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第118話 迷い込んだミーツ

――――ナコシキ家 一階。


「お嬢様、お疲れ様です」

「フンッ」


 屋敷内から地下牢への出入り口には、既にナコシキ家の使いであるボーイが待っていた。丁寧に頭を下げマミを迎える。勿論マミはそんなボーイなど眼中に無く、そのまま一階奥の食堂へと足を進めた。


 商業大国アカソにて商業を主にし三大富豪へと謳われるまでになったナコシキ家は、それはそれは豪華を極めていた。屋敷内を歩けば使いの者に出会わない日は無い。

 隅々まで行き届いた掃除は、様々な装飾品を輝かせる。大凡著名な画家が描いたであろう風景画や人物画等、空間の邪魔にならぬ様に適度に飾られていた。広すぎる屋敷に絵画があれば一般人は博物館か何か勘違いするだろう。


 入口から中央を見渡すと、真正面に半円を描く様に上階へと続く階段が左右から伸び、挟まれるように全裸に布を巻いた女体の石像が飾られている。

 まるでここを歩きなさいと言わんばかりに、各部屋に通じる床には金の装飾をあしらった赤いカーペット。


 中央を照らすのは、今にも落ちてきそうなシャンデリア。葡萄の粒が全て宝石と思えば早いだろうか。一粒一粒がとても大きくその周りを細かく輝く小さな宝石は、さながら大きな星の周りにある小惑星の様だ。


 マミが入って行った食堂は入口正面から階段を上がらすに、右奥の扉の向こうにある。開けっ放しにされた扉を、煩わしく思う事も無くボーイがゆっくりと閉める姿は絶対的な主従関係を伺わせる。


「はあああああああああああああああ」


 富豪の娘とは到底思えないだらけた溜息を付きながら、ロングテーブルに置かれている葡萄を一房持ち上げ椅子に座る。背もたれに左腕を掛け、テーブルに掛けられた両足。行儀の悪さは群を抜いている。


「ウフフ、商業の中枢を担うお家のお嬢様がなんてはしたない事」

「アンタ、勝手に家に入るなって言うたやろ」


 突如現れた黒法師に驚く事も無く葡萄を一粒、また一粒と頬張りながら椅子を揺らす。


「勿論、聞いていますとも。けれど彼が居る以上、私は監視をしなければなりません」

「フンッ! そんなに大事かいな」

「ええ、とても」

「儂よりもか?」

「それは私では答えの出せない質問です」

「あっそ。で? 儂が感じた限りじゃあれが一月前の流星の正体で合ってんやろ?」

「察しが良いですね」

「あんな異常なん、それなりの人間なら直ぐ気付くやんけ。折角見に行きたかったのに爺が頑なに拒むから屋敷すら出してもらえへんかったけどな」


 マミは葡萄を一粒引き千切ると、黒法師に食べる様差し出した。


「いえ、結構です。生憎今はお腹が空いていないので」

「食べれる内に食べときや。いつ何時、何が起こるか分からんねやから」

「ウフフ、ではお一つだけ」


 黒法師がマミの手から葡萄を受け取ろうとした時、マミは手を引く。


「分かってるやろな、儂も協力してんねんからアンタらも相応に頼むで」

「勿論ですとも。出なければ私は接触しません。ですので、彼にも出来るだけ心を開いて頂けると」

「フンッ」


 マミは葡萄を放り投げ、受け取った黒法師はそのまま暗がりへと後ずさりし気配を消したのだった。


「何処に心を開く要素があるっちゅーねん」


 指を舐めつつ食堂を後にするマミ。すると不思議な事に目の前に白に茶色の斑点をした体毛の幼いミーツ族がチョコンと座っている。


「にゃぁ~ん」

「ん? なんでこんなとこにおんねん。野良かいな」

「にゃぁ~ん」


 愛くるしい程に心に響く高くか細い鳴き声は、マミを安らぎに誘う。ゆっくり優しく抱き上げ、胸へ抱えたマミは顎下を優しく撫でる。


「どーちたのー。こんな所にいたら爺に追い出されるでー」


 何処から入って来たのだろうか。本来ならば屋敷内を行き交うボーイ達にすぐ見つかって外に放り出されるだろう。しかし、運良くマミに見つかった様だ。


「お腹空いたんかいなー? 儂の指舐めても葡萄の匂いしかせんでー」


 マミは可愛がる一方で小さなミーツ族の身体を手で確かめていた。明らかにやせ細り毛並みはボサボサ。胃袋には何も入っている感じは無く、腹を撫でればすぐにアバラ骨の感触。よく見れば左側の前後脚には擦り傷の様に毛が剥げており、若干だが血が滲んて固まっていた。


「……お前、怪我してんか」


 身体の傷みも空腹には勝てないのだろうか。葡萄の香りを僅かに残すマミの指をひたすらに舐め続ける。


「でもなー儂ん家で飼えんからなぁー……せや! 儂の部屋連れてったろ」


 マミは廊下に佇むボーイの目を盗み、急ぎ中央階段を駆け上がる。


「お嬢様、どうかなされましたか?」

「な、なんでも無いわ!」

「何か御用入りでしたら何なりと」


 深々と頭を下げ、ボーイは再びその場に佇む。


「あ、そや! アンタ! デッカイ桶にお湯入れて、ほんで綺麗なタオル一杯持ってきて! 後……あとは、ミルクや! 哺乳瓶に一杯入れて持ってきてや!」

「は、はあ。かしこまりました。暫しの後、お部屋へ運びます」

「頼むで!」


 急ぎ自室へ戻ったマミは優しく優しく抱きかかえ、窓辺から見える夜月を眺めた。


「儂が今綺麗にしたるからな」


 ボーイから注文の物を受け取ったマミは、ひたすらに小さなやせ細った身体を介抱するのだった。

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