れた位置に石造りの巨大な城を建造し、無言の巨像として威圧しているかの様にどっしりと据えていた。


 主な生業は軍需品。アカソの内外の脅威を抑え込む為に必要な人員は父であるキヨウが補い、娘のマドカは武具の製造から調達、販売を行う。勿論、脅威とは別に冒険者への供給として需要を満たす物を逐一把握し、商業大国と言われるだけあって先端技術による防具が揃えられていた。

 アカソ内の軍事力強化を中心とし、諸外国の圧力にもなっている事は言うまでも無かった。


「では、現状把握の確認が済んだ所で本題に入らせて頂こう」

「うむ」

「私、ナコシキ側が監視をしている南西にある諸島についてだ」

(やはりそうくるかナコシキ)


 気の張る三人の会談は未だ終わる気配を見せなかった。

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