第95話 人のココロと他人のココロ
リムの前方上空には人影とドラゴンの姿。火を吐く姿を確認し、十中八九ドラドラが誰かと戦闘している事は明白。しかし、背に抱えるドームを捨て置いて駆けつける事は出来なかった。逸る気持ちを抑えつつも、ズレ落ちない様何度も支え直しヨタヨタと歩き続ける。
左右に瓦礫と同化するが如く亡骸達を横目にリムは、先程助けた市民やガメルの言葉を思い返していた。人にとっての幸せとは、正義とは誰にとってのものなのか。黒軍に蹂躙され復習に駆られるオルドール。悪しき風習により憤慨した反乱軍。主を信じ生き抜こうとする市民。
様々な立場の想いを汲む事は非常に難しい。それでもリムは自分が何処にいるべきなのかを模索していた。
そんな中、再び瓦礫より助けを求める声が聞こえてくる。
「おい、そこの! ちょっと手を貸してくれねえか」
「ん?」
瓦礫に腰を下ろしていたのは、黒軍兵士だった。彼の見た目はそこまで酷くは無いのだが、どうやら右腕が折れている。
「すまねえ、オレはもう剣を振れねえ。だけどまだ盾は構えられる。ザハル様がまだ向こうで誰かと戦っているんだ。お守りしなければ」
「誰かって反乱軍じゃ無いのかよ」
「反乱軍は例の怪物にやられて壊滅状態と伝令がまわってきている。それなのにやたらと戦闘が長引いている。仮に残党が集まってきているとしてもザハル様が苦戦するとは思えない。しかし、仕えた兵としてザハル様の安否は気になるものだ」
(どうせミルだろうけどな)
「で、オレはどうすればいいんだ?」
「なんて事はねえ、そこらへんに折れた腕に当て木する物を探してくれねえか」
「ああ、そん位なら」
適当な木を探すくらい訳が無い。散らばった家屋の木材は選り取り見取りだ。
(貴方、助けようとしているのは敵軍の兵士よ?)
(今度はお前かよ。だから何だってんだ)
(分からないわ。先程からブラキニアに加担する様な行動ばかりとるじゃない。それに急がなければいけない状況よ?)
(そりゃ敵対してる白軍のトップには分からねえだろうよ)
(何故? 貴方はミルや私達オルドール家の味方じゃありませんの?)
(そうだよ。だからって目の前で負傷してる奴を見過ごす程クズでも無いんでね)
(その人物が後に自身やオルドール家に害する存在へ成り得るとしても?)
(そんときゃそん時じゃない?)
(……)
リムは適当な木材を兵士の腕に当て、ついでに落ちていた布切れでぐるぐると固定し始めた。痛みに耐えながら、すまねぇすまねぇと呟く兵士に敵意は全く無かった。
「なあ、なんでそんなになってでも国に尽くそうとするんだ?」
「尽くす? 国に?」
「うん?」
兵として国に尽くす事は至極当然であろうに、兵から忠誠という言葉を第一声に聞こえてこなかった事に疑問を抱く。兵士はその労働力と命そのものを捧げる事により、国から、国民から忠誠という信頼を得ている筈。勿論、その中でも不届き者はいるであろう。しかし、それを許さない規律と絶対的な存在のお陰で軍として成り立っている事は言うまでも無い。
「オレぁ、ザハル様に命を救われた」
「……」
「こんなならず者のオレを一人の兵士として扱ってくれた」
「そんな奴らならゴロゴロいるだろうに」
「ああ、確かにそうかも知れねえ。だけど、それでもオレは……一人の人間としてザハル様に認めてもらった自負がある。事実がある。他の国の軍の内情なんか知る訳もねえが、それでもオレはブラキニアが最高だと思ってる」
「みんなして黒王様、ザハル様かよ」
「生憎ザハル様の悪口を言われて腹を立てる程、忠誠心も愛国心もある訳じゃぁねえが、それでもオレはザハル様に恩がある以上、役に立ちてぇんだ」
「恩……か」
痛みに耐える兵士を見て、リムは徐々に見えてくる。ブラキニアと言う国が。
「聞かねえのか? 普通そういう時は、どんな恩なんだ? って言いそうだがな」
「人を図るには他人じゃ難しいよ。恩の大きさはそいつ次第だろ?」
「おめえ、面白い事言うじゃねえか。気に入ったぜ」
「そりゃどうも。もういいか? オレは急いでるんだ」
リムは再度、ドームを抱え上げようとした時、兵士が左手で支えてきた。
「おっと、歩いてきた方向から察するにお前はザハル様のいる方へ向かうんだろ? そんな華奢な身体には重すぎるだろ。手を貸すぜ。代わりにオレの盾を持ってくれねえか」
「あ? いや、コイツはオレが担がなきゃならない気がするんだ」
「固ぇこと言うなよ、ほら」
「……」
兵士は右腕が折れているにも関わらず、未だ意識の無いドームを軽々と背負い上げた。流石、ガメルが言うだけはある。屈強な黒軍は強い精神力も持ち合わせている。
(それでいいのよ、ウフフ)
(お前、ワザと……)
(ええ、私達兄妹を託すもの。しっかりとした意思と貴方自身を見ておきたかったのよ)
(けっ! 悪い女だこって)
(簡単に真意を測られちゃ王なんてやってられないわ)
(ああそうですかい)
(それに。どうも貴方は周囲を惹きつける何かがあるようね)
「なあ、アンタ。さっきからボーっとしてっけど大丈夫か?」
「あ? ああ、ちょっと頭の中がうるさくてね」
「……? まあいいや。あ、そうそう。ザハル様の元に向かうのは構わねえけど後ろに注意しときなよ」
「後ろ?」
負傷兵はドームを背負ったまま、顎で右後方にあるブラキニア城の城壁を見る様に促す。
「逃げてった兵士が言ってたんだ。ザハル様の側近にアルって奴がいるだろ? オレは好かねえが」
「ああ、あの溶岩野郎ね」
「城壁へ一人後退していったそうだ。何か策があるらしいんだがどうも危険な臭いがする。ま、そうと言いながら薄情な奴は逃げて行っちまったけどな!」
「そういうお前はなんで残ってんだよ」
「ハハハ! オレの命はとうにザハル様のもんだ。邪魔にならねえ程度だが役に立ちに行くさ」
「他人に……なんでそう簡単に命を預けるんだよ……」
「あん? なんか言ったか?」
「あ、いや。なんもない! それより急ごう! オレの仲間もそこにいる筈なんだ」
「ああ、この腕の恩の為にも手伝うぜ!」
「どいつもこいつも恩、恩って……」
未だ戦火は収まる気配を見せない。