第106話 その特徴は既知にて
「おっちゃん! 六人でいくら! 空いてるとこなら何でもいいよ☆」
「元気の良いお嬢ちゃんだな。御両親はいるのかな?」
「え?」
ミルは部屋を取る為に宿場へと来ていたのだが、店主の何気ない一言にどもってしまう。
「お嬢ちゃん、こういうのはね。お金を持ってるご両親とお話したいんだがね」
「父ちゃんと母ちゃんは……死んだ」
「ッ!? そ、それはすまなかった。だが、お嬢ちゃん一人には任せられないよ。それに抱えている男は何かね。人攫いの類にしては堂々とし過ぎじゃないかい?」
「兄や……」
ミルは俯き、店主の顔を全く見ていない。そこへ後を追う様にリムらが駆け付ける。
「あー! おっちゃんごめんごめん! オレの仲間だ。六人でいくらだい? オレが払うよ!」
「こ、これはまた珍しい御方ですね。その出で立ちからして冒険者か何かでしょうか」
「ま、そんなとこ!」
「失礼しました。素泊まりでよろしければ一人一泊四〇〇〇ユークになります」
「って事は、二四〇〇〇ユークだね! ほい」
「まいど。部屋は二階に上がった突き当りを左、大部屋だ」
「だってよー。みんなとりあえず上がろうぜ」
皆は無言で二階へと続く階段を上り始める。頭を下げていたカウンターの店主が顔を上げた時だった。たまたまザハルと目が合う。店主は目を見開き、何か言いたげにしていた。
「なんだ」
「い、いえ何も。ごゆるりと……」
再び深々と頭を下げた店主は、一行が二階へ上がり切った事を確認しカウンター奥の扉へと急ぎ入って行った。そこには、如何にも悪事を働いていそうな者が二人。
木製の椅子に腰かけ、丸テーブルに両足を乗せ、ナイフを研いでいる。もう一人は窓の外を見つめ、微風に吹かれる内庭の木々を見つめていた。二人は外套を纏い、深々と被られたフードから顔を拝む事は出来ない。
「あ、あの……」
「要件があるならサッサと言え」
「お二方がお探しのブラキニア一族の二人と思われる人物が、今しがた部屋を取りました」
「角はあったのか」
「はい。一人は黒髪に二本の角。もう一人は灰色の長い髪に片角で両方若そうでした」
椅子にふんぞり返って座っている一人が、机を勢い良く蹴り飛ばし店主へと近付く。
「お前は話を聞いていなかったのか? それともバカなのかッ? ああッ!!?? オレはブラキニアの親子がここアカソに来るという情報を掴んで来たんだ。片角なんぞ、どこぞで折れたクソに興味はねえんだよ!」
店主の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げ投げ飛ばした男は再び椅子に座る。
「か、勘弁して下さい! 私は角の生えた人間が来たら伝えろと聞いただけです!」
「フン。肝心の主語が抜けてんだよバカが」
「ウン……」
窓際に居た物静かな男性が倒れ込む店主を優しく撫で、ゆっくりと話し始めた。
「オヤジさん、その他にも居たのかい?」
「え、ええ。白髪の男性をおぶった物凄く長い白髪の少女と長身赤毛の男性。あとは、紫色の髪をしたとんがり帽の女の子の計六人です……」
「紫……とんがり帽……まさか、ね」
「どうしたカズキ」
「いや、杞憂だろうね。それよりもカズマ、もしかして灰色で片角と言えば報告にあった例の少年では無いのか?」
カズキと呼ばれた男は、椅子に座るカズマへと近付き、懐から羊皮紙を取り出す。机に広げられたそこには似顔絵が掛かれていた。パラパラと捲った先に描いてあったのはリムの顔。
「コイツか……優先度は低いが標的が目と鼻の先にいるなら対応するしかねえか」
「ええ」
「おい、オヤジ! こいつで間違いねえか!」
「は、はい。間違いありません!」
「分かった。もういい、戻れ」
店主は慌てて部屋を後にする。
「ボクは一度報告に戻るよ。君一人で大丈夫かい?」
「ああ、問題ねぇ」
落ち着いた様子のカズキは、再び懐を漁り懐中時計を取り出す。短針が勢い良く回り出し懐中時計が光出す。その後、カズキは時計に吸い込まれる様に消えていった。
「さあ、世界にズレを起こす者よ。そろそろ邪魔になって来たお前を消さなければ厄介な事になる」
フードから覗かせるカズマの口元からは、鋭く光る八重歯が見えた。
――――一方、アカソの街中。
時刻は正午、街の治安を守る為の保安隊があちらこちらの人々に聞き込みを行っていた。
「ナコシキの者だ。今朝方、ナコシキのお嬢様。マミ・ナコシキが行方不明との連絡が入った。姿を見た者は居るか」
行きかう冒険者や呼び込みに立つ店番は、皆首を揃えて横に振る。大袈裟である。本人の意思で屋敷を飛び出しただけの筈が、何故か行方不明として捜索されている。母であるアマネの心配は度を越している。
「やっべー。なんで儂、行方不明になってんのよ。ただ街を散策したかっただけなんにぃ。しゃーないなぁ、ちょっと怖いけど外れの街の方に行っかな」
路地裏に身を潜めるナコシキ家のお嬢様、マミ・ナコシキは暗がりを利用して裏手へ回って行くのだった。