第117話 色を知れ
――――ナコシキ家 屋敷 地下牢。
「んで? アイツからどこまで聞いてんねん」
「アイツ?」
「あーもう! テンポ悪いなぁ! 黒法師や!」
「主語が曖昧なんだよ! もっと相手に分かり易く!」
「いちいちムカつくねん! ええから話せや」
「折角の美人が台無しやな……」
「ああ!? なんか言うたか!!」
「い、いや」
尋問とはこういうモノなんだろう。対象に有無を言わさず欲しい答えを吐かせる。見た目とは正反対の言葉遣いから繰り出される罵詈雑言は、一部の人間からは需要がありそうだが。
鉄格子をガンガンと蹴り、地下牢に無機質な音が鳴り響く。
「はよ!」
「いや、聞いてるも何もオレはまだこの世界に来てから一か月も経ってないしなぁ。あれ、一か月? ここじゃひと月もロクに分からねえよ」
「今は降月や、六月の梅雨時期に入る。一応言うとくけど、この世界の人間に六月なんて通じんからな」
「ああ、それは何となく分かってる。に――」
「あー待った待った! それは無しや」
「ん?」
リムは自分が居た世界を告げようとした時、まるで黒法師と同じ様に発言を止められた。
「はあ、そんな事も聞いとらんのかい。ダルいわぁ」
「す、すまん。教えてくれ、この世界は何なんだ? 色と光、それが争い合ってるってのは聞いたし歴史書も読んだ。地名からしても似てる場所が多々あったんだけど、何が違うんだ?」
「何が……全部や。同じとこなんか一つも無いで」
「でも」
「ああ、そうや! アンタが言いたい事は分かっとる。儂も最初はそうやった。でも長い事ここに居ると分かってくるってもんやな」
「はぁ」
リムはいまいち納得のいかない表情である。そう、確かにリムの居た現代と位置関係も酷似している。しかし、それを分かっているであろう黒法師やマミも決して口にしようとはしなかった。
「いいか? 簡単に言うとな、ここはもう一つの世界や」
「それは分かってるけど」
「黙って聞け!」
(なんだこれは……オレは人と会話をしてるのか? 会話が理不尽すぎる)
理不尽なやり取りにリムの表情はなんとも言い難い表情になっている。
「ここは知っての通りライカという世界や。流れる時間もほぼ同じ。やけど、その他は全部違う。なんでか分かるか?」
「わ、分かりません」
「一緒やったらアカンからや!」
「……?」
「ほんまに黒法師は何も言わんでコイツをこき使いよんかいな。不憫やのぉ」
「全くだ」
マミは傍にあった木箱を引き摺って来て、鉄格子を挟んでリムの正面に座る。足を組んだ際にチラリと見えた下着に、リムは一瞬ピクついた。
「何色や」
「え?」
「いちいち聞き返すな! 何色か聞いてんや!」
「えーっと、今日はピンク……ですか?」
「誰が儂のパンツの色を聞いとんや! 髪の毛毟るぞハゲ!」
「……」
「転生してきてんやろ! やったら特異な何かがあるやろって聞いてんや!」
今のは流石にリムが悪いだろう。尋問官として座る相手の下着の色を聞いて何になると言うのだ。
「グレーだ」
「そんなん色見たら分かる」
「色を聞いたのはそっちだろうが」
「ほんま分かってないなぁ。この世界は色と光言うたんお前やろ! そんな見たら分かる事をいちいち聞くバカが何処におんねん。色はな、そいつ特有のモノや。言わば個性、特性。それを知らんと相手がどんな奴か、何処に与するのか、見当もつかん。見た目で判断しろなんて馬鹿げた事は元の世界でやっとけっちゅーんや」
リムはマミの言葉でハッとする。現代では気にすらしなかった事だった。当たり前に塗り重ねられた世界に居たリムは、到底及ばない思考だった。いや、分かってはいるのだ。人を見た目で判断してはいけない、中身が大切なんだと。だが結局は、生暖かい泥沼に惰性で沈んでいく人生。それをどこかで良しとする人には所詮、上っ面の事にしか目が行かないのだ。
しかし、この世界は色と光が司る。色とは生命の源、個性であり個そのものなのだ。それを見た目で判断など出来る筈も無い。リムの今までの常識が一変する。どこか現代と似ているが、明らかに非なるこの世界はもしかすると。
「分かったか? ここは儂らの世界じゃないけど儂らの世界、鏡像世界や」
「きょう……ぞう……」
「なんでこんな場所が存在してるかは知らんけど、それでも現に儂らが居る以上何か意味があるって事やろ? 儂はそれを探しとるんや」
「そんな夢物語を聞かされても」
「何言うとんの? 元の世界の記憶が残ったままこんなファンタジーな世界に来とる時点で夢物語やんけ。まさかこのままジジイになってここで死ぬつもりか? 儂は嫌やで、絶対帰るんや」
「帰る方法があるのか!?」
「知らんわな、だから探しとる言うたやろ」
「……」
新たな事実を知ったリムは言葉に詰まる。
「無理も無いやろな。儂もマンセルに聞いた時はアホらして付き合ってられんかったわ。やけど、土地から何からが大体一致してるから、信憑性も出て来るって話」
(確かに……だけどオレが元に居た場所とこの世界に来た時とはズレがあった。この島自体も完全に一致してる訳じゃないし文明も古い)
「漸く納得したか?」
「納得と言える程まだ情報が集まってる訳じゃないけど。でも、何故……」
「ってなるわな? それを探してどう動くかを考えなアカンのや」
「ふむ……ところでマンセルって?」
「あ? ああ、まだ会ってないんか。近い内に会う事になるやろうけど、先に言うとくわ。アイツら、多分儂らとは違う人間な気がする。気を付けるんやな」
「え? 協力してくれないのか?」
「儂は何か面白い情報を持ってないか聞き出そうとしただけや。何も無いんやったら何処へでも好きに行ったらええんとちゃうか? そこらへんで野垂れ死んでも儂は知らんし」
「ま、待ってくれ! オレは……」
「なんや」
「いや、なんでもない」
「そか。ほなまあ、こんな真夜中に外に放り出す程儂も鬼ちゃうからな。一晩ここ貸したる」
「は、はあ」
マミは上機嫌で石段を上って行くのだった。
「アイツはかなりこの世界に詳しそうだが、これ以上関わっても大丈夫なのか? もう一つの……世界……色、光……か」