第108話 ファーストコンタクト
――――商業大国アカソ 中央地区の裏路地。
「ところで角の兄ちゃん、名前はなんてーんだ?」
「ん? オレはリムってんだ、よろしくな兄弟!」
「フン、何が兄弟だバカヤロー。会ってたかだか数分のガキに兄弟なんざ言われたかねえよ」
「なんでぇ? まんざらでも無い顔してんのに」
「……フ、フハハハハッ! おめーおもしれえ奴だな!」
「そりゃどうも」
リムの特技とも言うべきか、人間性というべきか。その場に溶け込む適応力は群を抜いている。
元の世界の時もそうだった。本番に強いタイプの人間。傍から見ればちゃらんぽらんとしている様に見えるのだが、その実物事に対しては直前で頭が回るのだ。回転の速さや空気を読む力、時には失敗する事もある。だが、それを自身のみならず周りにまでフォローさせる所までが、計算されたかの様な振る舞いは最早才能だろう。
ふと囀られた会話の節々を知識として引き出しに入れ、個人の解釈と融合させつつ世間の受け入れられる様に展開する。所謂、人たらしだ。
「で、兄弟。そのナコシキ嬢ってどんな奴なんだ?」
「おめえ、知らねえで探してんのか?」
「この街に来たばかりで噂しか聞いてねえんだわ」
(お前から聞いたのが初めてだけどな)
「んだそれ。まあいい、オレも人相書きしか見た事ねえんだが、母親に似てドえらいベッピンらしいぜ」
悪人面の男は、人相書きをリムの胸へと張り付けた。ドンッと重みのあるスキンシップに少々のダメージを受けた事は内緒である。
「ふーん……マミ・ナコシキ、か。桃色っぽい髪にセミロングかー、中々センスある髪型だな。ちょっと釣り上がった大きな瞳がまたいいねえ、そそるねえ」
「お? 気に入ったか? だけど商品に手は出しちゃいけねえぜ」
(やっぱり人攫いか)
男の後ろに着いて歩くリムは、背中越しに情報を探る。
ガタイの良い色黒のスキンヘッド、腰には短刀、それに縄と麻袋。ヒカリ物で脅しをかけて縛って覆面、いかにもな装備だった。この位であれば今のリムであればいとも簡単に撃退できるだろう。しかし、今のリムにはまずナコシキ家のお嬢様を拝みたいという比率が九割を占めている。とりあえずはこのまま様子を伺う事にしたリムは、黙って男の後に続く。
薄暗く陰湿な裏路地は、とても栄えている商業大国とは思えない。だが、廃棄物の山を見る限り相当な物量が日々動いている事は見て取れた。
「ちなみに兄弟。ここは何処なんだ?」
「はあ? 今更何言ってんだ。ここは商業大国――」
「ああ、聞き方が悪かったよ。治めてる人? は誰なんだ?」
「ここの地域はナコシキ家の地区だ」
「ここの地域……?」
「ああ、アカソは三大商人がまとめ上げている大きな街だ。余りにも大きな範囲だもんで国だなんて言われているが、実際は三大商人がしのぎを削り合って大きくした超巨大商店街みたいなもんだな」
(三大商人の一人ナコシキ家の令嬢。相当金を持ってそうだな。それに上手く取り入ればそれなりの情報も得られそう、か)
「おい、聞いてんのか?」
「あ、ああ。すまない、そんなにデカイ所を仕切ってる奴の令嬢となると良い金になりそうだなって」
「おめえもやっぱり大金目当てか」
「ま、まあな」
上手く口が回るものだ。リムは騙す事は好きではないのだが、悪人相手となればその心情の範疇では無いのだろう。
「おい、噂をすればだぜ」
男が立ち止まり、静かに物陰に身を潜める。リムも咄嗟に身を隠し前方を確認したが、既に曲がり角を曲がったドレスの切れ端だけが視線に入る。
(チッ! 見損なった!)
「追うぞ!」
「おうよ!」
静かに、且つ素早く移動し角を曲がるとそこは行き止まり。前方には、後ろ姿だけでも高貴さが見て取れる女性が立ち止まっていた。
桃色と言うよりかは、若干紫っ毛のある撫子色。人相書きの通りセミロングの髪は、毛先に若干のウェーブが掛かっており大人びた印象を与える。だがよく見ると、髪の内側には濃いチェリーピンクが何束か混ざっている。所謂インナーカラーというやつである。
白いオフショルダーのコルセットドレスは所々フリル加工が施され、露出した肩は色気が溢れ出る。御姫様に相応しい多少の幼さと美しさを醸し出していた。焦げ茶色のコルセットは腹回りをしっかりと引き締め、女性ならではの美しいラインを生み出している。
地面スレスレの長さに調整されたドレスは、動きやすさを重視しているのだろうか。しかし、ドレスを着ている時点で機能性を求める事は愚であろう。
口を開いたのは、マミ・ナコシキと思われるその女性だった。
「なに?」
「ヘヘヘ、行き止まりに来ちまったら戻るしかねえなぁ、お嬢様」
「はあ、やと思った。ずっと感じとったんよねぇ。商店街に出てきてから明らかに儂へ敵意を剥き出しとる人間が一人おるって」
(ん? この鈍りって)
「そりゃどうも。ずっと俺を意識していてくれたとは光栄だねぇ」
右肩に掛かった髪を徐に掻き上げ、ゆっくりと振り返るマミ・ナコシキ。その時、リムは電気が走った様に魅入ってしまう。
露出していたのは、肩だけでなく綺麗なラインの鎖骨。風船の様な張りのある豊満な胸は、鋭利な物で傷を付ければ忽ち破裂してしまうのではないかと不安になる程である。谷底を覗くには少々深い。足を、手を滑らせれば世の男性は這い上がっては来れないだろう。腹回りの革製コルセットが余計にそれを強調させている。
正面は一般のカラードレスにしては異様であり、前開きになった下半身は辛うじて下着が見えないレベルの短さ。少し視線を下から潜らせれば男性達の目的は果たせるだろう。
露わになっているのはそれだけでは無い。引き締まった艶やかな太股と綺麗な膝は、人肌を見せつけているが如く輝いて見える。膝下までの焦げ茶色のロングブーツを履き、全体像を見るからに高貴なドレス姿と言うべきよりかは、スタイリッシュな出で立ち。
下を見ても良し、上を見ても良し。ツンとした顔はキリっとした中にも柔らかさを感じる大きな瞳とプクリとした頬。触れればプルプルと震えそうな唇は艶美である。
だが、一つ。いや、ただ一つと言うべきか。彼女を彼女たらしめる特徴があった。
自身を「儂」と呼び、ざっくりと竹を割った様な性格は好みの分かれる所。時折見せる気性の荒さは両親をも困らせている。言動も決して綺麗とは言えない。
だが、美しくも可愛くも見えてしまう。リムは言葉を失い、開いた口が塞がらなかった。
「んで? 儂を攫うんか? このマミ・ナコシキを」
「察しが良くて助かるぜ、お嬢様」
「気持ちわりぃんだよ、ハゲ!」
「ゲヘヘヘ! 良い声で鳴けよ」
男が腰の短剣を手に取り、間合いを詰めようとした瞬間だった。目の前に居た筈のマミの姿は男の後方に在り、リムをジッと見つめている。
何が起きたのか理解するのに数秒は掛かっただろう。そこには首から上が無い男が立ち尽くしており、噴水の様に血しぶきを上げていた。
「アンタも一緒?」
「……へ?」