第11話 傀儡の影
ザハルは重量のある斧を振り下ろす。鈍い音と衝撃と共に、巨大な鉄扉がいとも簡単に広間内に吹き飛んでいった。
「!!!!」
「き、貴様は!」
広間内に居た全ての者が一斉に後方を振り向く。漂う煙の中から現れた巨大な戦斧を肩に担いだザハル。
(父は居ない……あいつは確か、ロンベルトとか言ったか。しかしあの、あれは何者だ……)
ザハルはリムの姿に若干の動揺があったが、小さく呼吸し平静を保つ。
「なんだこの城はよ! なんか薄っぺらい結界みたいなものはあったが素通りも良いとこだぜ。白軍様の結界はカーテンか何かか? もうちっとまともな結界張っとけよ、ポンコツ騎士長殿ぉ」
ザハルは不満気な顔をしつつも、ニタリと笑みを浮かべる。
「くっ、何故こんな時に貴様がここに!!」
「何故もクソもねぇよ。父ガメル・ブラキニア捜索だぜぇ。ついでにこのままこの城ぶっ壊しちまうかぁ!」
斧を振り回し、地面に突き立てるザハル。広間中が一気に臨戦態勢に入る。扉の内側に居た衛兵が剣を抜き走り出した。
「黒軍! エミル様には近寄らせん!!」
「近寄るな、衛兵! そいつは!」
ザハルに斬りかかろうとした衛兵をロンベルトは止めようとしたが、言うが早く横から剣が遮り衛兵の剣撃を防ぐ。
「お前、確かダンガ。ダンガ・リタール!? 何故お前がこんな所に!?」
衛兵の問い掛けに勿論反応は無い。ダンガは無言で長剣を振り上げ、躊躇いもなく衛兵を斬り付ける。
「ぐぁ!!」
「さすが良い駒だ。何も言わずとも主を守るとは殊勝な心掛けだな。さてと、ロンベルトだったな。久しぶりだな。別にお前に会いに来た訳じゃないんだが、そいつはなんだ」
ザハルは微笑み、リムを見ながら問いかけた。
「お前に答える義理は無い。おい、リムとやら下がっていろ」
「ロンベルト! 危険です!」
「この場でこいつを抑えられる人間は他に居ない」
エミルは前に進むロンベルトを止めようと立ち上がったが、堂々とした後姿にそれ以上言葉が出なかった。両手を胸の前で握り、祈るように目を瞑る。
「ザハル、久しぶりなどと昔話をする気は無い。貴様がここまで乗り込んできたからにはそれなりの理由があろう。黒軍の幹部、ましてや黒王の子ともあろう奴が、少数の護衛のみで敵地進入とは。余程の阿呆か馬鹿だろうな」
「貴様っ!!」
ザハルの後方に居たアルが、風を切る様に瞬く間にロンベルトへ切り掛かる。
しかしロンベルトは剣を構える事無く、右足を後ろに引き半身になる。アルの右上段から振り下ろされた剣撃を僅かに避け、ついでかの様に右足で腹部へ蹴りを入れる。
すれすれで避けられたアルは反撃を予測しておらず、咄嗟に出した右腕で蹴りを防ぐ。軽々と出されたロンベルトの蹴りをなんとか肘で受けたものの、アルは体勢を崩し膝を付く。
「誰だこいつは。見慣れんな」
「アル、やめとけ。今のお前じゃそいつには勝てん。取り巻きの相手をしろ」
「くっ! 分かった……」
アルは険しい顔で後ろへ下がり、体勢を立て直す。
「君の相手はオレがしよう」
「フ、いいだろう」
横から聞こえてきたのはドームの声。武器らしき物は何も持っておらず、ポキポキと両手の指を鳴らしながら近寄ってくる。
切り替えの早いアルは、ロンベルトの反応を確認しつつすぐさまドームへと身体を向ける。すると瞬時に二人の姿が消え、物凄い早さで戦闘に入った。
「ロンベルト様に太刀打ちできぬと分かるや目標を変える。フン、下に見られたものだな」
ドームはアルの剣撃をいとも簡単に避け、後ろに下がりながら余裕気に話を続ける。
「見慣れない顔だな、ザハルの犬か?」
「黙れ。貴様こそ金魚の糞の様に着いているだけであろう」
「そんな安い挑発に乗ると思われているとはな。まあ良い、乗ってやろう」
ドームは繰り返し出される剣撃を避け、左手の親指と人差し指でロングソードを挟み止めた。
「なっ!?」
「お前、弱いんだよ」
少しの怯みを見逃さず、ドームの右拳が振りかぶられた。顔面を襲う右拳から僅かに白い煙が見えた。アルは態勢を崩すも辛うじて拳を躱す。
「んぐっ!?」
避けた筈だった。しかし、アルは咳き込み地面に膝を付く。鼻で笑うドームはポキポキと首を鳴らした。
「さっきの余裕は何処に行った。接近戦でオレに勝てると思うなよ」
「チッ!」
アルは後ろへ飛び距離を取るが、息が上がっていた。
アルの状況を確認し、ザハルがロンベルトを気怠そうに見つめる。
「面倒だな、楽に終わらせちまおうか」
「お前の手など当に知れている。当たらなければどうという事は無い」
ザハルはニヤリと微笑むと、右手を前に出し叫ぶ。
「傀儡の影!!」
「分かっていると言っているだろうが!!」
ダンガを包み込んだモノと同様の影が地面を這い、ロンベルトに向かってスーっと伸びていく。ザハルから伸びた影から距離を取る様に、横へ跳び躱した。が、その先にはエミルが居た。
「しまった! 狙いはオレではないのか! 汚い奴め!!」
防ぎに戻ろうとしたロンベルトは勿論間に合う訳が無く、物凄い早さで影はエミルに向かって伸びる。
「ハハハ! 闘いに綺麗も汚いも無いんだよぉ!!!」
「くっ!! 間に合わん! エミル様っ!!」
「キャー!!!」
影は無情にもエミルに到達するかと思われた。
「なんか状況が全く飲み込めないけども! なんかオレの存在無視されてる様で気にいらああああんん!!!!」
エミルの左前方に居たリムが、左手に持っていた黒斧を振り上げた。