第99話 戦火の代償
リムの能力によりディスガストは暗闇へと飲み込まれていった。辺りには静けさだけが残り誰もが戦いの終わりを感じていた。そんな中、物陰で今か今かと機会を伺っている人物が居た。反乱軍リーダー、カエノだった。
(クソッ! 付け入る隙が全くねぇ……あの片角、飄々としてたのに怪物を一瞬で消しやがった……ッ! 色力ってこんなに強ぇのか。オレは、オレは思い上がってたのか? 数と策で押し切ればどうにでもなると思ってたオレは甘かったのか?)
カエノは目の前で繰り広げられる数々、目まぐるしく変化する状況に順応し、適当な立ち回りを見せる彼らにたじろいでいた。そう、これが色力を持つ、力を持つ人間の戦いなのだ。身体能力だけでどうにかなる次元では無かった。
(落ち着け。まだだ、アイツ等にも絶対隙が出来る筈!)
手に握られた長剣をしっかりと構え、突撃の機を伺っていた時だった。ザハル達を挟んで向こう側に徐々に見えて来る人影。カエノは舌打ちをし、再び物陰に隠れ様子を伺う。
ガシャリガシャリと金属の擦れる音。リムには聞き覚えのある音だった。それは黒軍でも有数の鉄壁を誇る重装兵団だった。一般兵には与えられない、しっかりとした造りの甲冑に横に構えれば二人分は守れるであろう大盾。大剣を空に突き立て闊歩する姿は、まるで針山が滑り歩いてくるようである。
その先頭には一際目立つ白銀の鎧に身を纏い、肩から靡く純白のマントはギリギリ地に擦れる事無く右へ左へと揺らめいている。明らかに隊長格だった。
リムはまさかという表情で遠くの人物をしっかりと見つめる。
「ロン……ベル……ト!?」
勿論そんな筈は無い。元白軍騎士団長ロンベルト・ハックは以前、色力の闇に飲み込んだ筈である。先程のディスガスト同様に。
しかし、よく見ると明らかに違いが分かって来た。腰の位置まである真っ白な透き通る長髪は、マントと息を合わせるかの様に揺らめき、ロンベルトとは全くの別人だった。
「ブラキニア帝国王子!! ザハル・ブラキニア! 貴様を国家転覆罪の容疑で連行するッ!」
「はあッ!!??」
声を上げたのはリムだった。しかし、隊長は被せる様に続けた。
「貴様は連行の後、審議するまでも無く極刑に処する手筈である! また、現在行方不明である現黒王ガメル・ブラキニアも同様! 所在が確認でき次第、即刻死罪の段取りとなっている! 更にザハル・ブラキニアの側近として滞在していたアル・ブラン! そやつも同様だ!!」
「ど、どういう事だッ!?」
ザハルは身も蓋もない言い掛かりに動揺を隠しきれない。
「なあ、アイツ誰だ?」
「アイツは確か、二代目五黒星筆頭ヌル・ワイだ。こうして対面するのは初めてだが」
「ザハル、こうして面と向かって会話をするのは初めてだな。しかし、最初の会話がこの様な形になるとは残念だ」
「詳しく教えてもらおうじゃねえか」
「良いだろう、その方が納得して刑に伏せるだろう。ガメル・ブラキニアは白軍との戦争後失踪。その後、一定の期間を置いても尚帰還せず国内の政を放棄。民を反乱に至らしめる程の混乱を招く。また、息子ザハル・ブラキニアに至っては、内情を知った上で王位を継ぐ事もせず外部への単独行動。王以外立ち入る事の許されていない黒星の祠への無断侵入。単身でのホワイティア領へ侵攻に加え、情報も得ずに帰還。スパイ行為と判断するには妥当である」
「んだとぉ!! 誰の差し金だ!」
「中央黒染老の命だ」
「あのクソ野郎共め……」
「待て待て待て! それはちょっと言い掛かりじゃないか?」
「貴様は……誰だ」
当事者の一人でもあるリムは、内情を知ったブラキニアを変えようと動いた筈だった。しかし、現実は無情にも勢力という大きな力の前では無力だ。
「オ、オレは……そう、オレは流離いの旅人! 補色者リム・ウタだ!」
「補色者? フン、戯けた事を。あーそうだった、リム・ウタ。貴様にも容疑が掛けられている」
「オレにもッ!?」
「ホワイティア軍諜報員、ドーム・オルドール及びミル・オルドール。貴様らはザハル同様布告外での戦争行為により、両軍間で取り決められた内容の逸脱、捕虜として連行」
「えーミル達もー?」
深刻な状況にも関わらず相変わらず両手を頭に乗せ、呑気にフラフラとしているミルは全く興味が無さそうである。
「更にタータ・ヴァイオレッタ! 貴様にもスパイ容疑が掛けられている。ブラキニア領滞在の後、機を見てホワイティアへの寝返り。内部情報の漏洩は確実と判断。よって無期限拘束とする。また使役しているドラゴンに関しては現状我らの手に負えないモノと判断し殺処分とする」
「えー、タータまたあの汚い所に戻るのー?」
「殺処分だなって物騒ネ」
(なんでコイツ等はこんなに余裕そうなんだよ……捕まったら殺されるんだろ? 身包み剝がされて拷問だろ!? やべーよ!)
リムは一人あたふたと落ち着きがない。
「最後にリム・ウタ。貴様にはブラキニア一族同様、国家転覆罪及び反乱軍扇動・幇助罪」
「なああんんでええええええ!?」
罪のオンパレードである。リム一行は重罪犯としてブラキニアから敵意剥き出しにされている。
「こちらも手荒な真似はしたくない。大人しく拘束されるのだ!!」
「マジかよ……」
「――ルさん、ザハルさん」
そんな折、後ろからか細い声で呼ばれている事に気付くザハル達。そこには黒い外套を纏った小さな少年が立っていた
「ん?」
「大丈夫です、ボクに着いてきて下さい」
「着いて行くって何処にだ」
「東の港街より船に乗り、ブラキニアを離脱します。詳しい事は後です」
どう考えてもこの状況はこの少年に着いて行く他は無いだろう。怪しい事この上無いのだが、捕まるよりかは幾分マシであろう。
「霧の悪魔、だよね? ボクの合図に合わせて特濃の霧を出してくれる?」
「んー? まあ分かんないけどいいよー☆ いくよ? 霧場!!」
少年は合図を出し、ミルからは周囲を視認できない程の濃霧を発生させる。
「って事で五黒星とやら! 悪いが捕まる訳にはいかないんだ。ここは退かせてもらうよ! ほら行くぞザハル! お前も来ないと殺されちまうぞ!」
「あ、ああ……」
「ドラドラ! ドームを頼む!」
「あ、また! もう……ワタシのご主人様はアンタじゃないってのヨ」
一行は濃霧に紛れ、その場を後にするのだった。
「チッ、霧の悪魔か。追え! 陸路は考えづらい! 東の港町へ向かうんだ!」
二代目五黒星ヌル・ワイ。黒王ガメルに忠誠を誓い、仕えていた筈の彼の真意とは。