第十一話 覗かないでください
帰ってきたツルの恩返しとは……
老夫婦の元に、あのツルが戻って来た。以前、自らの羽根を抜いて布を織ったため、すっかり地肌が露になっている。その代り、筋骨隆々であった。
「おまえ、随分たくましくなったねえ」
媼にそう言われると、ツルはニッコリ笑い、力こぶを作って見せた。
「羽根が足りない分、筋力で飛ばなければなりませんので」
「しかし、よく帰って来てくれたね。もう会えないかと思っていたよ」
媼は目頭を押さえた。
「まだまだ、恩返しが済んでいませんから」
横で聞いていた翁が首を振った。
「いや、もう充分じゃよ。おまえの織ってくれた布を売り、何とか暮らしておる。もうこれ以上、おまえの羽根を減らす必要はないぞ」
「いえ、心配ご無用です。もう機織りはいたしません。ご夫妻の元を去ってから、特技を身に付けてきました」
「特技?」
声をそろえて驚く老夫婦をまあまあと宥め、ツルは例によって「絶対に覗かないでください」と言い残し、離れの部屋に向かった。中に入るとキッチリ扉を閉めたが、夜通しカチャカチャという音が響いていた。
翌朝、老夫婦が離れの部屋の前に行ってみると、二人が今まで見たことのない、人間が乗れるほど大きな金属製の箱のようなものがあった。透明なギヤマンの窓が付いており、中にツルの姿が見えた。
「何じゃ、これは?」翁は中のツルに尋ねてみた。
すると、窓のギヤマンがスーッと下がり、ツルが顔を出した。
「これは自動車というものですよ、おじいさん」
「じどうしゃ?」
「そうです。これからの時代、何をするにしろ、まず自動車が必要です。では、ちょっと試運転を兼ねて、ドライブに行ってきます」
ツルは老夫婦のために、食料品などを買ってきてくれた。
その夜も、ツルは離れの部屋に入った。
「絶対覗かないでくださいね」
また、夜通し音が響いた。
次の日、老夫婦が離れに様子を見に行くと、平べったい真四角なものが載った台が置いてあった。
「これは何だい?」今度は媼が訊いた。
「液晶テレビですよ、おばあさん。これで毎日が楽しくなりますよ」
さらに、翌日には冷蔵庫、次の日には洗濯機と、次々に家電製品が増えていった。
さすがに老夫婦も心配になり、こっそり離れの部屋の中を覗いてみた。
すると、畳に寝そべったツルがパソコンを操作し、ネットオークションで次々に品物を落札しているのが見えた。
「これはどういうことじゃ!」
翁の声に振り向いたツルは、溜め息をついた。
「あれほど覗かないでくださいと言ったのに」
「おまえ、まさか悪いことをしてるんじゃないだろうね?」
媼の不安げな問いかけに、ツルは苦笑した。
「別に不正行為はしていませんよ。ちゃんとデイトレードで稼いだ仮想通貨で決済していますから」
「では、なぜ覗くなと言うのじゃ!」
翁の詰問口調に、ツルは肩を、いや、翼の付け根をすくめた。
「わたしが苦労して習得したノウハウを、誰にも見せたくなかったのですよ。まあ、仕方がありません。もう十分恩返しできましたし、これで失礼します」
そう告げると、ツルは自家用ヘリコプターに乗って飛び去った。