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第97話 廉潔の黒

――――ブラキニア城 城壁頂上。


 アルはこの反乱が始まってから間もなく、ザハルよりある命を受けていた。命というには少々固いのだが、二人が出した決断でもある。城壁に佇むアルは遠く北に見えるダーカイル城を見つめ、その間にある兵舎の数々、それを雪の如く踏み固めていく嫌悪のディスガスト。目は虚ろだが、既に迷いは無い様に見えた。


「ザハル……本当に良いんだな」


 ゆっくりと両手を空に掲げ、徐に言葉を発し始める。


「大地の怒りよ、奥底に眠る深き怒りよ。己の憤怒を地上へと吹き上がらせよ。燃えよ、留まる事を是とせず、ただひたすらに前へ進み地を舐める劫火となれ。色操(しきそう)ッ!! 激流炎岩(トレントラヴァ)ッッ!!!」


 風は既に止んでいた。しかし城壁の地面より吹き荒れる炎熱が、赤黒いローブを、赤黒い長い髪を巻き上げる。徐々に周囲が赤味を帯び、同時に温度が上昇していく。

 次第に地面が揺れ始め、亀裂が入る。


「な、なんだ!? 熱い……地震か?」


 未だノースブラキニアに残る兵達は、温度の上昇と共に揺れ動く地面に、地を掴む様に踏ん張る。気付いたのは一人では無かった。こんな所に現れる筈が無い。皆が一斉に声を張り上げた。


「溶岩だァアア!! 溶岩が迫ってくるぞぉおおお!! 逃げろー!!」


 最早、天変地異。これ程の力を有すアルを相手にドームは己の力のみで戦って負けたのだ。納得であろう。

 亀裂から吹き上がる溶岩流はノースブラキニアへ向けて流れ出る。勢いを増しながら周囲の残骸ごと焼き、溶かしながら抗う事の出来ない脅威と化して迫り来る。


「く、来るぞ! 範囲が広い! とりあえず北だ。ダーカイル城まで避難しろー!」

「グァァアオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 逃げ惑う兵士を襲うは巨大な怪物、嫌悪のディスガスト。板挟みにされた兵はそれでも溶岩から逃れようと北を目指す。

 薙ぎ払われるディスガストの腕により軽々と吹き飛ぶ兵士達。足の遅い負傷兵を庇いながら進む兵達は、覚悟を決めた様に溶岩へと飲み込まれていく。徐々に広がる劫火の波は、夜の空を赤く照らし出していた。


「この国を、ブラキニアを再建するには一度悪しき風習を断たなければならない。その意見には同意するがやはり惨いものだ。だが、元よりオレはブラキニアの将来などに興味は無い。後はお前が何とかしろ、ザハル。オレはそれに着いて行くだけだ」



――ノースブラキニア リムサイド。


「えらく綺麗に吹き飛んだな。ミルー! 手加減無しと見た! それで良いんだな?」


 ザハルを渾身の一撃で吹き飛ばした傷だらけの右拳をしっかり見つめながらミルはグッジョブした。リムも同様にグッジョブを返し、タータと共にミルへと駆け寄る。


「にしてもさっきから地面が揺れてねえか? ディスガストの様な歩く揺れとは違うんだけど。ってかあの怪物まだ暴れてんじゃん! どうすんだよ!」

「ご主人様見て!! ブラキニア城方面が赤いワ」

「ほんとだね♪」

「ほんとだね♪ じゃねえよ! 呑気に相槌うってんじゃねえ!! あれは……ドラドラ! ちょっと上から見えねえか?」

「行こっドラドラ♪ タータが見てきてあげる♪」


 タータは軽々とドラドラの背に乗り、上空へと舞い上がっていく。と同時に、ザハルが吹き飛んて行った方向から崩れる音が聞こえる。


「クソ、あの野郎。マジで殴りやがった……」

「生き!? ってそりゃあんだけじゃ死なないだろうけど」

「あれはアルの色力(しきりょく)だ。ここら一体を()()にする為にアイツに指示を出した」

「アル……って事はもしかして溶岩か!?」

「ああ」

「あーそれはマズいでやんすね☆」


 両手を頭の後ろで組み、呑気なミルは晴々した気分に溶岩などどうでも良かった。しかし、状況は変わっていない。一刻もここを離脱しないと皆巻き添えになってしまうのは明白。


「ってかなんでそんな事すんだよ!」

「ディスガストを追いやる術が他に思い当たらなかった」

「……お前、何か隠してるだろ」

「……」


 ヨタヨタとリム達に近付くザハルには敵意は感じられなかった。鋭いモノである。いくら巨大な怪物を撃退する方法を取るにしても、自陣を巻き添えにする大将が普通いるであろうか。


