第105話 商業大国アカソ
「なんですって!? 娘が居ない!? どういう事ですか!」
「お、奥様お許し下さい。私が目を離した隙に……」
顔面蒼白になっているこの女性はアカソでも有数の大富豪、イロウ・ナコシキの妻アマネ・ナコシキ。桃色のカラードレスを惜しげも無く地面に引き摺り、ドタドタと屋敷内を駆け回る姿はとても富豪の伴侶とは思えなかった。
しかし、容姿はやはりというべきであろう。ナチュラルメイク、いや化粧などせずともその美しさは見る者の足が一度は止まる美貌の持ち主。細い首や手足に似合わず、たわわに実った胸は両手では収まらない。
桃色の髪は頭部で花輪の様に丁寧に結われ、垂れる髪は鎖骨を撫でる。露出した背中をチラリチラリと覗かせては隠す、絶妙の長さの髪は後ろからみても世の男性が生唾を呑むだろう。
「んもーあの子ったら……ナコシキ家の娘が攫われでもしたらどういう事になるかお分かりでしょう!?」
「承知しております」
「爺、今すぐ街の保安隊の方に捜索を依頼して頂戴!」
「か、かしこまりました」
アカソでは内外からの人間の往来が激しく、主に行商人から冒険者など非常に流通の激しい街。その中で一代にして自身の店を発展させ、巨万の富を得たやり手。いまやナコシキの名はアカソでは知らない者はいないであろう、三大富豪の一角であった。
だが、そんな商業大国にも大きさ故の影があった。金に目が眩んだ犯罪は後を絶たず、人込みに紛れての人攫い、強盗から殺人に至るまで、醜い一面も持ち合わせている。
アカソの治安を守る為に結成された保安隊は、各富豪達が雇う集団の単なる塊同士。保安に関しては原則、雇い主に関わる案件が主であり、一介の個人経営店が守られる事は殆ど無かった。
活気の裏側には醜悪さが地を這っているもの。
そんな街にリム達は漸く上陸する事が出来た。
「さーて!! 行くか!」
「リムちん、どこにいくのー?」
「んー? 先ずは情報収集だろ? って事はお決まりのさか――」
「食べ物屋さん♪ タータお腹空いた! ミルっち食べ物屋さん!」
「でも今は一ユークすら持ってないよ?」
勢い良く船を降りたは良いが、アカソの地に足を付けた途端から幸先不安である。
「先ずは旅館を探すべきじゃねえのか? コイツがまだ意識を取り戻していない。一旦落ち着ける場所を探す方がいいだろうよ」
「んー? お前……」
「な、なんだ。そんな目で見るな」
リムはザハルを見てニヤニヤと好奇な目で見ていた。
「お前、優しいのな」
「や、やめろ! そんなつもりで言った訳じゃねえ!」
「よし、ミル!! 任務を命ずるぅ!」
「あい! なんでしょう大佐!!」
「た、大佐? コホン。とりあえずお前も兄貴を背負ったままじゃ動き辛いだろう。まずは宿屋を探してくるのだ!」
「あいあいさー! タータ行こ☆」
「分かったー♪」
ドームを背負うミルとタータは一目散にアカソの街へと消えていくのだった。
「金も持たないでどうするつもりなんだアイツ等は……」
「それがアイツ等なんだよ。いずれ慣れるさ」
「リムさん、少しではありますが、筆頭からお金を預かっています。当面はこれでやりくりして下さい」
そういって五黒星フィーアは懐から札束を取り出す。
「おお!? これは助かるぜ! な? そういうもんなんだって」
ザハルの肩をバシバシと叩く姿は、もう友達感覚に近い。
「ひぃふぅみぃ……ひゃ、一〇〇万ユークぅ!?」
「そんなに驚かないで下さい。大所帯で行動するのに一〇〇万ユークでは足りないくらいではないでしょう」
「ひゃ、ひゃ、ひゃ……」
リムは今までこんな札束を手に持った事が無かった。それは現代に居た時も同様、それなりの給料を貰えていたとは言え、こんな額は口座ですら見た事が無かった。
「ザハルぅ、お前お酒飲めるか?」
「ああ、嗜む程度なら」
「法律なんて無いんんだよなぁ? ここは」
「ほう、りつ? なんの事だか知らんが、大体酒は物心ついた頃には飲んでいる物だろうよ」
「よし来た! んじゃ今日はパーッと皆でやろうぜ! どうせドームも時期に目が覚めるだろ。快気祝いだ!」
「……」
ザハルとアルは未だ曇った表情だったが、この明るさを嫌いっている訳では無さそうである。渋々着いて行く後ろ姿にどんよりとした重い空気は見えなかった。
「ザハルさん! いえ、ザハル様!」
「ん?」
「お気を付けて。ボクは……私達五黒星はザハル様の思う先代には成れないかも知れません。ですが、心は常にブラキニアに」
「ああ、頼りにしているぞ」
船に残ったフィーアはそのまま折り返し、ブラキニア領へと帰還していくのだった。
「ザハル様、ボクは貴方に仕える事が出来るでしょうか……」