第9話 紫の色操士
――――ロングラス大平原 戦場跡。
「ザハル……これをどう見る」
アルが腕を組み、目の前の光景を冷静に見つめていた。
先の白軍・黒軍との戦いで荒れ果てていたはずの広大な平原が、そんな事など無かったかの様に綺麗だった。
草はこれでもかと言わんばかりに平原一面に生い茂る。花は色とりどりに我先にと、自身の綺麗さを誇示するかの様に満開に咲き乱れていた。赤や青、黄色、紫、白など多種多様である。ただ一箇所を除いて。
ザハルは険しい顔で目の前の巨大なクレーターを見下ろしていた。直径三〇メートル・深さ一〇メートルはある巨大なクレーターだった。
「ここで戦っていた事は確かだろう。だが、なんだこれは」
「ザハルぅ、眠いよぉ。天気も良いしここで一眠りしようよぉ」
後ろに居た女が気だるそうにほんのりと赤らんだ頬を膨らます。大きな二重の紫の瞳、小さな鼻と口は実に女の子らしい。名はタータ。
暗めの紫色をしたとんがり帽子を浅く被り、肩幅の倍もある鍔は常に全身を日差しから守っている。先端より二〇センチ程から折れ曲がった部分は、黒と紫のタータンチェックで可愛らしいワンポイント。
髪は紫色、肩甲骨辺りまでのセミロングで、毛先は緩いウェーブがかかっている。
そして何よりも目が行くのが、一六〇センチのナイスバディとしか言いようが無い容姿。そこらの男性の視線を釘付けにしてしまう程である。胸は小玉スイカが二つ、引き締まった腰つきにぷりんっとしたお尻。現代のモデルさえも羨む綺麗なエス字を描いている。
肩から胸が露わになっている黒のハイレグカットはタイツの様な質感。さながらバニーコスプレをしている様。
首から掛けた金色のネックレスのトップは星型で、吸い込まれそうな谷間の入口にどっしりと座っている。
ハイレグ、バニーとくればお決まりの網タイツであろうと現代の男性は思うが、帽子の先端同様、下は黒・紫のタータンチェックのニーハイソックス。太ももの絶対領域を引き立たせるミニスカートは、やはり同様の黒、紫のタータンチェックでプリーツ加工が施されていた。
靴はつま先に星型のスタッズが付いた真っ黒のショートブーツを履いている。
この世界で色操士と呼ばれる、自身の色力を操る者にはおおよそ二種類存在する。
一種は、身体的能力自体は高くないが、代わりに色力を最大限に活かし能力として扱う者。大半が杖や道具・装飾品など、補助具となる物を媒体とし色力を増大させている。
また、集中力を高める為に外気の影響や、小さな異物が生身に触れない様露出は控えている。
色力で発動させた能力自体を主とした戦闘が多い。火を操り飛ばす、補助や癒しを目的とした能力等、遠距離や後方支援を得意とする。
色力のみに特化し、絶大な色力を有する一部の者は「色征」と呼ばれる。
もう一種は、己の身体的能力と色力を合わせる事によって、諸々の行動に影響を与える。使用している武具へ能力を転換し、殺傷能力を高める事により戦闘を優位に運ぶ傾向がある。
武具と色力をバランス良く扱い、目まぐるしく変わる戦闘での機転を効かせた色力の扱いが必要になってくる。戦闘スタイルは遠近様々であり、火の能力を剣へと宿し熱剣として扱う等、用途は多岐に渡る。
色力を巧みに操り、強者として君臨する一部の者は「色巧」と呼ばれる。
仮に火自体を操る色操士同士での戦闘の場合。基本的には色力自体は圧倒的に前者が高く、遠方からの火力攻めでは後者は太刀打ちできない。しかし、一度後者の優位な戦況に持ち込まれた場合、前者は苦戦を強いられるだろう。
勿論戦闘に慣れている者であれば、己の不利になる状況も想定した能力の扱い方は熟知している。
彼女は前者のスタイルである色操士なのだが、一般的とは言い難い身体のラインがはっきりと分かるタイトな服装。かなり露出した格好だった。また、媒体として使うであろう杖等を持っている様子は無かった。
「呑気な事を言っている場合じゃないだろう、タータ」
アルは溜息を吐きながら後ろで座り込むタータを呆れ顔で見下ろした。
「だってぇ、退屈なんだもん! 気持ちよく寝てたのに無理矢理起こされてさぁ。連れて来られたと思ったらなにこの気持ち良さそうな平原! ピクニックかな? ここで寝ればいいのかな♪」
タータはドサッと仰向けになり、気持ち良さそうに大の字になる。
「呑気な奴め、見えてるぞ」
「あー、アルのえっちぃ」
「このっ!」
「放っておけ、どうせ敵はいない」
ザハルはいつもの事の様に気にも止めずクレーターを見つめる。
「じゃあさー、あっちの木に隠れてるのは誰ぇ? 攻撃してくる様子は無いけどぉ」
「!?」
「誰だ!!」
一〇〇メートル程離れた木陰で人影らしきものが動く、と同時にフッと消えた。
タータのみが気配に気付いていた様子で、何故か二人は気付かなかった。
「何故早く言わなかった!」
アルはタータを威圧する様に問う。
「だってぇ別に害は無さそうだったしぃ。あ、そうそう城を出た辺りからずっとつけられてたよぅ。タータそういうのは敏感なんだよねぇ」
タータは余裕気に話すが二人は穏やかでは無かった。しかし、やはり王の息子。落ち着きも早い。
「まぁ良い、どうせ大した輩ではなかろう。アル、このまま白軍領地へ進む。父が捕えられたとは考えにくい。白王を倒し、そのまま気配を消して領内の城を落とすつもりだろう」
「そうだな。黒王様直属の親衛隊、五黒星も一緒な筈だからな」
「五黒星か……今のアイツらはよく分からん。直属なだけあってオレは全く素性を知らん。何を考えているかも全くだ。とりあえず父を追おう」
不満気にザハルは腕を組む。
(ふぅー、危ない危ない。さすがに僕一人じゃあの三人相手はちょっと厳しいんだーし。あのタータとかいう女、気を付けないと)
遥か頭上から先程まで木陰に隠れていた人物がフワフワと漂っていた。