「ここに来るまでにお前達ブラキニアの一端を見て来た。お前、ここが憎いんじゃないのか?」

「憎い……だと? 必死で守ろうとしているこの地が憎い訳が無いだろう! 馬鹿にしているのか!?」

「じゃあ、あの()はなんとも思わないのか?」


 リムは北に見えるダーカイル城を指さした。そう、リムが言っているのは真実の爪痕(トゥルース・スカーズ)の事だった。


「ホワイティアの大図書館で周辺国の事もあらかた調べた。あれは数年前、お前の叔父にあたるバジル・ブラキニアが付けた痕だろう? 仲間を巻き添えにして」

「……ああ、クソじじいが無差別に殺しやがった」

「クソじじい、ねえ。だけど、そのクソじじいと同じ事をお前がやろうとしている自覚はあるのか?」

「ッ!!!」


 ザハルは言葉を詰まらせた。そう、ザハルの大好きだった初代五黒星(ごこくせい)を巻き添えにした先々代黒王(こくおう)バジル・ブラキニアの一撃。忘れもしない肉親に向けられた憎悪。しかし、病に伏したバジルはそのままこの世を去り、その感情を晴らす事も出来なかったのだ。

 後に悪しき風習の為に、初めてできた唯一の友を失い、ザハルは最早このままでは国が持たないと思う様になっていたのだ。


「この国はもうダメなんだ。いずれ衰退するだろう、だが今ならまだ! 反乱もいずれ起きるだろうと予測はしていたのだ。だから今、国が変わる岐路に立っている」

「国が持たない? いや、国なんてどうにでもなるんじゃない? それより持たないのは……お前だろ」

「……」


 言葉が無かった。今まで散々心身ともに擦り切らせながら、この国の為を想い戦ってきた筈だった。だがいつしかザハルの心は、国を守るのではなく、再生させる事を考える様になる。一度腐った根は抜き取らなければならない。そう考えつつも齢十七歳にして未だ成熟しきっていない王の子。彼の心には少々重すぎたのだ。

 それでも、ノースを焼き払う決断をするには相当な心労があったに違いない。声を掛け続けて来た兵達、慕ってくる兵もいたが、皆あしらう様になった。情に流されては根を絶やす事は出来ない。そう思いつつも常に握られた右手は力を緩める事は無かっただろう。


「オレは……出来るなら市民も、兵も……たとえ反乱軍だろうとも! この国を支えるべき人ならば守らねばならない。だが、腐った根に侵された葉は一度朽ちなければならないんだッ!! 根幹にある中央(ちゅうおう)黒染老(こくせんろう)、あいつらが居る限りこの国を、この()を綺麗にする事は出来ないッ!!」

「でも、もう始まってしまったからどうしようもない、と? ここには反乱軍もまだいる。お前が救いたいのは国なのか!? お前自身なのか!? それとも未来なのかッ!?」

「オレは……未来なんてそんな先なんか視えねえ。だけど……この国を……」


 リムは徐に自身の左角をさすり、色力を込めた。


「さっきの借りを返してもらうぜガメル」

(フンッ)


「聞かせろ、オレはどっちでも構わねえ。元よりミル達の復讐として来ただけだ。だが、どうも好かない状況を聞いてしまった以上、オレはオレの思った様に動く」


 リムの右手には巨大な両刃斧、そう黒王のみが持つ事を許されるブラックアクスだった。


「お前……それはッ!?」

「答えろ! 国か! お前か!」

「ザハル様をそんなに責めないでください! ザハル様はオレ達に良くしてくれた! たまにはご自分の事を考えてもよいのではないですか!」


 腕の折れた負傷兵がリムを制止する様に、ザハルを諭す様に精一杯の言葉を投げかけた。


「そう、なのか……いいのか、ジン……」


 その言葉を聞いたリムは、ザハルの心の揺れを感じ即座に行動に出る。上空にいたドラドラを呼び戻した。


「ドラドラァ!! 俺を乗せて上に上げてくれ!」

「また! アタシに命令できるのはご主人様だけって言ってるでしょうが!」

「いいの♪ リムっちを拾ってきて。タータはミルの傍にいるから」

「んもう、分かったワ」


 ドラドラは即座にリムを背に乗せ、颯爽と空高く舞い上がる。


「ザハルが弱いんじゃねえよ。みんながそれよりもっと弱えんだ……」


 深呼吸をしたリムは地上にいるザハル達に届く様に声を張り上げた!


「お前も過去に囚われたままなんだ!! だから前に進めねえ!! この先どうなるかなんてわからないけど、それでも今はお前には救いが必要だと判断した!」

「……」

「その無言を応えと取るぞ!! いくぞガメルッ!! 力を貸しやがれ!!」

(我が息子の為でもあるのだな)

酷断(イリミネイト)ッッ!!!」


 リムから放たれた巨大な黒き断撃は、ブラキニア城から迫る溶岩を断ち切る様に地面を抉ったのだった。

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