第111話 階上の剣呑
「そういえば、お前はナインズレッドが故郷だと言っていたな」
「ああ……」
二人は港から宿屋へ戻るべく、中央地区を歩いていた。陽が沈み、徐々に暗がりになっていく中、店先にはランタンが吊るされ一向に商いを止める気配は無かった。人の波は、昼間と比べればだいぶ落ち着いており、商人よりかは地元民の割合が多い。庶民の台所と言った感じである。昼に夜にとその顔を変えながらも、商いが行われる商業大国アカソ。周辺国も含め、この世界において相当な基盤を作っている事は間違いない。
「今まで聞かなかったが、何故お前は流れる事を選んだ」
「……」
「やはり故郷の内乱が関係しているんじゃないのか?」
「……」
アルは、ザハルの左を歩きながら無言で腰に携えている長剣に手を置いた。勿論、ザハルがその些細な行動に気付かない訳が無い。
「その剣、か」
「……」
「いいさ、今は言わなくても。それにお前がブラキニアに来てオレに接触してきた理由もたまたまじゃ無いんだろ。オレも馬鹿じゃねえぜ」
「……」
「オレを利用するのは構わねえが、オレも利用させてもらう。端からそのつもりで隣に置いてんだ。忘れるなよ」
「ああ……」
アルは長剣の柄を強く握り締めていた。今はまだ、言葉を発するには距離が遠いのだろうか。ザハルは気にはしているが、決して深く詮索はしなかった。ただ隣に置いてくれと言っていた、巌とした眼差しを受け止めただけ。来る者は拒まず、去る者は追わず。ブラキニアの心情たるモノだろう。
決して気まずい空気では無い。以前からずっとこの関係だった二人は何も思う事は無かった。
そんな折、正面からガヤガヤと昼間の商店街とは少し違った雰囲気に違和感を覚える二人。正面には大層な風呂敷を担ぎ、饅頭を頬張るタータの姿があった。
「あ! 居た居た! 何処行ってたのー? みんなの買い出しに時間掛かっちゃった♪」
「たった六人でそんなに食べると思うのかお前は」
身体を覆い隠す程の風呂敷の中には、何が入っているかはお察しだ。タータの持ち物は基本食べ物。他に持つ者があるのだろうかと言う位には、杖以外持つ姿を見た事が無い。
「ヘヘヘー♪ んでさ、なんかガヤガヤしてるからザハル達が何か問題でも起こしたのかなーって思って見に来たの♪」
「厄介者前提で話をするな」
「あ、アンタらー! 今朝方ここにきた冒険者? だよな? 色んな色の集団だから記憶に残ってるぞ」
「ん?」
一人の商人がザハルらに近寄ってくる。
「だからなんだ」
「あ、いやね。この先の宿屋に向かっていった所を見たもんだからてっきりアンタらかと思ったんだが違うのかい」
「なんの話だ」
商人が商店街の隙間から見える宿屋を指差すと、そこには煙が立ち上り更に人だかりが出来ていた。
「ッ!?」
ザハルは慌てて宿屋の前に駆け付けるが、二階部分が物の見事に吹き飛んでおり周囲には微塵になった木片が散らばっていた。
「おい! これはなんだ! どういう事だ!」
「貴様は今朝、ここへ宿泊する為に立ち寄った者だな? 我らはナコシキ家保安隊の者だ。先程、この宿屋が急に倒壊しこの有様である。事情を聞かせてもらおうか!」
「事情も何もオレ達は宿を取った後、直ぐに諸々の調達の為に部屋を出ている。誰も居な――」
「ミルっち!?」
「ほーう、仲間がいる様だな。中へ着いてきてもらおうか」
「……」
タータはミルの安否を確認する為に一目散に宿屋の残骸へと入って行く。続くザハル達が目にしたのは、店主の亡骸だった。
「これは……」
「貴様らが何もしていないと言うにしてもだ、仲間が居たと言うのであれば無関係では済まされない話だ。着いてきてもらうぞ」
「ああ、構わないが少し中を見させてくれ」
「良いだろう」
入口や一階は然程荒れてはいないのだが、カウンターの前には横たわる店主の遺体。ミルとドームが居たであろう二階は丸ごと何かに抉られた様に何も無かった。屋根から壁から何もかもが。
しかし一つだけ、ミル達の部屋の扉だけが不自然に形を残している。
「ミルっち達が居ないよザハル!」
「見れば分かる。おいタータ、その扉を開けてみろ」
「え? これ?」
開けるという表現が正しいかは不明。タータはドアノブを回し押し込んだが、扉はそのまま正面に倒れていった。
「……」
「どゆこと? ねえどゆことザハルぅ!?」
「一先ず貴様ら三人を聴取する必要がある。ナコシキ家の洋館に来てもらおう。既に捉えている片角の奴も仲間だな?」
「えー? もしかしてリ――」
「お前等オレが良いと言うまで目を瞑れ!! 絶対に開けるなよ! 影渡ッ!!」
ザハルは急いでタータの口を塞ぎ抱え込み、真下に影を生成する。そのまま三人は沈み込む様に影へと消えていった。
「チッ! 色操士か! 探せ! 仲間が洋館にいる以上、遠くには行かない筈だ!」
――――中央地区 港。
ザハルは影に潜る力を利用し、先程の港町の裏手にある木陰へと潜行していた。
「誰も居ないな……いいぞお前等」
地面の影から目を瞑りながら這い出てくる二人。
「へー! ザハルってこんな能力あったんだ!」
「オレも実際に体感するのは初めてだ」
「今はそんな事どうでもいい。それよりもだ。なぜあのバカは捕まってんだ」
「リムっちぃ? なんでだろうね♪ バカだから?」
「お前も大概だな……」
アルとタータの仲も改善が必要だろう。
「ナコシキ家の洋館、か。情報を集める必要がある。オルドール兄弟もだ」
「あの宿屋、とても一般人の仕業とは思えない。それにあの娘が暴れる理由があるのか?」
「もしかしてブラキニアからの追手の可能性もある。ここは慎重に動くぞ」
「ああ」
「ええ!? ご飯はー? まだ食べれないの?」
「とりあえず無くさない様にその風呂敷を抱えておく事だな。大切にな」
「イーだ」
タータは特大食べ物入り風呂敷を抱え込み座り込むのだった。
洋館の襲撃は果たして誰の仕業なのか。はたまたミル本人なのだろうか。次第に夜は更けていき、辺りは保安隊の駆けまわる音が聞こえてくるのだった。