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第十三話 パンプスをはいたネコ

遺産相続でネコをもらった男は……

 父の遺産としてネコをもらった男はガッカリした。兄二人はそれぞれ父の会社と大邸宅を相続したのに、ネコ一匹だけとはあまりにも差があり過ぎる。

「どうしよう。ぼくは別にネコが好きでもないし、いっそ誰かに売っちゃおうかな」

 すると、そのネコがスックと二本足で立ち上がり、人間の言葉でしゃべり始めた。

「ちょっと、それ、どういうつもりよ。あんた、ネコを粗末にすると七代たたるって言い伝えを知らないの?」

 男は驚いて、二三歩あとずさった。

「しゃ、しゃべれるのか」

 ネコは腰に前足を当て、胸を張った。

「ふん、当たり前じゃない。あたしを誰だと思ってんのよ。あの有名な『長靴をはいたネコ』のモデルになったネコの子孫なのよ」

 最初はポカンと口を開けて聞いていた男も、ネコの言ったことが徐々に頭にみ込んでくると、満面の笑顔になった。

「すごいぞ。それじゃ、ぼくはどこかの国の王女さまと結婚するんだね」

 だが、ネコは鼻先で笑った。

「いつの時代の話よ。そんな夢みたいなことより、今何をするべきか考えるのよ」

 男は予想外の展開に戸惑とまどった。

「えーっと、何をしたらいいかな?」

 ネコはあきれたように舌打ちした。

「しょうがないわね。お母さんは早くに亡くなったそうだから、もう親はいないのよ。あんたは一人で生きて行かなきゃならない。まず、何が必要?」

「うーん、食べるもの、とか」

「ホントにバカね。しばらくはお兄さんの家に居候いそうろうできるでしょうけど、いつまでもそういうわけにはいかないわ。となると、自活じかつすることを考えなきゃならない。だから、今一番必要なものは、お金よ」

「だって、遺産はネコ、あ、いや、きみだけで、お金はもらってないんだよ」

 ネコはまた舌打ちした。

「知ってるわよ。だから、これからお金をかせぐのよ。あんたに勤め人はムリだろうから、会社を作りましょう」

「会社?」

「そうよ。起業きぎょうするの。やり方は教えるわ。幸い、お父さんの取引相手を何人か知ってるから、融資ゆうししてもらいましょう」

「融資?」

 もはや舌打ちではおさまらず、ネコは横の壁をガリガリと引っいて気持ちを静めた。

「フーッ。わかったわ。あんたは何も考えなくていい。あたしの言うとおりにして。そうね、まず、あたしにパンプスを買ってちょうだい。それぐらいのお金はあるでしょ?」

「まあね。でも、パンプスなんかどうするの?」

「ふん、はくに決まってるじゃない。秘書が裸足はだしじゃ恰好かっこうがつかないわ」

「秘書?」

 再び壁をガリガリ。

「わかったわ。もう、あんたは余計なことをしゃべらなくていい。あたしが、『社長、これでよろしいですか?』と尋ねたら、笑ってうなずいてくれればいいわ」


 ネコは有能な秘書だった。たちまち会社を立ち上げ、順調に業績を伸ばした。

 男の会社は、じきに長兄が相続した父の会社より大きくなり、次兄が相続した大邸宅に勝るとも劣らない屋敷を建てた。

 男はただ、ネコが「社長、これでよろしいですか?」と聞くたびに、笑ってうなずいていればよかった。

 そんなある日、社長室でウトウト居眠りしていた男のところへ、ネコが美しい娘を連れてやって来た。

「うちの会社で一番気立ての良い娘よ。どう?」

「え、どう、って?」

 ネコは社長室の壁を引っ掻こうとして、やめた。

「危うく壁を台なしにするところだったわ。ホントに鈍い男ね。会社もうまく行ってるし、大きな家も建てたし、あと必要なものは何?」

「えーっと、食べるもの、かな?」

 ネコは我慢できずに、壁をガリガリと引っ掻いた。

「フーッ。壁紙は弁償べんしょうするわ。あたしの退職金から引いといてちょうだい。それより、ちゃんとこの娘を見て。どう思う?」

「きれいな子だね」

「それだけじゃないわ。どこがいいのかあたしにはわかんないけど、あんたが好きなんだって」

 娘が顔を赤くすると、男の顔も真っ赤になった。それを確認すると、ネコは久しぶりに前足を腰に当て、胸を張った。

「決まりね。この娘は早くに親を亡くして、このとしで弟や妹をやしなっているの。結婚したら、あんたがちゃんと面倒みるのよ」

「それは、もちろんさ。でも、さっき退職金って言ってたけど、きみはどうするの?」

「働き過ぎたから、気晴らしに旅に出るわ。でも、もしも将来、あんたの息子があんたみたいだったら、きっとあたしの娘が尋ねて来ると思うわ。じゃあね、楽しかったわ」

 ネコは、初めて鼻にシワを寄せて笑い、そのままいなくなった。

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