第94話 手を差し伸べずとも
リムは慨然としていた。いくらミル達の為とは言え、状況を鑑みればこの惨事は反乱軍が火付け役。嫌悪に感情乖離した父亡き娘が恨みを持って変貌する事に違和感は無い。それはミル達も同じ様なものなのだから。それに輪を掛けて横槍を入れる反乱軍は好きになれなかったのだ。
何故リムがこの様な感情になったのかには理由があった。それはドームを背負いひた歩く道中の事。
――――
「誰かー! 誰か助けてッ!」
「ん?」
トボトボと歩みを進めるリムの耳に、悲痛な救援の声が届く。少し道をそれた倒壊した家屋、そこには下半身を瓦礫に挟まれ身動きが取れない少年の姿があった。リムはドームを地面へと優しく下ろし、急ぎ助けに入る。
「大丈夫か!?」
「脚が挟まれている様なの。どなたか存じませんが息子を!」
「ママー痛いよぉ」
「よし任せろ!」
リムはすぐさま瓦礫の隙間に身体を入れ、挟まれた脚に隙間を作ろうと力を込めた。しかし、一向に動く様子も無く、木材の軋む音のみがリムの身体に伝わってくる。
(そんな貧弱な身体で瓦礫を持ち上げられるとは到底思えんがな。どれ、我が力を貸してやっても良いぞ)
(うるさい! どうせ実体化も出来ない癖に余計な事は言わないで欲しいね。それにお前の国の市民を救おうとしてるんだ。茶化す位ならもっと現実的な案を持ってこいってんだ!)
黒王ガメルの声がリムの頭の中に響く。リムの言った通り、彼の力を借りて姿を現す事は出来るが物体に触れる事は叶わない。
「黒王様が、ザハル様がいてくれれば助けてくれると言うのに……ウウウ」
「……」
少年の母は力無き自身を憂いはするも、主である黒王ガメルや王子ザハルに希望を持っている事に変わりは無かった。
(小僧、よいから我を出せ)
(はあ? だから意味無いって言ってるだろうが)
(……ぐだぐだ言わずに出せと言っている」
(ああもう! 分かったよ!)
「君! ちょっとだけ辛抱してくれよ!」
「う、うん」
リムは一旦瓦礫から離れ、眼を瞑り左角を軽く擦った。
「礼は言わん」
「貸しだぞ」
リムの影が徐々に人型を成し、黒王ガメルの巨体はみるみると鮮明に浮き上がり、少年の前へと現れた。
「少年よ。こんな所で弱音を吐く様では屈強な黒軍には入れまい」
「こ、黒王様!?」
少年の母は地に伏せ、少年の救助を懇願する。
「黒王様! どうかお助けを!」
「何故我がお前の言葉に耳を傾けなければならぬ。今助けを求めているのはそこの少年であろう。目の前で苦痛に耐える我が子を、ただ見届け嘆くだけの弱き母になるな」
「で、ですが……」
「……」
リムはただ黙ってガメルの言葉を聞いていた。
「腹を痛め、産んだ我が子に命を賭せ。その姿がいずれ我が子を強くさせる。弱き心は下の者に見せるで無い」
「ガメル……」
巨躯から発せられる飴とも鞭とも言える言葉は、母子の奥に沁み込む様に活力を与えた。
「少年よ、我は強きお前を待っている。今の苦痛の先を見よ。いずれ兵となった姿を我は望もう」
ガメルはそういって踵を返し、瓦礫の影へと消えていった。
「あいつ……よし! 聞いたかボク! こんな所でへばってちゃダメだ! お母さんももう一度! 二人で持ち上げるよ! 良い? せーのっ!!」
二人は力の限りを振り絞り瓦礫を持ち上げ、激痛に耐える少年は僅かな隙間から辛くも抜け出す事に成功する。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「良いって良いって。それよりこんな状態なんだけど二人に聞きたい……ガメルやザハルって貴方達にとってどういう存在なんだ?」
「黒王様は私達市民を大切に想って下さっています。常に耳を傾け、ただ手を差し伸べるのでは無く、私達を先導して下さる。力の無い私達に活力を与えて下さいます」
「そうか……じゃ、オレはもう行くけど大丈夫か?」
「はい、なんとか東の方へ抜ければ大きな港町ですので治療には事欠かないかと思います」
「ボク、頑張れよ! まだへばるんじゃねえぞ!」
「うん!」
そう言って親子に別れを告げリムは、再びドームを背負い街を北上していった。
「民を先導する……か。どっちが悪いんだか……どうせお前の思いなんて聞いた所で答えないんだろ? ガメル」
(フンッ、言った所で理解に及ぶとは思っておらん)
「なるほどねーなんとなくお前の事が分かって来た気がするよ」
(であれば今すぐ我を元に戻せ)
「方法が分かってても今はまだ無理だね。オレはこの世界を見極めないといけない気がしてきた」
(フンッ、見たままよ)
「……」
街は依然として煙が立ち込め、リムを咳き込ませる。あまりにも酷い、やはり原因はディスガスト。だが、周囲には明らかに身体を切られ絶命した兵士や市民が点々と横たわっている。反乱軍、そこまでして己がエゴを貫かなければならないのか。
そこまで裕福では無いにしろ、それなりの街並みだったであろう街路は今や無残な光景。リムはとても市民の反応からしても、とても圧政を強いている様には思えなかった。